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nothing to lose title

act.13

<side-CHIHARU>

 今日は帰れそうにないとシノさんから連絡があったのは、夕方のことだった。
 僕は文芸誌の取材中だったが、はっきりいってそこからはすっかりテンションが下がってしまって、終わった後岡崎さんにダメ出しをされる羽目になった。
 公私混同はやめなさいとか、かんとか。
 確かに、今までそこら辺の一般常識が僕は今ひとつ欠けているから、岡崎さんの言うことはもっともなんだけど。これまで公私混同でもうまくやってきていたのに、今になってそれがうまくいかなくなっているということだ。
 これからは公私混同しないように、気をつけなくちゃ・・・ ── こういうのって、澤清順のキャラとしてOKなんですかね、岡崎さん。
 僕はそんな疑問を岡崎さんに返すことなく、帰宅した。
 で、当然一人分の食事は作る気がまったく失せて、外に出ることにした。


 六本木にあるVIPルームで食事ができるクラブ『ラ・トラヴィアータ』に僕が姿を現すと、いつもの連中が「わぁ」と歓声を上げつつ寄ってきた。
「澤くんが来るなんて、久しぶりじゃない?」
 黒髪のロンゲを無造作に縛ったスタイルのファッションモデル・黒柳ケンが、異様にまでに白い歯を輝かせながらそう言って、馴れ馴れしく僕の肩に手を回してくる。
 周囲でキャァと歓声が上がった。
 最近は、ホモ好きの女の子がそこら中にいるから、僕がちょっとお面相のよい男と接近すると、この手の歓声が上がる。そう言えば、この間シノさんを少し抱き寄せただけで、真美チャンや由紀チャンがこの手の歓声、上げてたからな。
 僕はその歓声を完全に無視して、さっさとVIPルームに向かった。
 こっちは腹が減ってるんだ。腹が減ってイライラしてるんだ。
 このクラブは3階吹き抜けの構造になっていて、内装はパリのオペラ座を意識して作られている。店のオーナーがフランス・オペラファンで、特に『椿姫』好きが高じて造ったクラブだ。
 オペラ座でいう一般観客席にあたる部分にダンスフロアがあり、入って左手にDJブースコーナー、正面に小さなステージがある。イベント時にはここでライブが行われたり、夜通しトランスパーティーが行われたりもする。
 入口の左手壁際にはロングカウンターのショットバースペース。右手にはテーブル席。テーブル席に向かう途中に、二階に上がる螺旋階段があり、上がり口には厳つい顔をしたセキュリティーの男が立っている。
 二階すべてがVIPルームとなっていて、ルームというよりはVIPゾーンと言った方がイメージに近い。オペラ座のようにバルコニーが迫り出た造りのボックス席が合計六つ、一階フロアを見下ろす形になっている。
 このVIPルームは下からよく見えるようになっているので、有名人がVIPルームに来ることによってそれが客寄せパンダのようになっていて、早い時間からでも客であふれていた。VIPの中でも、花村みたいな騒がれたい芸能人なんかには、この外から見えるVIPルームの造りがウケているようで、VIPルーム利用率も高い。
 店も上客を離したくないためか、VIPルームで本格的なフランス料理を提供するサービスを行っている。
 客は、クラブ系の音楽を聴きながらフランス料理を食べるという少々ちぐはぐな状態に陥るが、逆にそれを楽しんでいる若い客達が大勢いた。彼らは、若くして思いがけず大金を掴んでしまったような成金タイプの連中が多く、皆どんな風に金を使えばいいのかわかっていない人間が多い。店側としては、そういう客はいわゆる『上客』で、待遇を良くしてくれる。むろん、この僕もそのろくでもない連中の中の一人という訳だ。
 3階はいわゆる『天井桟敷』だ。本来なら劇場中一番安い席ということになっているが、ここでは正反対の意味になる。ここはクローズしているVIPゾーンにあたり、3階にあるので1階からは誰が3階にいるか見えない。姿を晒したくないと思う者達が集まってくる。常連客が多かった。僕も、大概ここを利用している。
 僕がセキュリティーをスルーして、まっすぐ3階を目指すと、下で絡んできた奴らのほとんどがついてきた。
 いろいろ後ろで話していたが、それも完全に無視して、僕は店員に注文をした。
 牛ほほ肉の赤ワイン煮込みとバゲット、ロケットのサラダに子羊のロティ、蟹のキッシュ、季節野菜のテリーヌ、そして赤ワインを一本。
 その注文の仕方に、テーブル席傍らのソファーに座った黒柳達が目を見張った。
 今日は悠長にコース料理を食べる気分じゃないんだ。
 いきなりガツガツと食べたい気分なんだ。
 ああ、僕は何かしらのストレスを感じると、ドカ食いする傾向がある。
 ということは、今僕は、何かしらのストレスを感じているということだ。
 僕のイライラは、すぐに外に伝わる。
 皆、不機嫌な僕に警戒してか、愚かにも僕のテーブルの向かいに座ってくるバカはいなかった。
 頼んだ食事が来ると、僕は無言で猛然と食べ始める。
 味はうまかったが、やはり何かが足りない。
 僕は、ほほ肉のソースを乱暴につけたバケットを口に放り込みながら、空席のはずの向かいの席をぼんやり眺めた。
 本当なら、この目線の先に八重歯が見えてたはずだ。
 シノさんは、よく食べる。
 僕も普段からよく食べる方だが、シノさんと一緒に食べると妙にすぐ満腹感が来て、人並みの食事の量で終わる。
 シノさんの食いっぷりに当てられるのかな。
 ふと食べる手が止まる。
  ── 改めて思うけど、一人の食事って、つまんないんだな。
 幼い頃は、全然平気だったのに。
 今更そんなこと思っている自分がおかしくて、僕は思わずフンと鼻で笑った。
 周囲の人間は、それで僕が空腹から来る不機嫌から解放されたと思ったらしい。
 黒柳が声をかけてくる。
「ここのところ夜の街で澤くんの姿を見かけないって噂が立ってたから、てっきり花村ちゃんに拉致監禁されてるんじゃないのって、話になってたぜ」
 そんな話をさも面白い話のように話す。周りの奴らも「ウケるー」って言いながら笑っている。
 僕は黒柳を一瞥した。
「そんな訳ないでしょ」
 僕がそう言い放つと、「そうだよね。そんなことある訳ないよね」と、オーバーに表情をつくって返してきた。
  ── ダメだ。今日は、どいつもこいつもバカに見える。
 僕が溜め息を吐くと、一定の距離離れて僕の様子を見ていた女の子達が、僕と同じようにほぅと息を吐いた。
 女性とは本当に不思議なもので、例え僕が彼女達に一切興味がないとしても、熱い目線を僕に送ってくる。
 男はもっと単純だから、相手が自分の落とせない守備範囲外だと分かると、途端に頭を切り替えて別の獲物を探すものなのだが。
「花村ちゃんが犯人じゃないとすると、誰が澤くんをこの週末独占してたわけ?」
 今売れに売れている若手アーティストの小岩井ミワが黒柳の肩に身を乗り出しながら、口を尖らせた。
 彼女は売れっ子アーティストとは言っても事務所の力のおかげで売れてるから、さほど歌はうまくない。ダンスが少々上手なぐらいだ。
「そう言えば、オレ、別の噂聞いた」
 黒柳の後ろでソファーの背に凭れかかっている男が手を挙げる。 ── ええと、こいつ、誰だっけ。名前、忘れた。
「先週の金曜日、あか抜けない男と『N.Y』で飲んでたのを見かけたって」
 N.Yとは、確かにシノさんの合コンテストをした後に寄った店だ。
「え~、ホントぉ~」
「マジかよ」
「何でも、ダサイ吊るしのスーツに、ボサボサで真っ黒い髪の毛した男だったらしいぜ」
「なにそれぇ、ただのサラリーマンじゃん」
「そんな訳ないだろ、さすがに。見間違えじゃないのか、それ。なぁ、澤くん」
 最後に黒柳にそう訊かれたが、僕は何も答えず、無造作にキッシュを口に突っ込んだ。
 僕が再び負のオーラを出し始めたのを察したのか、黒柳は口を噤んで、居心地悪そうにタバコを銜えた。
 ああ。
 なんて、くだらない世界。
 これがシノさんに出会うまで、僕がどっぷりと浸かっていた世界。
  ── 騒がしい店の方が気が晴れると思ったんだけどな。
 そう思っていると、懐のi-phoneが鳴った。
 この着信音、シノさんからだ。
 僕は口の中のものをワインで流し込むと、即座に出た。
『 ── もしもし? 篠田です』
 わざわざ名のらなくったってわかるよ、シノさん。
「何? 仕事、終わった? 今、どこ?」
『奥塩原らへん』
「え? 何? 奥塩原? 今日泊まりってことですか?」
『そ、そう』
 なんでビビり気味の声なんですか? シノさん。
「で? 何で電話してきたんですか?」
 僕がそう訊くと、『今日、ドタキャンしちゃったからさ。夕食の約束。大丈夫だったかなって思って』と言ってくる。
 何それ。
 大丈夫って、どういうことですか?
「大丈夫ですよ、もちろん。シノさんはなんですか? シノさんがいないと、僕はまともに夕食も食べられない男だと思ってるんですか?」
『そ、そんなこと、言ってないだろ? ただ俺は、謝りたくて』
「謝らなくていいです。元々週三日ぐらいって約束だったし、ここのところ互いに根を詰めすぎましたから、丁度いいです。全然、迷惑してませんから」
『それでも、俺は謝りたいんだよ。約束は、昼までに連絡するってことだったし。連絡したのが遅い時間になっちまったからさ、夕食の準備をしてくれてたんじゃないかって、そう思ってさ。・・・・ホント、申し訳ない。次から気をつける』
  ── 本当にもう・・・この人ってば。
 律儀というか、堅物というか。不器用というか。
 僕は、ふっと肩の力を抜いた。大きく息を吐く。顔は自然と苦笑いが浮かんでいた。
 ホント、敵わないよ、この人には。
「・・・いいんですよ、本当に。 ── 電話がかかってきていた段階で、僕は何もしてなかったんですから。安心してください」
 僕の声のトーンが変わったので納得したのか、『そうか、よかった』と言うシノさんの声も幾分明るくなる。
「ところで、どこに泊まってるんです? 奥塩原なら、温泉旅館?」
『まさか。仕事先の酒蔵だよ。いつも泊めてもらってるんだ』
「ふ~ん。じゃ、温泉入りに行った訳じゃないんですね?」
『違うよ』
 シノさんが笑う。
 電話越しでも特徴のある声だ。少し鼻にかかってる低めの声。
『ここには同僚と仕事で来てるんだ。遊びじゃないよ』
 もちろん、遊びじゃないのはわかってますよ。って、今、同僚って言った?
「二人なんですか?」
『そう。なんで?』
 シノさんが訊き返してくる。
 僕は正直、何と答えていいかわからなくなって、「てっきり一人だと思ってたから。シノさんこそ、一人の食事じゃなくてよかったですね」と減らず口を叩いた。
 シノさんはまた笑って、『確かにそうだ』と言う。
 その時シノさんの声の向こうから、『おい、シノ、早く温泉行くぞ! でなけりゃ、閉まる!』という男の声がした。
  ── なにぃ?
 僕の眉がピクリと震える。
「やっぱり、行くんですね。温泉」
『ええと、あの~~~~。 ── 今度、千春も来る? 塩の湯温泉』
「いいです、温泉。いりません」
 僕はそう言って、電話を一方的に切った。
 こともあろうか、同僚と二人っきりで温泉だと・・・・?
 当然二人一緒に入るってことだよな。
 これから同僚と、裸の付き合いをするってことなんだよな。
  ── シノさん、襲われたりとかしないかな。
 一瞬でもそんなことを思った僕は、自分自身が本当にバカに思えて、頭を抱えた。
 同僚はどうせゲイじゃないんだから、そんなことになる訳ないじゃないか。
 ってか、たかがこんなことで動揺してる僕ってなに?!
 ホント、今夜この場にいる人間は、僕を含めてバカばっかりだ。
 僕がふと顔を上げると、僕の周囲にいた人間は、一様にぽかんとした顔で、僕を見つめていた。
 何だっていうんだ、もう。どいつもこいつも・・・。
 僕は落ち着かない気持ちのまま、渡海さんに電話をかけた。
 ツーコールで電話がつながる。
『やぁ、電話待ってたよ』
 上機嫌な渡海さんの声。
 僕はそれとは対照的な声で、渡海さんに言った。
「ペニンシュラ、今から部屋を取ります。こられますよね?」
『もちろん。仕事なんかほっぽり出して参りますよ、王子様』
 僕は渡海さんの返事を聞いて、電話を切った。
 グラスに残ったワインは、鉄サビの味がした。
 
<side-SHINO>

 俺は、きょとんとして携帯をマジマジと見た。
「いきなり切られた・・・」
 あまりの勢いだったので、ちょっと笑ってしまった。
 そんなに黙って温泉入ろうとしてたのが気に入らなかったのか???
「さすがドS王子・・・」
 俺が小さく呟くと、「ドS・・・何だって?」と川島が背中越しに顔を覗かせてきた。
「い、いや。こっちの話」
 携帯を腰のポケットにしまって川島を見ると、川島は目を細めて俺を見ていた。
 何、そのへんな視線。
「お前も隅に置けないな」
 川島が変な声色で言う。まるで悪代官さながらに。
「何のことだよ」
「女だろ、女。女に電話してたんだろ。お前、いつの間に彼女作ってた訳? 俺に内緒で」
 俺はお前に言ったよね、と言った風な口ぶりだった。
「バカ、違うって。女なんかじゃねぇよ」
「あ、顔が赤くなった」
「お前がバカなこと言うからだろ? ホントに違うって」
 俺は、柿谷さんから借りた入浴セットを手提げカバンに突っ込んだ。
「怪しいなぁ。さっきの会話、完全に女に対するいい訳電話に聞こえたけどなぁ。俺だってさっき、美樹ちゃんにそんな電話してきたばっかだよ」
「だからぁ、違うって言ってるだろ、しつこいなぁ。相手は男だよ、男。隣に住んでる人。最近仲良くなったんだ。ほら、行くぞ! 早く行かないと閉まるって言ったの、お前だからな」
 俺は川島を追い立てた。川島は、「チハルって誰だよ~。完全女の名前じゃんか、それ~」と食い下がっていたが、俺は無視を決め込むことにした。だってどう逆立ちしても千春は男だし、俺は嘘をついていないんだから。
 しかしそれにしても。
 千春って、こんなにも感情の起伏が激しいだなんて想像もしてなかった。
 雑誌のインタビューに答えている彼は、とてもクールで二十歳代とは思えないほど超然とした雰囲気だったが、実際の千春は意外に表情豊かで、年相応に見えることが最近多くなってきた。
 まぁ最近といっても、知り合ってまだ一週間程度だけどさ。
 でも俺が思うに、千春は随分世間から誤解を受けてるんじゃないかと思う。
 冷静で思慮深く、達観した目線で世の中を見ている。
 確かにそれは千春の性格ではあったが、別のもっと彼らしい部分が殺されているような気がしてならなかった。
 他の人と話している時は、雑誌の中の澤清順と同じ。
 でも俺と話す時は、全然別の、成澤千春。
 なんでだろう。
 どうしてそんなことをする必要があるのかな?
 俺なんて単純だから、人によっていろいろ性格を使い分けて話すなんてこと、とてもじゃないができない。
 ・・・・。
 千春先生。
 俺にとっては、先生自体が謎だらけで、難しいです・・・。

 

all need is love act.13 end.

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編集後記

君ら、完全にそれ、痴話げんかやろ(笑)。
とツッコミをいれてしまいそうな第13回目、いかがだったでしょうか。
篠田くんは、今まで経験した事のないタイプのドS王子からの攻撃に、きりきり舞いですが、その実、千春の方が振り回されているっていうね(笑)。
作者萌であれなんですが、二人ともカワイイです。
現在は27回目まで書き進んでいて、意外に長引いてる感が否めないんですが、萌え感はまだ持続中なので、国沢的にはモーマンタイってとこですかね(汗)。
本日より、リクエストのあったキャラ・お話ランキング投票にも、「オルラブ」と篠田くん、千春コンビの名前を追加いたしました。
「あたし、この子達、気に入ったわ~」と思っていただいた方がいらっしゃりますれば、そちらの方もポチッとなでよろしゅうお頼もうします。

[国沢]

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