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nothing to lose title

act.30

<side-SHINO>

 千春のあの『提案』があったその週末。
 俺は図らずも、葵さんという女性とデートをすることになってしまった。
 早めについてしまった待ち合わせのカフェでコーヒーを飲みながら、俺はぼんやりとあの夜のことを思い出していた。
 千春が、「葵さんとデートしてくれ」と言い出した、あの夜。
 あの夜の千春は、なんだか凄く必死だった。
 いつも超然としてる千春とは全然違ってて。
 ふいに動きを止めた千春を不思議に思って振り返ると、まるで泣き出しそうな顔をした千春がいて、俺は急に不安になったんだ。
 どうしてそんな顔をするのか、俺にはわからなかったから・・・。
 俺は、どうすればいいんだろう。
 なぁ、千春。俺はどうすればいい?
 千春が悲しむ顔は見たくないのに、俺は時々彼にそんな表情をさせてしまう。
  ── 本当に、出来が悪い生徒でごめんな、千春。俺は千春に迷惑をかけてばっかりだ。
 千春が、俺の背中を優しく擦ってくれてる間、俺は本当に夢見心地で。
 パジャマ越しだったけど、千春の体温がゆっくり背中から染み渡ってきて、内心俺は涙が出そうになっていたんだ。
 俺が世界で独りぼっちなんかじゃなく、少なくともこの瞬間は千春が一緒にいてくれて、俺の事を考えてくれているんだと実感できたから。
 こんな風にして人に触れられる事が、これほど心地いいなんて、俺は知らなかった。
 これまで人と肌を併せる事はもちろん、マッサージとかもしてもらった経験はなかったから、本当に初めてだったんだ。
  ── ずっとこうして触れていてほしいと思っていた矢先、千春の手がとまって。
 彼は俺に、こう言った。
「僕が最も信頼を置いている女性となら、してみようと思いますか?」
 はっきり言って、俺は葵さんと待ち合わせをしている今も、迷っていた。
 ・・・迷っているというのは、ちょっと違うな。
 はっきりとわからないという方が近いだろうか。
 「僕のために」と千春に言われたから反射的に頷いたけど、葵さんと果たしてそんなことができるかどうか、全く確信が持ててなかった。
 でもまた今回もダメだったら、千春の期待を二度も裏切る事になるし、そうなったら、千春がまた悲しげな顔をするのかなと思ったら、それも辛いなぁと思ったりもして。
  ── ああ、俺、ホントどうしたらいいんだろう。
 千春のことは困らせたくないのに、千春の期待に応える自信が全くないなんて。
 そんなことをツラツラと考えていたら、ふいに目の前に女性が立っている事に、遅まきながら気がついた。
 俺が顔を上げると、まるで美しい菩薩様のような微笑みを浮かべた女性が立っていた。
 女性を仏像に似てるって思うなんて絶対変だと思うけど、俺にはそう見えたんだ。
「ジムに来なくなってから随分経つけど、凄く男前に変身してる」
 女性・・・葵さんはフフフと笑って、向かいに腰をかけた。
 長い髪をタイトに後ろで一纏めにして、アジアンチックで暖色系のロングワンピースに同色系の大振りなストールを上手に巻き付けた葵さんは、千春に負けず劣らず、周囲の視線を一瞬で集めてしまうような華のあるエキゾチックな姿で。本当に美しい女性だと思った。
 前に、ジムで千春から葵さんのことを紹介された時は、「僕は彼女以上にセクシーな女性を見た事がない」と千春が言っていた通り、健康的なフェロモンムンムンのイメージだったが、今日の彼女はまったくそんな雰囲気は感じなかった。 ── なぜだろう。とても不思議だった。
「久しぶりね、篠田さん。シノくんって呼んでいいかしら? 成澤くんもそう呼んでるでしょ?」
「ええ」
「あ、すみません! オレンジジュースください」
 美しい容姿とは裏腹に、サバサバとした口調で注文をする葵さんを見て、思わず俺はフフッと笑ってしまう。
「何かおかしかった?」
 葵さんが小首を傾げる。俺は肩を竦める。
「サバサバしてるなぁと思って」
 葵さんも俺と同じように笑って、「よく友達からは、お前は黙っておけば完璧な美人なのにと言われるわ」と言った。
「そうなんですか? そのままでも充分美人だと思いますけど」
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。あなた、成澤くんが心配してるほど、女の人としゃべれない訳じゃないのね」
 葵さんからそう言われ、俺はそこで初めて気がついた。
  ── そうだ。俺、葵さんとほぼ初めてまともに顔をあわせている状態なのに、変に緊張もせず話せている。
 俺自身、凄く驚いた。
「なんでだろ?」
 思わず俺は呟いた。
 葵さんは、そんな俺を横目で見ながら、今来たばかりのオレンジジュースにストローを差し込み、ジューッと吸った。
 葵さんのそんなワイルドで飾らない仕草もとても魅力的だと思うのに、俺はどうして上がらずに葵さんと話せているのかが、本当にわからなかった。
 なんで、自分がこんなにも落ち着いているのか。
「前世は、姉弟だったかもしれないわねぇ」
 ふいに葵さんがそう呟いて、一瞬聞き取れなかった俺は、「え?」と聞き返した。
 葵さんは、またあの菩薩様のような微笑みを浮かべると、「どうする? 食事しに行く? それともすぐにホテルに行く?
」と言った。
 さすがに落ち着いているとは言っても、「ホテル」と聞いて、俺の心臓は跳ね上がった。
「え、ええと・・・」
 俺がコーヒーカップを触りながらドギマギしていると、その手にすっと触れられて、「やっぱりホテル、行きましょう!」と元気よく言われた。
 この展開は、あのクラブでの夜とほぼ同じだったが、不思議とあの時のような嫌悪感は全く感じなかった。
 葵さんはさっさと席を立つと、伝票を持ってレジに行ってしまう。
「あ! あぁ、葵さん! 支払い、俺がしますよ」
 俺が腰のポケットから慌てて財布を出すと、葵さんは俺を振り返って、「じゃ、割り勘にしようよ」と言った。
「え? あ・・・」
「私、オレンジジュース」
 俺がモタモタしている間に、葵さんがさっさと自分の分の支払いを済ませてしまう。
 俺もつられて、自分の分の支払いを済ませると、葵さんに腕を取られ、店を出た。
  ── うわ、女性に腕を組まれるのなんて初めての経験だ。
 それでもなお、俺の全身からは変な汗が出てこないのは、本当になぜだろう。
 すれ違って行く周囲の人達が、俺と葵さんをしきりと見ていく。
 やっぱり葵さん、千春と同じで凄く目立つんだ。
 葵さんはフフフと笑いながら、「余は満足じゃ」と言う。
「え?」
 葵さんを見下ろすと、葵さんがまるで少女のような顔つきで俺を見た。
「女の子達が、凄く羨ましそうに私の事見ていくから。優越感ってやつよ」
「え、そうなんですか? なんで?」
 俺がそう訊くと、葵さんはふと足を止め、俺をマジマジと見つめた後、アハハハハと大きな口を開けて笑った。
「凄い! 成澤くんから聞いていたけど、本当に鈍感!!!」
 バシバシと背中を叩かれ、俺はゴホンと咳き込んだ。
「シノくん、おもしろい!!」
 また葵さんに腕を取られ、歩き出す。
「俺、そんなに鈍感ですか・・・」
 俺が首を項垂れ気味にしてそう訊くと、「そんなにがっかりしない! 君のKYぶりはもはやそれ、魅力だから」と言われた。
「え~・・・。そんなの、魅力になりますかね・・・」
「だって、そこまでKYで愛されキャラなんて、世界中探しても、そうそういないと思うわよ」
 凄い勢いで俺、KYって連呼されてる・・・(汗)。
 俺は、あ~・・・と息を吐きながら、おでこを右手で擦った。
「ほらほら、元気出して! 男前が台無しだから!」
 また背中を叩かれた。
 葵さん、まるで部活のマネージャーのようだよ・・・。

 葵さんに連れられて入ったのは、予想に反して普通のホテルだった。
 普通のホテルと言っても、外資系の洗練された高級ホテルだ。
「空いてる部屋があるかどうか訊いてくるから、ここで待ってて」
 ロビーのソファーがあるところでそう言われ、俺は手持ち無沙汰になって取り敢えず椅子に座った。
  ── 俺、このまま本当に葵さんとしちゃうのかな。
 まるでそんな感じがしてないっていうのは、きっと問題だよな。きっと葵さんにも失礼だし。でも、こればっかりは・・・。
 そう思っていたら、葵さんが戻ってきた。
「いい部屋が空いてたわ。凄くラッキー。私たち、ツイてるかもよ」
 葵さんに連れられて入った部屋は、俺がいつも出張で泊まるような、入ったらすぐベッドっていう部屋じゃなく、どこかのお金持ちの別荘のような部屋だった。
「あー、見て見て、皇居が見える」
 大きく開いた窓から外を眺めると、秋から冬に装いを変える落ち葉に包まれた美しい風景が広がっていた。
「俺、こんな部屋来るの、初めてです」
「そ? じゃ、お部屋、探検してみる?」
 そう言われて、俺は頷いた。
 何だか、ちょっと楽しい。
「うわ! 風呂、すげぇ!!」
 家の風呂とは比べものにならないくらい広い。
「アメニティーも充実してるわねぇ」
 葵さんは、鏡の前で小物のチェックをしている。
 部屋にはなんとミニバーまであって、質のいいお酒のミニボトルが美しく並べてあった。
「あ~・・・、みんな、幸せそうだ」
 俺は思わずそう呟いた。
 いつかのクラブで、雑然と並べられたボトルたちのことを思い起こすと、小さくてもそこにはお酒の威厳がきちんと保たれているような気がして、俺はちょっと胸が熱くなってしまった。
 葵さんが、俺の顔を下から覗き込む。
「シノくん、お酒屋さんに勤めてるんだっけ?」
「ええ。正確には、卸売業者ですけど」
「お酒の事を大事に思ってるのね。そういうの、素敵よ」
 葵さんにそう言われ、俺は顔が熱くなるのを感じた。
「ね、ベッドルームに行こうよ」
 俺は再び葵さんに腕を取られ、ベッッドルームまで連れて行かれる。
 ああ、心臓が口から飛び出しそうだ。
 葵さんが、ベッドルームの扉を開いて、俺を中に誘う。
 俺は、部屋の中に入って室内の様子を見て、「あっ」と声を上げたのだった。

 

all need is love act.30 end.

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編集後記

先週は、千春がおセンチモードだったんですけど、今週はシノくんがおセンチモード。千春に身体を撫でられて心地よかった・・・だなんて、

早く気づけよっ!

ってとこですよね(笑)。

ノンケのシノくんは超絶鈍感というハンデもあるので、千春というお手本が傍にいるものの、「男は女と付き合うもの」という刷り込み度合いがハンパないでしょうな。。
こういう子には、何かしらの「魔法」が必要です。

今週は、葵さんがロングラン出演でした。
国沢のお話の中には、こういったガイド役の女性がよく出てきます。
役割は大体一緒なんですけど、国沢の中では彼女達もそれぞれ個性があって、今回の葵さんは、これまでで一番「自由人」なイメージが強い女性です。
例えて言うなら、「海賊達のマドンナ的存在の女船長」ってイメージ。
伝わりますかねぇ(笑)。この感じ。
基本、ゲイ絡みのお話しか書けない国沢なんですけど、結構こういう女性を書くのは好きです。

さて次週、ベッドルームで何が起こるのか、乞うご期待??!

[国沢]

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