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nothing to lose title

act.07

<side-CHIHARU>

 翌日は丁度金曜だった。
 篠田さんの恋愛力を査定しようと僕が考えたのは、合コンだった。
 篠田さんに僕が準備した合コンに参加してもらって、僕がそれを少し離れた席で観察する。
 これなら、恋愛対象を前にしてどういう態度や行動を取るか一目瞭然だし、問題点も浮き彫りになる。
 幸い僕は、男女限らず飲み友達なら事欠かなかったし、僕のリクエストに喜んで応えてくれるレストランもたくさんあった。
 メンバーは3人対3人することに決めて、合コンを仕切るのを渡海さんに任せることにした。彼はダーツバーのオーナーで、バイセクシャルだ。話術がうまく、その場の状況を把握するのもうまい。僕が作家デビューする前からの知り合いで、口も堅いから、彼だけには事情を話して不測の事態に備えることにする。もう一人は、合コンバカの鈴木昌彦がいい。渡海さんとも顔見知りだし、場慣れしていて人見知りを一切しない。ヤツは生粋の女好きだし、ルックスは今ひとつだが自分の見せ方を熟知しているから、女の子のウケもよかった。おそらく、篠田さんの対局にいる男。
 女の子は、僕が行く美容室の店員3人がいいだろう。それなりに皆可愛いし、そのうちの一人は僕が見ても美しいと思えるほどの美女がいる。女は群れを好むから、3人が同じ職場の同僚というのは、彼女達もリラックスして合コンに望めるはずだ。それに美容師という仕事柄、彼女達は日頃様々なタイプの男と話をしている。水商売関係の女の子もそうなんだけど、それだと篠田さんに危険が及ぶ可能性があるから美容師ぐらいが丁度いい。
 店は気軽に食事が楽しめる方がいいので、老舗のイタリア料理の店にした。
 店内はホール形式になっていて適度に騒がしいし、料理も大皿料理が多く見栄えがして、かなり美味い。合コンでもよく使われているようだから、店員も慣れている。それに何より、あの店にはロフト席があった。僕が上から合コンの様子を観察するには最適の造りになっている。
 僕が彼らにメールを送ると、すぐに二つ返事が返ってきた。僕から誘うことはほとんどないから、皆驚いている様子だったが、僕自身が合コンに参加するわけでないことを説明すると、彼らは一様に納得した様子で、話はすぐにまとまった。
 いよいよ僕は、篠田さんに電話をした。今は昼休みの時間。電話してもおそらく大丈夫だろう。
「篠田さん? 僕です。成澤です」
『ああ、成澤君』
 篠田さんの明るい声が返ってくる。
「今、電話、大丈夫ですか?」
『ああ。昼休みだから大丈夫』
「実は、今日の講座の件ですが」
『うん』
「今夜、合コンに参加してもらいたいんです」
『え? 合コン?』
 途端に篠田さんの声が不安そうな声に変わった。だが、容赦するわけにはいかない。
「ええ。篠田さんの今のスペックを知っておきたいんです。それを分析しないと、傾向と対策が組めませんから」
 ハハハと篠田さんが笑う。
『何だか予備校みたいだな』
「僕も請け負ったからには、しっかりやりたいので。参加者は皆、僕の知り合いですから安心して。店も手配していますから、篠田さんは身一つで来てください」
 分かった・・・といまだ不安そうな声の篠田さんに畳みかけるようにして「店の名前と場所を後でメールする」と伝えると、僕は電話を切った。

 
 午後7時。
 僕は店の前で参加メンバーを出迎えた。
 一番最初には、予想通り渡海さんが現れる。
「久しぶり。今日はよろしく頼みます」
 僕がそう言うと、渡海さんはニヤニヤと笑みを浮かべた。
「まさかあの澤くんからお願いされるとはね」
 僕が肩を竦めると、彼は僕の耳元まで顔を寄せ、「この埋め合わせは、ペニンシュラ一泊ってところでどうだい?」と言ってくる。
 僕は片眉をクイッと引き上げ、「しょうがありませんね。その条件、呑みましょう」と答えた。
 その後も、ゾクゾクと集まってくる。
 真美・由紀・聡子の女の子組は、3人揃って現れた。
「キャー、澤くん来てたの?!」
「参加しないって言ってたから、今日は来てないのかと思ってた」
 元気のいい真美・由紀のコンビがテンション高い声を上げる。僕は苦笑いした。
「ちょっと事情があって。今日はどうもありがとうございます。時間調整、大変だったんじゃないですか? 美容師はこの時間も大抵仕事が終わっていないから、正直心配だったんだけど」
「澤くんからお願いされたってオーナーに言ったら、オーナーが凄く驚いて『そりゃよっぽどのことだから、あんた達、しっかりお役目果たしてきなさいよ!』って言われたの。いつも隠してるオネェ言葉が出てたから、よほど驚いたんだと思う」
 一番おとなしい聡子ちゃんが、クスクスと笑いながらそう言った。彼女が、今日一番の美女だ。
 渡海さんと女の子達が店の中に入った後、騒々しく鈴木が来た。
 鈴木が僕に恩着せがましいことを散々言っていた最中、篠田さんが現れた。
 遅れそうだと思ったのか駅から走ってきたらしく、額には汗が浮かんでいた。
「すみません! 遅くなって・・・」
 ハァハァと俯いて息を吐く篠田さんを、鈴木が一瞬顔を顰めて見た。そして、鈴木は「なんでこんなヤツが?」といった視線を僕に向ける。
 僕は内心鈴木を呼んだのは失敗だったかな、と思いつつ篠田さんの肩に手を置いた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ・・・」
 篠田さんが身体を起こす。汗で額に前髪が張り付いている。それを見て、鈴木がウワ~という表情を浮かべた。
「篠田さん、何も走ってくることはなかったのに」
 僕がそう言うと、「でも遅れると悪いから・・・」と答えた。
 確かに遅れてくるのは合コン参加者として御法度だが、初対面の女の子と会う合コンにおいて、清潔感はかなり大切なポイントだ。その点で言うと、汗だくで「初めまして」はかなり分が悪い。
「篠田さん、ハンカチは?」
「うん、持ってる」
 篠田さんは黒のスーツの懐からハンカチを取り出すと、豪快に顔中の汗を拭った。
「もう始まってるの?」
「いや、まだですよ」
「よかった・・・。間に合った。出際に課長から声を掛けられたものだから」
 肩で息をつく篠田さんの背中に手を添え、僕は彼を店内に誘った。
 ── 鈴木、お前は勝手に入ってくればいいさ。
 鈴木の篠田さんを見る顔つきに少々ムカついたんで、鈴木は以後放置プレイとすることにした。
 僕は店が構えてくれた席に篠田さんを連れて行った。
「篠田さんです。皆、よろしくお願いしますね」
「しっ、篠田です。よろしくお願いします」
 篠田さんがガバッと頭を下げ、如何にも体育会系のノリで挨拶をする。
 女の子達は汗だくの篠田さんに面食らい、渡海さんは面白いものでも見るかのように、僕と篠田さんを見比べていた。
「篠田さんは、どこに座りますか?」
 渡海さんが篠田さんに優しく声をかけてくれる。渡海さんは既に、篠田さんが緊張でガチガチなのが分かっている。
「ええと・・・どこでもいいです。皆さんの邪魔にならないところで」
 なんと消極的な発言(汗)。
 僕は思わず横からメラメラとレーザービームのような視線を篠田さんに送ったが、緊張してるからか篠田さんはまったくそれに気づかない。
 その様子を見ていた渡海さんが気を利かせてくれた。
 左端の席に座っていた渡海さんが席を立ち、篠田さんの隣まで来てくれる。小さな声で「どの娘が好みですか?」と訊いてくる。
 篠田さんは「えっ」と一瞬目を見開いたが、やがて小さな声で「向かって右端のコ・・・」と答えた。
 聡子ちゃんか。
 ── ふうん。篠田さん、意外と面食いなんだ。
 丁度その時、置いてけぼりを食らっていた鈴木が騒々しくやってきた。
「どうも~、鈴木で~す! 今日はヘアアーティストさん達がくるって言ってたけど、さすが皆さんオシャレだな~」
 ── 予想通り、チャラい。かなり。
 それでも急に砕けた雰囲気になったので女の子達もほっとしたのか、「やだ、アーティストだなんて大げさですよ。私たち、ただのサロン勤めですから」と機嫌良く答える。
「ええ? そうなの? でもお客さんの髪をこう・・・ディレクションしてあげてる訳でしょう。やっぱり凄いよね。そういうの」
 ── コイツ、絶対本心からそう思って言ってないな。
 僕が横目で鈴木を見ると、鈴木はちょっと僕の目線にビビる素振りを見せながらも、断りもなく真ん中の席に座った。その席なら、向かいの3人全てを射程距離に収めることができるからだ。
 僕が眉間にシワを寄せると、渡海さんが早速それに気がついた。
「あ、鈴木くんは左端に座って。篠田さんは右に。僕が真ん中に座るから」
 ── ナイスだ、渡海さん。
 鈴木と篠田さんの間に防波堤が絶対いると思ったんだ。
 約束のホテル代、僕が持とう。
「え~、渡海さん、そんなやる気なのぉ、今夜ぁ。君達、気をつけなよ、この人優しそうな顔してオオカミだから」
 鈴木が軽口を叩きながら席を譲る。「酷いなぁ」と渡海さんがコミカルな表情を浮かべると、女の子達がどっと笑った。その場の空気が和らぐ。
 僕は渡海さんに「しばらくは篠田さんに助け船を出さないで、様子を見ていて」と耳打ちした。渡海さんも頷いてくれる。
「じゃ、僕は上で仕事してますから。店には大体2時間って言っていますが、気にしないで。終わったら、僕に声を掛けてください」
「え? 澤くん、仕事なの?」
 女の子3人が同時に声をあげる。
「ええ。どうしても今夜中にコラムを1本仕上げなくてはならなくて。それがなければ参加してたんですけどね」
「そうなんだぁ・・・」
 真美ちゃんがそう言うのと同じ表情を浮かべて、篠田さんも僕を見て「へぇ~」という風に感心してる。
 ── バカだな、篠田さん。仕事なんて嘘ですよ。僕の本当の仕事は、あなたを観察して分析することなんだ。そのことを忘れてもらっちゃ困るんだけど。あぁでも、素直に感心しているとぼけた表情も可愛過ぎるなんて、この人僕をどこまで翻弄すれば気が済むんだ。
 篠田さんの天然ぶりにやられつつ、僕はロフトに上がった。ロフトに上がり際、店の隅にいたホール担当のスタッフに目配せをしたので、店員が注文を取りに六人のテーブルにやってくる。
 さぁ、恋愛講座模擬テストの始まりだ。
 篠田さんは、どこまで健闘してくれるのだろう。

 

all need is love act.07 end.

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編集後記

今週の更新、いかがだったでしょうか。
地震から一週間経つのですね。この一週間、随分と長い一週間のように感じました。
まだ先が見えない状況ですが、なんとか自体がこれ以上悪くなりませんようにと祈る他ないです。

お話の方は合コンだなんてチャラい展開なんですけど、そんな状況に若干罪悪感を感じつつ(汗)。どなたかの些細な息抜きになればいいなぁと思っております。

あかん・・・。甥っ子一家が家に来ていて、全然作業に集中できません(汗)。何をここに書いていいか、まったく思いつかん(脂汗)。

[国沢]

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