act.12
第五章 いいです、温泉。いりません。
<side-SHINO>
ううう、筋肉痛が2日経ってもとれないとは・・・。
いや、それどころか、きつくなってきてないか? これって、年のせいなのかなぁ・・・。
俺は脇腹を擦りながら、会社の階段を上がった。
先週まではエレベーターを使っていたけど、あのドS王子・千春から「日頃から、ながら運動をするようにしてください」と命令されているから、本日より3階まで階段を利用することに決めた。むろん、駅でも階段だ。
恋愛講座をお願いしたのは自分の方だったが、千春の方が満喫してるよな。絶対。
土曜日に初めてジムなるものに入会したが、トレーナーにこってりしぼられる俺を見て、千春、爆笑してた。さすがドS王子だよ、ちくしょー。
しかも彼は、俺が悲鳴をあげている動きと同じことを隣でしても、実にクールな感じで叫び声ひとつあけず軽々とメニューをこなしてた。
そして益々滅入ることに、そんな千春の姿をフロア中の女子が熱い視線で見ていたことだ。
ちょっと待て! 千春は、男しか好きになんねぇんだぞ!!って何度喉から飛び出そうになったことか。
ダンベルを肩のラインまであげる時に浮かび上がる二の腕内側の筋肉がサイコーっだなんて、休憩室で遭遇したオバさま方までそんなこと言ってた。
・・・どこまでマニアな見方なんだよ。『二の腕内側の筋肉』って。
俺はと言えば、激しく汗だくで一回目のセットでもうボロボロだったから、そのオバさま達からやや疎ましそうな目で見られた。
彼女達の視線は、Tシャツごしに見える俺の二の腕に向かっていたから、多分千春のほっそり二の腕と見比べていたんだろう。
ああ、どうせ俺の二の腕は太いですよ!
特に元々利き腕の左は、バレーボールやってた時代から酷使してきただけに、特に太いし、右腕より少し長い。
ほっそりスレンダーな千春と比べると、他にも太ももとか胸とか、太いんだ、俺。
今は濃い系が好かれてない時代だそうだから、千春みたいな体型が理想なんだろう。
現に、千春が例え自分達を恋愛対象にしないと分かっていても、女子達は千春を熱っぽい目で見つめてるし。
やっぱり、なんだかんだ言って、容姿って凄く大切なんだよな。
俺は今まで自分の外見には無頓着で、安売り店で店員に言われるがままに服を買ってきたから、世間で何がカッコよくて何が自分に似合うのかなんて、まるっきり分からない。
まぁ、千春が俺を「絶対に男前にしてみせる」って宣言をしてくれたのですっかりその言葉に甘えようとしているが、金銭面ではそうもいかないから、ジムへの入会も貯金を崩して入るようにした。
なにせセレブ御用達のジムらしく、目が飛び出るぐらい高かったので、俺は一ヶ月間の期限付きという特別条件で入れてもらえることになったのだ。
いやぁ・・・。俺みたいなごく普通の、何の取り柄もない男が男前になるには、それ相当の金がかかる・・・。
席に着くなり、課長に呼ばれた。
俺が課長の席まで行くと、課長は席から立ち上がって俺の肩を叩いた。
「おめでとう、主任」
「は?」
「そんなアホづらすんな。お前の企画が通ったんだよ、今年の年末商戦」
「本当ですか?!」
俺は思わず大きな声をあげてしまった。課長がオーバーに耳を塞ぐ仕草をする。
「こんなことで嘘つく訳ないだろ。今年は、お前が推した『薫風』でいくと社長が決定した。今日からお前、日本酒課年末商戦企画推進主任、な」
顔を緩ませた俺に、課長の隣の席の田中さんが「うわぁ、篠田さん、おめでとうございます」と声をかけてくれる。
田中さんは、俺が苦労して『薫風』の製造元である柿谷酒造を口説き落とした過程を知ってるから、そう言ってくれたんだ。
俺は振り返って、川島を見る。
「おい川島! 薫風でいくって!」
川島は立ち上がり苦笑いを浮かべると、「言わなくても、全部聞こえてるよ」と言った。
俺は思わず川島のもとに行くと、がばっと川島を抱き寄せて、バンバンと肩を叩いた。
「痛いって! その体育会系の喜びの表し方、やめれ!」
川島が悲鳴をあげるのを、課のみんなが全員笑っていた。
そんなに嫌なのかよ。
これは最大級の喜びの表し方だろぉ?!
川島も、幾度か俺につき合って栃木の山の中まで行ってくれたから、その二人で頑張って商談に結びつけた『薫風』が選ばれたことが、純粋に嬉しかったんだよ、俺は!
「課長、これから柿谷酒造に行ってきてもいいですか?」
「今からかよ?」
「ええ。川島と一緒に」
俺がそう言うと、俺の腕から逃れようと必死になっていた川島が、「え?! 俺も?!」と素っ頓狂な声を上げた。
「だって、一緒に直接報告、行きたいだろ?」
「まぁ、そうだけど・・・」
「何だよ、お前。今日忙しいの?」
「別に忙しかねぇけどさ」
「嘘でも忙しいって言え」
課長が川島の頭を企画書の束で叩いた。続いて俺も叩かれる。
「男同士の抱擁はもういい。直接報告に行きたいっていうならしょうがねぇな。後で出張費ちゃんと計上しとけ。配送部に車調整してもらえよ」
「分かりました!」
俺は、今年の年末商戦の企画書ファイルとノートパソコンをカバンに突っ込んだ。
「ほら! 川島、行くぞ!!」
俺が川島の椅子を蹴ると、川島は渋々といった感じで重い腰を上げた。
「何でそんな不機嫌なんだよ」
東北自動車道の那須塩原方面に車を向けつつ、俺が助手席の川島に声をかけると、しばらく川島は答えなかった。
ちらりと横目で見ると、川島は口を尖らせてる。
「 ── だから、何なんだよ」
俺がもう一度訊くと、川島はダッシュボードの上に足をのせて言った。
「今夜、美樹ちゃんとデートの約束してたんだよ」
「え? そうなの?! そうならそうと、言えよ!」
「課長の前で言える訳ないだろ?! 夜にデートがあるから、出張できませんなんて」
── ま、確かにそうだよな。
いやぁ、そりゃ悪かったなぁ・・・。
俺は本気でそう思ったので、「悪かった。すまん。なるだけ早く帰れるようにする」と言ったが、川島はすっかりふてくされて、
「そんな訳ないじゃん。お前、柿谷のご主人に無駄に気に入られてるから、またどうせ泊まってけって言われるぞ。今日中に帰ってくるのなんて無理だって」
とぼやいた。俺に背を向けて、背中を丸くしている。
俺はちらちらと川島を見ながら、左手の人差し指で川島の背中をツンツンと押した。
「川島ぁ~、機嫌直せよ~。埋め合わせはするからさぁ~、おい、川島ぁ~」
しばらくそれを続けていると、とうとう川島は根負けして、「やめろ! うっとおしい!」と笑いながら叫んだ。
「ったく、お前はいつも強引なんだよ。今日の昼飯、奢れ」
「分かった。奢る奢る」
よかった。
とりあえず、川島の機嫌は直ったみたいだ。
栃木県・塩の湯温泉郷の奥にある柿谷酒造は、1852年創業の古い酒蔵だ。来年で160周年を迎えるという小さいながらも歴史の深いところで、酒の弱い俺が一口飲んで「美味い」と心の底から初めて思った本醸造酒『薫流』を製造していた。
俺がこの酒蔵と出会ったきっかけは、仙台出張のおりに仲良くしてくださってる仙台の青木酒造の杜氏・鬼頭さんが、飲ませてくれたとっておきの酒が、他でもない『薫流』だった。
「酒蔵の杜氏が惚れる本物の日本酒」と鬼頭さんが絶賛した酒は、杜氏でなくとも素晴らしいと思える酒で、俺が柿谷酒造へ行くことを鬼頭さんから口添えしてほしいとすぐに頼み込んだほどだった。
鬼頭さんは、最初難色を見せていた。
なんでも柿谷酒造はとても小さな酒蔵で、量産しているような酒蔵ではないから、地元でしか流通してない。東京の卸業者が行ってもまず相手にされないだろうし、柿谷のご主人はなかなかの頑固者だから門前払いを食らった者は何人もいると俺のことを本気で心配してくれた。
でも俺としては、日本酒を扱う仕事を始めてから、初めて「これは凄い」って思った品だったし、少ない量でもいいから、東京の人にもこの味を知ってほしいと思ったんだ。
なんとか鬼頭さんにお願いをして紹介の電話をかけてもらったが、やはり一回目訪問した結果は『門前払い』だった。
それから柿谷さんと直接会えるようになるまで、およそ一年の歳月がかかった。
最初は行く度にお約束の門前払いの刑だったが、俺のことを気の毒に思った奥さんが、次第に事務所まで入れてくれるようになって、お茶をごちそうしてくれるようになった。その間、相変わらずご主人の柿谷さんは全く会ってはくれなかったが、ある時偶然柿谷酒造の杜氏・広山さんのお母さんを助けたことがきっかけになって、柿谷さんと会えるようになった。
広山さんのお母さんは84歳と高齢で、俺が柿谷酒造から帰る際に道路で踞っているのを発見して、麓の救急病院まで運んだ。軽度の心臓発作だったらしく、俺がそこを通りかかったのが本当にタイミングよかったんだ。後から聞いた話では、山間部は救急車が来るまでに時間がかかるそうで、それが原因で助からない人も多いとのことだった。
広山のおばあちゃんからも広山さんからも随分お礼を言われたけど、困った人を助けることって、人として当然のことだろ? 道ばたでおばあちゃんが苦しんでるのに、放っておくなんて誰ができるんだよ。だから、そんなに褒められることなんかじゃないって、俺は思った。
だから当時、ご家族が来るまではと付き添っていた病院で広山さんと会い、彼が他でもない柿谷酒造の杜氏さんだと知った時も、俺はそれを交渉に利用するつもりはなかった。
なんだか弱みにつけこむみたいだったし、それを狙って広山のおばあちゃんを助けたつもりはなかったからだ。
その後も幾度か柿谷酒造に通うついでにおばあちゃんの転院した病院までお見舞いに行っていたが、俺が何の仕事をしているかはずっと黙っていた。
だけど、バレるものはバレるんだよな。
KAJIMIYAのロゴの入った社用車でいつも見舞いに行っていたので、そこからどうもバレたようだ。
結局その話が柿谷さんの耳まで届いて、ある日突然、俺は柿谷酒造の事務所から蔵の中に呼ばれたのだった。
「大概の営業マンは、毎回高価な菓子折りを持ってきたり、ブランド品をうちのものに買ってきてみたり、見習い職人の下仕事を無理矢理手伝おうとしたり、果ては土下座までするような奴らばっかりだった。だけど、菓子折りひとつ持ってこず、ただただ『話を聞いてくれ』と事務所に通ってきて、あげくうちの女房のボヤきの聞き相手になっているような営業マンは、お前だけだったな」
柿谷さんと顔を合わせた時、開口一番そう言われた。いかにも頑固者といった風情で、しかめっ面の柿谷さんだったが、その後一言「広山んところのばぁさんを助けてくれて、ありがとう」と小さく呟いた時、なんか俺の胸は熱くなった。この人とは、一生つき合って行きたいと思ったんだ。
その後も、俺はことあるごとに柿谷酒造に通った。
俺の(童貞以外の)人生相談を柿谷さんにすることも多く、妹の再婚についてまず相談したのも柿谷さんだった。
今では、まるで家族のように俺を迎えてくれる。
柿谷酒造は相変わらず小さな蔵元だったが、加寿宮との取引が始まって、少しずつだが生産数が伸びてきた。
一時期は、日本酒離れのあおりを食らって人を雇い入れる体力すらなくなっていたようだが、現時点までで3人の雇い入れを行えるようになった。
売上数でいうと、他の大規模な酒造会社を扱う先輩達とは雲泥の差だったが、俺は柿谷酒造の酒を地元以外に紹介できたことが嬉しかったし、何より社長に初めて褒められたことが嬉しかった。
だから今年、柿谷酒造が30年ぶりの新作として生み出した『薫風』に何としてもスポットライトを当てたかったのだ。
『薫風』は、発泡性の日本酒だった。
主力商品の薫流と比べると、ずっと軽い口当たりで、まるでシャンパンのような甘くてもすっきりとした飲み口に仕上がっている一本だった。
薫風が出来上がるまで、柿谷酒造の中でも、それはそれは内部でもかなり悩んだり揉めたりした。
まだ若い蔵元ならともかく、古くからの伝統的な手法を守る蔵元で、現代向けの(特に女性をターゲットとした)テイストの酒を製造すること自体、かなり危険なことだった。それは邪道だと、常連客や同業の酒蔵から批判が出る可能性が多いにあったからだ。
だが俺は、どっしりした甘口の薫流を作る柿谷だからこそ作れる発泡性の日本酒があるはずだと、柿谷さんの後押しをした。
だからこそ、柿谷さんが承知の上で抱えたリスクを、ちょっとでも少なくしたいと思ったんだ。
年末商戦に薫風がうまいことのって、消費者の評価が高まれば、この思い切ったチャレンジが間違っていなかったとの証明になる。
だから、売り方も気をつけて、丁寧に売って行きたい ── そういう思いで書いた企画書だった。
その企画書が通ったんだから、やっぱりこれは直接顔を見て、報告したいじゃないか。
機嫌を直したとは言っても、ずっとぼやいている川島を助手席に従えて、俺は柿谷酒造までの道を急いだ。
all need is love act.12 end.
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編集後記
一週間ぶりのご無沙汰です。今日のオルラブはいかがだったでしょうか?
篠田くん、友達同士だと結構スキンシップ過多な傾向ありということが判明した今回でしたね。なにせ、体育会系だからなぁ・・・。
基本、柴犬キャラ(笑)なんで、人見知りだけど人懐っこいんです(笑)。
さて、今回、二の腕のお話が出てきましたが、殿方の腕って、結構見るポイントですよね。国沢はそうです(笑)。
近頃はブログの方でさんざんユノヒョンの身体の厚みが好きだと豪語している国沢ですが。腕の形の好みで言えば。実はチャミ氏の方が好みだったりする。バランスが美しいです。特に二の腕内側の筋肉がね!(笑笑笑)。ま、ようは国沢、ジムで篠田くんを眺めてたオバ樣方と同類ってことですわ。ブログでの加熱ぶりを見ていただければ、どんだけ妄想生活に彼らが燃料を注いでくれているか、分かりますな。ではまた来週。
[国沢]
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