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nothing to lose title

act.09

<side-SHINO>

 成澤くんがセッティングしてくれた合コンは、あっという間に終わってしまった。
 肝心の俺はというと、1次会でもうヘタヘタになってしまっていた。本当のところ、大したことはしてないし、話してないし。それでもヘタヘタなのは、俺が余計なところに力を砕いていた証拠で。
「2次会行きましょうよ、2次会!」
 鈴木くんが店を出たところで大声を上げる。
 なんで彼はこんなに元気なんだ? 俺の十倍以上はしゃべってたのに。
 渡海さんも女の子達も「いいですね、行きましょう」と返事をしている。
 皆の視線が俺に集中した。
 と、その時。
 スイッと俺の肩に長い腕が回され、グッと左に引き寄せられた。気づけば、俺は成澤くんの胸元に頭を押しつける恰好になっていた。
 なぜか真美ちゃんと由紀ちゃんがキァーと黄色い声をあげる。
「悪いけど、彼にはこれからちょっと話がありますから」
「え~、そんなつまんないじゃぁん。2次会、澤くんも一緒に行こうよぉ」
 鼻にかかった声でそう言う鈴木さんに向かって、成澤くんは一言さらりとこう言い放つ。
「勝手に行けば」
 俺はギョッとして成澤くんの顔を仰ぎ見た。
 女の子もいるのに、友達にそんなこと言って、大丈夫なのか?!
 俺は相当ヒヤヒヤして皆の方を見たが、実際不機嫌な顔つきをしているのは鈴木くんだけだった。
「出た! 澤くんのドSぶり」
 真美ちゃんがそう言って、笑っている。
「私、初めて経験しちゃった~。確かにこれは快感かも」
 由紀ちゃんもそんなこと言ってる。
 ── これって有名なのか? それにドSってどういうこと?
 俺が目を白黒させていると、渡海さんが女の子達をエスコートしながら、「彼らはこれから反省会をするんだよ。さ、僕の店に招待するから、皆行こう」と言って、先を促した。遅れてはならんと、鈴木さんも後を追う。聡子ちゃんは心配そうに何回か俺らの方を振り返ったが、鈴木さんに話しかけられながら人混みの中に消えていった。
 俺は成澤くんの腕から解放されると、ほぅと大きく溜息をついた。
 正直、助かった。かなり疲れていたので、女の子連れの2次会なんて、到底無理だ。
 俺は、隣に立つ成澤くんに訊いた。
「それで、俺の点数はいかほど・・・」
 俺に向き直った成澤くんが、目を細めて俺を見る。
 なに、その目。その氷のような視線。
「8点」
「10点満点中?」
「200点満点中です」
 ── きっ、気を失いそう・・・・。
 俺はその場でヨロヨロとよろけた。
 予想はしていたが、100点満点どころか、200点満点中の8点とは・・・。
 俺は両膝に手をついて項垂れた。
「今のコケ方は自然でよかったので、オマケで10点にしてあげます」
 俺は顔を上げた。さっきまで冷たかった目が、うっすら笑っていた。
「やったー」
 俺は囁くようにそう声を挙げて、ようやく小さなガッツポーズを作ったのだった。


 その後、本当に反省会と称して、成澤くん行きつけのバーに行った。
 長いL字型カウンターがあるオシャレな店だ。
 壁一面独創的な絵が描かれてあって、鉄骨の骨組みがむき出しの無骨な造り。それに、布製の照明器具が変わった形をしている。
 薄暗い店内は、20代から30代のキレイな恰好をした人達で混んでいた。
「オーナー、今日はテーブル席がいいんだけど。空いてますか?」
 成澤くんがカウンターに寄りかかり、長い足を軽く組みながら、店の人に声をかける。
 何気ないそんな仕草すらファッション誌の写真のように様になっているから、カウンター近くの客はおろか、店中の人が男女関係なしに成澤くんを見る。
 成澤くんは、もちろん男だから褒め言葉としては『格好いい』というのが正しいんだろうけど、俺の頭の中に浮かぶのは、なぜか『キレイ』という言葉の方だった。キレイ・・・うーん・・・『美しい人』っていう方がもっと近いかな。
 世間では、『美人は3日で飽きる』っていうことわざがあるけど、それは本当の美人を前にしての言葉じゃないと、俺は思う。だって成澤くんの姿は、3日見たって飽きることはないし、もっともっといろいろな表情とか仕草を見たいって女の人は思うはずだ。だって、現に俺がそう思ってるし。
「すぐに席を構えるよ」
 店の人がそう言う。成澤くんは、軽く頷いて少しだけ笑みを浮かべた。
 それだけで店の中がざわつく。
 俺が立っている傍の席に座っていた二人組の女性客は、「ちょっと、あれ、澤清順だよ。同じ人間とは思えないくらいカッコイイ」「えー、初めて実物見たー。背、たか~い。足なが~い」と甘い声をあげている。
「もう少し、待ってくださいね」
 成澤くんが俺の方を振り返ってそう言う。
 店内の視線が、一気に俺に集中した。
 俺は背筋にタラリと冷たい汗が流れ落ちるのを感じながら、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
 こわごわさっきの女性客を横目で盗み見ると、対外的に見せるには問題がありそうなほどに酷く歪んだ顔をして、俺を見上げていた。
 その視線は、明らかに俺が成澤くんに不釣り合いだと言いたいのだろう。
 彼女達は二人で顔を見合わせると、「あれ、澤清順の恋人?」と怪訝そうに呟きあっている。
 ── いや、そんな。俺は、そうじゃない。そんなのある訳ない。
「あ~~~~、早く彼女欲しいなぁ!!!」
 俺は、店内に響き渡る大声でそう言った。
 成澤くんは、驚いた顔で俺を見る。
「どうしたんですか、篠田さん。突然」
「いや、思いの丈が、つい出ちゃって・・・」
「あなたが彼女欲しいことは、僕が一番知ってますよ」
「うん、だから相談にのってもらうんだよな」
 俺らが態とらしい会話をしているうちに、客は俺達の関係を理解したのか、元の会話に戻っていく。
 例の女性客も、「そうよね~」と頷きあっていた。
 ── 本当に、恰好悪いのって、ここまでくると犯罪に近いんだな。
 俺は内心、長い長い溜息をついた。
 そうしてようやく席に案内される。
 店の奥に、隣のテーブルを離してわざわざ作ったような席だった。
 隣の女性四人組は、いきなりテーブルの面積が半分になって不機嫌そうだったが、成澤くんが席に着く時に、「すみません。迷惑をかけてしまったみたいで」と胸に手を当てそう断ると、途端に彼女達は「いいんです、いいんです、気にしないでください」「私達、仲良しだから、全然大丈夫」と口々にそう言った。
 俺は正直、ぽかんとする。
 眉を八の字にして、甘えるような目の表情を見せる成澤くんは、鈴木さんに「勝手に行けば」と冷たく言い放った彼ととても同一人物には思えない。一体、どっちが本当の彼なんだ???
 席に着くと、店員がオーダーを尋ねてくる。
「僕は、グレンフィデックのストレートにビール。篠田さんは?」
「えっ・・・あ、彼と同じの」
「畏まりました」
 店員が去っていくと、俺は俯き加減のまま成澤くんを見た。
「スコッチのストレートにチェイサーがビールだなんて、ホント大人の飲み方だな・・・。君、本当に26か?」
「ガキだからチェイサーにビールなんて頼むんですよ。本当の大人なら、素直に水を頼んでます。それより、僕と同じものなんて頼んでいいんですか?」
「え?」
「だって篠田さん、お酒弱いって自分で言ってなかった?」
 俺は思わず口を噤んだ。
 ── 自分でも分かってる。また『やせ我慢』したってことは。少しは恰好つけたいって思っちゃったんだ。
 俺が唇を噛みしめていると、成澤くんが溜息をついた。
「そんな悲しい顔をしないでください。責めてる訳じゃないです」
「成澤くんが俺を責めてるだなんて、思ってないよ。ただなんていうか、全てにおいて劣ってる自分が悔しいんだ」
「・・・全てにおいて劣ってる? 篠田さんがですか?」
 成澤くんの声が棘立った。俺はドキリとして顔を上げる。
 明らかに怒った顔の成澤くんがいた。
「なぜそう思うんです? 自分が劣っていると」
「だって、そうじゃないか。俺は鈴木さんみたいに女の子とうまく話せないし、渡海さんみたく上手にエスコートもできない。君みたいに人の目を釘付けにすることもない。さっきだって、この店に入った時、皆が君と俺を見比べたよ。成澤くんみたいな人の連れが、なんで俺みたいな冴えない男なんだって顔してた。それは、曲げようのない事実だろ?」
「それは、篠田さんの目がそう見ようとしてるだけです」
「いいや、いいや。成澤くんの方こそ気づいてないんだ。さっきの皆の視線。あんな視線、君は受けたことがないから、分からないんだ。君は生まれた時からきっとずっと、好意的な視線に囲まれてきているんだろう。だから、劣っている人間がどういう気持ちでいるか、きっと理解できないんだ」
 俺がそう一気に捲し立てて成澤くんを見ると、今度は成澤くんが、酷く悲しげな顔をしていた。
 俺はドキリとする。
 彼にそんな顔をさせちまうなんて・・・。
 俺は酷い罪悪感を感じた。
「あ・・・、ごめん。そもそも無理なお願いをしているのは俺の方なのに、こんなこと言って・・・」
 成澤くんは、長い溜息をついた。本当に本当に長い溜息だった。
 恋愛講座1日目にして、愛想尽かされちまったのかも。でも、それも当然だ。こんなダメダメな生徒じゃぁ・・・。
 ふいに、成澤くんが両手で俺の右手を握る。
「── 一体、何があったんですか、篠田さん」
「え・・・、何かって・・・」
「あなたのコンプレックスは、一体どこから発生したのかと訊いているんです。中学ですか、それとも高校の頃? 女性と、何かあったんでしょう?」
 俺は内心、ギクリとした。
 何だって成澤くんは、全て見透かしているのだろう。
 俺は、成澤くんを見つめたっきり、何も言えなかった。── 口が動かない、どうしても。
 その時、スコッチが運ばれてくる。
 成澤くんは、また溜息をついて、俺から手を離した。
「・・・分かりました。今は言えない、ということにしておきましょう」
 成澤くんは、店員が席を離れる前にグレンフィデックを一気に煽った。そしてすぐに同じものを注文する。
 そうして向きなおった成澤くんは、凄くギラついた怖い目をしていた。
「僕が、絶対に篠田さんを恰好よくしてみせます。あなたが『劣っている』なんてほんの1ミリも思えなくなるくらい、寸分違わぬ男前にしてみせます。絶対に」
 その目線は、ドSなんてもんじゃない。
 はっきりいって俺には、地獄の閻魔様のように見えた。

 

all need is love act.09 end.

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編集後記

本日は早めの更新になりました。
理由は、本日、国沢、こういう時期にあれなんですが、

及川さんのベイベーになりに、 旅に出ます。

近頃は、トンペンネタでブイブイ言ってる国沢ですが、化けの皮をはがすと、中から『及川さんのベイベー』という本性が現れます。

はからずも、本日のライブが及川さんにとっても今年のツアー、初日となってしまいました。
それだけに、ベイベー歴十年を超える国沢も、身が引き締まる思いです。
こういう時こそ、会場全体で素晴らしいライブを及川さんとともに創りあげたい所存です。
頑張ってきます!!!

[国沢]

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