irregular a.o.ロゴ

komuin title

act.10


<小泉芳、お前は男だ。(ほんのりPR●DE高●総括風味)>

 雄大の頭頂にできあがった見事な『富士山』に雄大の母が卒倒している頃、芳は無事帰宅して母手作りの昼食を食べ、自室にいた。
 芳の母も、息子がやっとまともに食事を食べるようになってホッとしたのか、最近になって彼女らしい笑顔が戻ってきたところだ。彼女は、世間によくあるような口やかましくあれこれ言う母親像とはまるで違っていたが、多くを語らない分その沈黙や表情に『力』がある。それは息子にも十二分に遺伝している訳だが、当の息子はそれに気付いている様子は見られない。
 鞄を勉強机の横のワゴンにドサリと置き、椅子に座った芳は、まず大きくひとつ深呼吸をした。
 そして明日のテストのためにデスクの上の棚から日本史の参考書を取り出して開いたものの、当然集中などできなかった。
 芳には、明日のテストなんかよりよっぽど大切かつ重要な研究事項がある。
 明日のテストをミスるのはほんの些細なことのように思えたが、もうひとつの問題はよっぽど慎重、真剣に考えないと、きっと上手く行かない。
 ようするに、芳が考えていたことと言えば、先程霧島に言われたことだ。
 ── 自分が相手のことをどう思っているのか、相手とどうなりたいのかをきちんと整理して、その気持ちを相手に素直にぶつけてみればどうだろう。
 芳にあらぬ誤解を受け、殆ど逆恨みのような視線を投げかけられた霧島だが、結局は芳のこんがらがった気持ちを真剣に聞いてくれて、更にこれからの道筋もアドバイスまでしてくれた。
 ── 本当に、いい人だな、あの人。
 真司が憧れる理由も分かるような気がする。
 姿形が美しいだけでなく、心根が美しい人なんだ、あの人。
 そんなことを思っていると、益々『真司→霧島ラブ説』がどんどん盛り上がってきそうだったので、芳はその考えを途中で握りつぶした。
 参考書の上に突っ伏す。
 目の前にある伊藤博文の写真をぼんやり見つめ、手近にあった赤いボールペンで何となく鼻毛を描いてしまう芳である。
 芳は、初めて教科書に落書きしたものが『鼻毛』であるというなんとも短絡的で残念な結果に、わしゃわしゃと髪の毛を掻き乱した。
 霧島に比べると、自分がいかに劣った人間であるかを目の当たりにして、また少し落ち込んだ。
 学校では一生懸命『普通』のふりをして明るく振る舞っていた芳だったが、そうだと言って夏休みに抱え込んだ悩みがすっかり消えた訳ではない。
「── 少しずつでも前進しなきゃ、前進」
 芳はそう呟いて姿勢を正すと、フッと強く息を吐いた。霧島が試合後にそんな感じのことをやっていたのを真似てみた。そうすると少しはまともな思考能力が戻ってきてくれるような気がする。
 芳は、視界に嫌でも入ってくる赤い鼻毛を伸ばした(いや、激しく鼻血を出しているようにも見える)伊藤博文を、参考書を閉じるという行動でなんとかねじ伏せると、再度フッと息を吐いた。
「まずは、相手のことをどう思っているのか、について」
 芳はそう声に出して言うと、引き出しからまだ新しい大学ノートを取りだし、シャープペンシルを手に取った。
『俺は、芹沢のことが好き。』
 そう書いて、しばらくじっとその文字を見つめる。
 ふと芳は消しゴムを取ると、『好き』の部分を消して、書き直した。『大好き』と。
「── うん。しっくりくる感じ」
 妙に自分で納得して、次に進む。
『どこが好きか』
 と自分で命題を書いておいて、ふむ・・・と思う。
『性格』
 と書いて、顔を顰める。
 告白する時に、「君の性格が好き」だなんて全然気持ちの伝わらない言葉を使うのなんて、ナンセンスだ。もっと突っ込んで考えなくては。
『何も考えてなさそうで実は凄く考えてるところ』
 ガリガリとそう書き付けて、「これって褒め言葉になってないかな・・・」と唸る。でもすぐに考え直した。
 とにかく今は、自分の正直な気持ちを明らかにすることが必要であり、どこをどうピックアップして告白に活かすかは、後の問題だと思った。
「ええと・・・」
 芳は、熱心に『自分ノート』と向き合った。
『男らしいところ』
『意外に優しいところ』
『仲間思いのところ』
『剣道してる姿がカッコいい』
『サムライみたいな目』
『大きな手』
『大人のように落ちついている声』
『不器用にみえて、ギターがうまいとこ』などなど・・・
 芳は、ざっとノートを見返した。
 そうしていかに自分がほとほと芹沢真司に参っているのかを改めて自覚した。
 内容を読んでいると、性格はともかくその容姿や声まで、とにかく何もかもが『好き』であるらしい。
 こういうのをベタ惚れというのだろうか。
 今までそれなりに恋愛も経験してきたつもりの芳だったが、こんなにも隅々まで相手のことを好きになったことなんてない。ましてや、自分がこんなにも愚かな・・・多分愚かであると思う・・・状況に陥ってしまうとは。
 今まで経験した恋愛なんて、単なる幻想・・・遊びでしかなかったかのように思える。
 多分、本気でなかったのだ。
 相手から、「好き」と言われ、自分もそんな気になっていただけで、本当に相手のことを好きになっていたかどうかなんて、怪しいものだ。
 だって、今までの恋愛なんて、こんなに苦しいことなんてなかったから。
 それなのに今は、一体自分が何をどうしていいか分からないぐらいに動揺してる。
 本当に、何をどうしたら・・・。
「・・・・取り敢えず、続きを書こう」
 芳はそう自分に言い聞かせ、再びノートに向き合った。
 思いつく、いろんなことを書き続け、ふいに何気なく自分が書いたことに硬直した。
『きれいで逞しい身体』
 書いた瞬間はさほど深く考えなかったが、再度字面を読んでいると、一気に顔が赤くなってくる。
 以前見てしまった(というか見せられた)真司の裸を思い出したからだ。
 芳とは全く違う、浅黒い光沢のある肌。
 もう充分に男を感じさせる背中に、肉はしっかりついているがキュッとしまった腰。背が高いだけに、凄く長く感じる逞しい足。太股にはしっかり肉がついているが、膝小僧から下は小気味よくしまっているところが何とも・・・・。
「だ、ダメだ・・・刺激が強すぎる・・・」
 芳はそこで机に突っ伏した。
 芳の目に焼き付いているのは、いくら芳が狂ったように筋トレしても得ることのできない『硬質』な逞しさだ。
 芳は自分の胸板をゴソゴソと探る。
 自分の場合は、比較的すぐに胸板の筋肉はついたが、腕の筋肉とかもあまり硬い感じはしない。かといってぶよぶよな訳でもないが、なんかこう・・・。
 ── 色が白いからそう見えるのかな。
 幾ら芳が日焼けしたといっても、元々赤焼けするタイプですぐに褪せてしまう。おそらく地黒である真司のように美しい小麦色の肌というものは一生手に入らないだろう。
「なんか・・・神様って不公平だよな」
 自分の方こそ他人からそうやって羨ましがられているとはつゆも知らない芳は、思わずそう呟いてしまう。
 自分の股間が熱く疼くのを感じて、はぁと溜息をついた。
 後ろ姿だけを見てこんなんじゃ、前を見たら一体どうなってしまうのか。
「── 考えただけでも恐ろしい・・・」
 芳は極々小さく呟いた。
 これでは、ことに至る前にみっともなく『暴発』してしまうんじゃなかろうか。
「うわ~~~~~~~~」
 芳はたまらなく恥ずかしくなって、頭を掻きむしった。
 ── 『暴発』だなんて、そんなの、そんなの男としてみっともない、凄く。
 一応一通りの性体験がある芳は、そう思った。
 最初に付き合った彼女に半ば無理矢理襲われたかのように童貞を捨てて以来、人並みに経験はしてきた。それでも、みっともなく『暴発』することなんてことは今だかつて体験していない。大抵、先に盛り上がるのは相手の方だったし、どちらかといえば芳はスロースターターな方で、その点で言っても脳味噌軟体タコ人間・和田君(※1)とは、雲泥の差があるのだ。
 それなのに、真司の裸の後ろ姿を思い起こしただけで、こんなに興奮しちゃうなんて・・・。
 芳の顔は、益々赤くなっていく。「キャッ」と顔を覆ってみても、勃ってしまった事実は事実として曲げられない訳で。
 う~んと唸って、何とかやり過ごそうとした芳だったが、走り出した妄想画像がキレイさっぱり消えてなくなる訳はない。
 結局、『我慢』するより『処理』した方が、ここは適切なわけで。
 すっかり観念した芳は、ゴソゴソとズボンのホックを外し、いざ甘美な空想の世界へダイブしようとする。だがその頭の中で、唐突に、まるでビデオテープが絡まってピタリと映像が止まったかのようにその思考が止まった。
 頭の中の映像は、互いが裸になって(とは言っても、真司の前側の裸を見たことがないので当然カット割りはバストアップ)向き合い、二人が互いの肩に手を置いたところで止まっている。
 当然その後は、ナチュラルにことが進行すればどちらかがどちらかを押し倒して、いざベッドインというはずだったのだが。
 いくら脳内の再生ボタンを押しても、画像はギュイギュイと軋むような音をたてて、同じ所で停止するのだ。勝手に。
 芳は眉間に激しく皺を寄せると、大きく息を吐き出した。乱れた服装のまま身体を起こし、髪の毛がぐちゃぐちゃのまま、しばしボンヤリしてしまう。
 そうしてどれくらい経っただろう。
 ようやく彼は、自分の目の前に立ちはだかった第二の命題を口にしたのだった。
「・・・・あれ? ── どっちが・・・どっちだ?」


[注釈説明]

※1 脳内軟体タコ人間・和田:以前真司のバンドのボーカルをしていた男。過去そのペラペラハンサム~な優男ぶりを発揮して雄大の彼女を横取りして後、真司に「早漏」と切り捨てられた、真司達バンドの永遠のライバル(とあっちが勝手に思っている)。彼の活躍は、前作『魚屋ドレッド本舗』を参照のこと。

 

公務員ゴブガリアン老舗 act.10 end.

NEXT NOVEL MENU webclap

編集後記

芳、お前、男だ(笑)な回、いかがだったでしょうか。
今日もテキスト量は短いですが、もう謝りません!!!勝つまでは!!!(鳥肌●でなんか逃げようと必死→国沢、鳥●実の真似、けっこう上手いですv)
多分、今後もちびちびとした更新を続けていくことになると思います。
といったところで、もう早くも10話目に突入なんですが。
前作の倍の話数になってしまいました(汗)。
いやはや、終わるんかいな、この話。
作者の疑問を思いっきりキャラクターにも語らせているのですが(ざぼ~ん)。
ホント、お恥ずかしい・・・・。
一応、どっちがどっちの答えは、アンケート結果で出ているのですが、どうやってそこに至るのか、作者ですら見当もつきません(青)。
ひどい、ひどいよ・・・、ホント・・・。

ま、そんな話はさておき。
皆様、ゴールデンウィーク、いかがお過ごしですか?
もうあっという間に後半戦ですね。
国沢はというと、やっとロープレ地獄から解放され(ホント、熱しやすく冷めやすい性格・・・)、ロープレする時間や思考をほどほどにすることに成功しました。
ということで、ここんとこ二日ぐらいは、久しぶりに映画漬けになってみようと、八本ぐらいの映画を見続けました。
それをひとつひとつコメントしてると、編集後記がおわんないんで(笑)、端的に申しますと・・・。

まんない映画は、例え好きな俳優目当てであっても、途中で寝ちゃうものなんですね。

・・・。
ホント、自分でもその分かりやすい反応に、感心させられました。
ちなみに、その国沢が爆睡した映画のタイトルは・・・。

すて●す。

敢えてタイトルをひらがなで書きたくなる、そんな映画ですv

[国沢]

小説等についての感想は、本編最後にあるWEB拍手ボタンからもどうぞ!

Copyright © 2002-2019 Syusei Kunisawa, All Rights Reserved.