irregular a.o.ロゴ

nothing to lose title

act.32

<side-CHIHARU>

 僕は、世界一バカな男だ。

 僕は、今日何度目かになるかわからない溜め息を、またついた。
 壁にかけられた時計を見る。
 今頃シノさん、葵さんとホテルかな・・・。
 僕はまた、溜め息をつく。
 今日本当は、雑誌の取材依頼がきていたんだけど、体調が優れないからと断っていた。
 でも、こんなに気がめいる事になるのなら、取材を受けていた方が気がまぎれてよかったのかもしれない。
 実は、僕のヌード写真が載った雑誌が発売されてからというもの、取材依頼がいつもより倍になって、岡崎さんも大慌てに慌てていた。
 なぜか、僕の本を読んだ事もないというファンからのファンレターまでどっさり出版社に届いているようで、流潮社も軽くパニックになっているようだった。
 だが僕の心境はと言えば、今直ぐにでも山ごもりしたい気分だった。
 どこか人のいないところで、息を殺してひっそりと隠れていたいと思っていた。
 もう何もかもが辛過ぎて、逆に笑えてくる。
 僕は、この世の中で一番大切だと思える人を、今この瞬間、他人に差し出している。
 正確に言えば葵さんは他人じゃなかったけど、でも、そういう気分だった。
 シノさんが、他の誰かと肌を併せているなんて、想像もしたくない。これっぽっちも。
 このままじゃダメだと思って、撮りためていたバラエティー番組を最初から見直し始めたけど、「このシーンでシノさん、大爆笑してたよな」とか「この前見てた時、ここでシノさん、寝始めちゃったんだよな」とかと、やたらシノさんの事ばかり考えるので、見るのをやめた。
 ああ、このリモコンのスイッチのように、僕のスイッチも今すぐ誰かに消してほしい。そしたら、何も考えずに済むのに・・・。
 寝室のベッドでつっぷしていたら、ふいにチャイムが鳴った。
 僕が居留守を決め込もうとそのまま無視していると、ドアがノックされる。
 それでも無視していると、枕元の携帯が鳴った。
 これはシノさんの着信音。
 僕は慌てて携帯を取った。
『千春?』
 確かに、シノさんの声。
「シノさん・・・。どうしたんですか?」
『今、家にいる?』
「ええ・・・」
『今、家の前にいる。開けてくれる?』
「え?!」
 僕は携帯を放り出すと走って玄関まで行って、ドアを開けた。
 本当にシノさんが立っていた。
「ただいま」
 テレくさそうに微笑んで、シノさんがそう言う。
 僕は反射的に「おかえりなさい」と答えていたが、いつものように僕の横をすり抜けて部屋の中に入っていくシノさんの背中を、信じられない気持ちで見つめた。
「シノさん、随分早かったですね。どうしたんですか?」
 シノさんはリビングに至る前に一度振り返ると、「あ、これ、葵さんから預かってきた。今日のおつり」と僕に現金の入った封筒を差し出す。
 ということは、シノさんは確かに葵さんと会ったということだ。
 シノさんは僕の問いに答えず、そのまま和室まで歩いていって、疲れたようにソファーに座った。
「あ~、やっぱりここが落ち着く」
 と呟いている。
「シノさん、葵さんと会ったんでしょ?」
 僕はシノさんの隣に腰をかけながら、僕はシノさんの顔を覗き込んだ。
 シノさんはソファーに凭れ掛かりながら、天井を見上げ、ふぅと大きく息を吐いた。
「もちろん、葵さんには会ったよ。ホテルにも行ってきた」
 シノさんの言う事を証明するかのように、僕の手元にある封筒はホテルの封筒だった。
「ああ・・・、そうですか・・・・。それは、よかった・・・」
 僕はそう言いながら、どこかで酷く落胆している自分がいるのを感じていた。
 でもそれは、シノさんが次にこう言うまでのこと。
「でも、しなかった。せずに帰ってきた」
「え?」
 僕は、一瞬幻聴が聞こえたのかと思った。
 僕の強い願望が、そう思わせたのだと。
 でも、そうじゃなくて。 
 僕が目を見開いてシノさんを見つめると、シノさんはチラリと僕を見て、苦笑を浮かべた。
「ごめんな、千春。またダメで。俺、本当に落ちこぼれの生徒だよ」
 それを聞いた瞬間、僕は全身がたちまち脱力した。
 ソファーの背に崩れ落ちるように、身体を預ける。
「 ── そうでしたか・・・」
 口ではそう言いながら、内心は心底ホッとしていた。
 シノさんがまだ、誰も知らない身体のままだとわかって。
 しばらく互いに無言で、時間が流れた。
 するとふいにシノさんが口を開いた。
「なぁ、千春・・・」
「ん? なんですか?」
 ソファーに凭れたままシノさんを見ると、すごく真剣なシノさんの横顔が見えた。
「もし嫌だったら、断ってもらっていいんだけどさ・・・」
「ええ。なんです?」
「俺としてくれないかな、 ── その・・・セックス」
 僕は、口を開けたものの、声が出なかった。いや出せなかった。
 だって・・・、だってシノさんがそんなこと言い出すなんて・・・。
 シノさんの顔が、みるみる真っ赤になっていく。
 シノさんは、僕から避けるように顔を背けつつ、でも何かの雑誌を僕の胸元に押し付けてきた。
「これ、葵さんから貰って」
 雑誌を見ると、それは先日発売された例のヌード写真が掲載された女性誌だった。
「その中の写真見てたら・・・俺・・・俺・・・・、た、勃っちゃって・・・」
 表情は見えなかったけど。
 シノさん、耳まで真っ赤になってた。
「勃つって・・・・ホントに?」
 僕が訊き返すと、シノさんは益々真っ赤になって、それでも微かに頷いた。
「シノさん、僕の裸見て、勃起したの?」
 シノさんは両手で顔を覆って、ソファーの上につっぷした。
「 ── ごめんな。死ぬほど、恥ずかしい・・・、俺・・・」
 僕は一瞬、天を仰ぐ。
 身体を求められてこんなに嬉しかったことって、本当に久しぶりだ。
 なんかちょっと、嬉し過ぎて、それを通り越して、感動までしてる、僕。
「シノさん・・・」
 僕はシノさんの背にそっと触れて、それからシノさんの身体を起こした。
 シノさん、可哀想なほど真っ赤っかだ。
「本当に大丈夫? 僕なんかがシノさんの最初の人になっていいの?」
 シノさんは眉間に皺を寄せて、唇を噛み締める。
「 ── もう、恥ずかしさが限界だよ。どうにかしてくれ」
 僕は、シノさんを抱きしめた。
 力一杯、ギュッと、これ以上にないくらい。
 シノさんはどこかほっとした様子で、身体の力を抜いた。
 おずおずと、僕の背中に腕をまわしてくる。
 ああ、シノさんの腕に包まれる、この心地よさ。
 僕より少し逞しい腕が、僕をギュッとするこの甘い痛み。
 シノさん、好きだよ、たまらなく。
 僕は、シノさんを解放すると、間近でシノさんを見つめた。
 その熱い頬を柔らかく撫でる。
 何度も、何度も。
 シノさんは瞳を閉じて僕の手に身を任せていたが、やがて瞳を瞬かせた。
「なんか、やっぱりテレくさい・・・こういうの」
「照れる? まだ、恥ずかしい?」
 シノさんは頷いた。
「さっきよりはマシだけど・・・。なんか、この微妙な雰囲気がさ。ムズ痒いというか、なんというか」
 僕はフフフと笑った。
「そんなこと言われると、こっちも緊張してくる・・・」
「ごめん、なんか。ホント、要領を得なくて」
 僕は首を横に振った。
「謝らなくていいよ、シノさん。僕も何だか、初めてした時より緊張してる。変でしょ? 僕にもわからない。なんだろう、なんでこんなにも甘酸っぱい気分になってるのかって」
 シノさんが怪訝そうに顔を顰めた。
「小説家って、もっとそういうの何でもわかってるのかと思ってた」
「僕も、てっきりわかってるものと思ってましたよ・・・」
 僕は、シノさんの目にかかっている前髪を、そっと指で掻き上げた。
「シノさん、意外に睫毛長いよね」
「そうかな? 意識して見た事ないからなぁ」
「長いですよ。奥二重でそれだけ長く見えるんだから、本当はもっと長いんですよ」
「へぇ、そういうもの?」
「だって、奥二重って、睫毛の根元が奥に隠れてる訳でしょ」
「ふ~ん・・・。千春は見事なくっきり二重だよな」
 シノさんが、マジマジと僕を見つめてくる。
 でも正確には、僕を見つめるというより、僕の目を観察してるって顔つきだ。
「それに、瞳も凄く茶色いし。日本人じゃないみたい」
「そうですか? 僕は、らしくなくて嫌なんですけどね」
「そうなの? これはこれで、とてもキレイだと思うけどなぁ・・・」
 僕の瞳の色に気を取られているシノさん。気の抜けた、隙だらけの顔。 ── なんか、とてもカワイイ。
 僕は思わず、間近にあるシノさんの唇にチュッと軽くキスをした。
 シノさんがビックリする。その後に、また顔を赤くした。
「フフフ。しちゃった、思わず。 ── 気持ち悪いですか?」
 シノさんは唇を噛み締めて、首を横に振った。
 まるで子どもみたいな仕草。
 僕は、シノさんの頬をまた数回両手で撫でた。
 シノさんの頬、凄く熱い。
 シノさんの瞳が、とろんとした甘い表情を浮かべる。
「 ── なんか・・・、こういうものなのか?」
 シノさんが囁く。
「ん? なにが?」
「いつもこんなに甘いというか・・・。誰でも、そうなのかな?」
「それは僕が、ということ? それとも一般論?」
「う~ん、どちらかといえば・・・一般論・・・」
「一般論かぁ。さぁ、どうでしょうね・・・」
 僕はそう呟きながら、シノさんの唇を奪った。
 さすがにいきなりディープなキスはせずに、ただ唇を愛撫するように、何度も何度も唇を併せた。
 唇を離すと、シノさんは震える息を長く長く吐き出した。
「大丈夫?」
 僕が小首を傾げて上目遣いにシノさんを観察すると、シノさんは何度も何度も唇を噛み締めた。
「口から心臓が飛び出しそうだ。 ── 音って、結構するものなんだな。普通の人が、普通にしてもさ」
 なんて素朴な疑問なんだろう。
 シノさんって、ひょっとしてキスも初めてなのかな?
 僕は益々シノさんが可愛く思えて、シノさんの両手を握る。
「そうだね。どうやっても結構出ちゃうものですね。ん? 恥ずかしい?」
「恥ずかしいというか・・・。エロい。誰でもこんなんなら、凄いなぁと思って。一般人でもさ」
「シノさん、AVの見過ぎだよ」
 僕が笑うと、シノさんも笑った。
 緊張が少し解れる。
 僕は、もう一度シノさんにキスをすると、シノさんの耳元で囁いた。

<以下のシーンについては、URL請求。→編集後記>

 

all need is love act.32 end.

NEXT NOVEL MENU webclap

編集後記

やっとここまで

キターーーーーーーーーーー!!!!

世界陸上終わっちゃいましたね・・・。もう織田さんの目薬CMも見られなくなるのでしょうか。

そんな与太話はさておき。
皆様、長きの苦難を乗り越え、よくぞここまでついてきてくださいました。

ついにその時がやって参りました!

よもやシノくんから言い出すなんてね。作者自身もビックリです。
これも最強天然男のなせる技か。
千春も振り回されるだけ振り回されて大変だけど、結局は甘々だし、幸せそうなので、「ま、いっか」ってことで(笑)。

これから以後の大人シーンは、大人メニューからアクセス可能ですので、すでにURL請求をすまされている方は、そちらからアクセスください。
一応断っておきますが、凄く長いです(国沢的には)。一話分まるまるある勢いです。皆様、くれぐれも『濡れ場遭難者』にならぬよう、休み休みお読みください(笑い)。
「URL請求??! なんのこっちゃ!!」という方は、以下の注意書きを読んでいただいた上でご請求ください。

大人シーンは、URL請求制となっています。ご請求いただいたアドレスには、当サイトの大人シーンを全て掲載していく予定ですので、一度請求するだけで当サイトに公開中の全ての小説の大人シーンが閲覧可能となります。
18禁シーンご希望の方は、画面右側の「URL請求フォーム」からお気軽にお申し込みください。

[国沢]

小説等についての感想は、本編最後にあるWEB拍手ボタンからもどうぞ!

Copyright © 2002-2019 Syusei Kunisawa, All Rights Reserved.