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nothing to lose title

act.31

<side-SHINO>

 部屋の中には、ベッドが二つあった。
 ようするに、ツインの部屋だった。
  ── これって・・・・
 俺が葵さんを見ると、葵さんはまた菩薩様のような微笑みを浮かべ、「シノくん、はなからセックスするつもり、なかったんでしょ、今日」と言った。
「実は私も、そんなつもり全然なかったのよ。じゃなきゃ、こんなお色気感ゼロの服なんて着てこないもの」
 彼女はそう言って、肩を竦めた。
 俺は、ああ、と思った。
 だからなのか。
 俺が葵さんに性的なものを感じなかったのは、葵さんがそういう風に見えるように、わざとそういう装いをしていたからだと思った。
「言っとくけど今日、化粧もしてないんだからね、私」
「え? すっぴんなんですか?!」
「そうよ? 見てわからない?」
「わかりません」
 俺達は顔を見合わせると、同時に爆笑した。
 そのまま笑いながら、リビングに戻る。
 二人並んでソファーに座ると、葵さんはローテーブルの上に置いてあったメニューを手に取った。
「ね、ルームサービス頼んじゃおうよ。今日は成澤くんから軍資金ぶんどってきてるから、おいしいの、どんどん食べちゃおう」
 俺は、メニューに見入る葵さんを見つめた。
 やがて葵さんが視線に気がついて、俺を見る。
 俺は訊いた。
「はなからその気がなかったのに、今日来てくれたのは、なぜですか?」
 葵さんはメニューを膝に置くと、
「成澤くんの申し出を受けたのは、彼を傷つけたくなかったから。シノくんをホテルに連れてきたのは、外野に邪魔されず、あなたとゆっくり話したかったから」
 と言った。
「俺と?」
 俺が聞き返すと、葵さんは頷いた。
「正直、あの成澤千春をここまで翻弄している男がどんなヤツか、知りたいって気持ちもあったしね」
「お、俺、千春を翻弄してるんですか?」
「してるわよぉ! わからない?」
「わかりません」
「潔よ過ぎる返事で、逆に気持ちいいわ」
 あ、ちょっと俺、呆れられた(汗)。
 だって俺、まさかそんなに千春を振り回してるだなんて思ってなかったから・・・。
 葵さんが、俺の方に身体を向ける。
 葵さん、ちょっとマジな顔だ。
 俺も姿勢を正した。
 葵さんが俺の両手を握る。
「成澤くんはね、本当はとても脆い子なの。もちろん凄くしっかりしてんるんだけど、好きでそんな風になった訳じゃない。彼は、子どもでいる事を許されなかった環境で育ってきた。だから、自分が傷ついてても、それをなかったことにしてしまう。 ── そういうの、辛いでしょ?」
 俺は、なんて答えていいかわからなくって、唇を噛み締めた。
 葵さんが、苦笑いする。
「あなたと成澤くんは、とてもよく似てるわ。成澤くんは、あなたの事を『人の前じゃ、決して弱音を吐かない人』って言ってたけど、成澤くんもそう。・・・でも彼の場合は、弱音を『吐かない』じゃなくて、『吐けない』のかも。その方法がわからないのね、きっと」
 俺は、千春の顔を思い浮かべた。
 いつだって千春は、弱々しい台詞なんてこれっぽっちも言った事はないけど、時折見せる頼りなげな表情は、つまり千春の『脆さ』だったんだろうか。
「成澤くんは、あなたのことをとても大切に思ってる。あなたに出会ってから、あなたのことだけを考えてるわ、いつも。彼がそんな風になったのは、彼が17歳の頃、大学の先生と付き合った時以来」
「大学の先生と?」
「そう。彼は今でも、その時の恋愛で負った傷を引きずってる。最後に裏切られた形で別れたからね」
 俺は、葵さんからその時の経緯を聞いた。
 千春が初めて人を信頼して、好きになって、すべてを捧げたのに、相手の人は上司の娘と結婚して、海外に旅立ってしまっただなんて。
 その時の千春の悲しみたるや、如何ばかりかと思う。
「でもね、成澤くんは、泣かなかった。そんな仕打ちをされても、彼は泣かなかったのよ」
 俺は、ハッとして葵さんを見つめた。
「なぜですか?」
「泣き方がわからないんだって」
 俺は、息をとめた。
  ── 泣き方が、わからない、だって?
 俺は顔を顰めた。
 それは、なんだかとてもショックな一言だったから。
 大体、子どもだって泣き方ぐらいわかってるぞ。
 それってつまり、悲しい事や苦しい事を吐き出すことができないってことなのか?
  ── そんなの・・・。どうしてそんな風になってしまったんだ・・・。
 俺は視線を左右に泳がせた。
 葵さんが、ちょっと困った顔をして、俺の目尻を親指で擦る。
「フフフ。シノくんが代わりに泣いてあげてる」
 俺は慌てて、ジャケットの袖で両目を擦った。
「だって、泣き方がわからないなんて・・・そんな・・・」
「だからきっと、今でもあの時の気持ちを消化できずにいるんだろうね。心の奥底に蓋をして、本心を誰にも見せなくなった。感情を押し殺して、サイボーグのようになってしまった。そうして作られた心の鎧は、彼自身どうしていいかわからないくらい、分厚くなっちゃったの。でも、あなたが現れてから、彼は変わった」
 俺は再び葵さんを見た。
 葵さんが、俺の頬を撫でる。
「あなたは、成澤くんの救世主よ。あなたが、あの子の鎧を壊そうとしている。だって、あなたと知り合ってからの彼は、まるで子どもみたいなんだもの。あなたの行動や反応に一喜一憂して、私の前で机につっぷして。これまでの成澤千春なら、絶対に他人には見せてなかった姿。あなたは、特別なの、彼に取って」
  ── 俺が・・・千春に取って特別な存在?
 思いも寄らなかった言葉だった。
 俺が、千春に取って特別だなんて。
 何だか、顔がカッカする・・・。急に心臓がバクバクしてきた。
「まったく、本当は他の誰にもシノくんに触れさせたくないって思ってるくせに、この私に『シノくんと寝てくれ』って、あいつ世界一のバカだと思うんだけど」
「他の誰にも触れさせたくないって・・・、それって・・・」
「本当なら、自分がシノくんの最初の相手になりたいって思ってるんじゃないの? でもほら、あなた、女の子が好きな人だから」
 俺はそれを聞いて、口を噤んだ。
 なんと言っていいか、本当にわからなくて。
「こればっかりは本能的なものだから、ダメな人はダメだし。無理強いさせられるものでもないしね」
「でも、千春はなんで、男の人を・・・、なんですか?」
「彼の場合は、生まれた時からそうなのよ。好みの問題じゃなくて、『自然に』そうなの。彼はそれを『標準装備』って言ってたけど。なかなかうまい事言うわよね。さすが、売れっ子作家」
 葵さんは、ハハハと笑う。
「あ、そうそう。今日の記念に、これ、プレゼント」
 葵さんは、インドテイストな肩掛けカバンから雑誌を取り出した。
「女性誌だからさ、それ。シノくんには買いづらいと思って」
 表紙に写っていたのは、千春だった。
 モノクロで、白いシャツを着た千春の写真。
 ちょっと切なげな、ここ最近俺がよく見る、千春の表情。
「何ページも特集されてるから。ここ最近では、凄く扱いが大きいわ。しかも、ヌード写真なんてね」
「ヌード?!」
 俺は思わず叫んでしまった。
「ああ、大丈夫。きわどいところは、ちゃんと見えないようにカットされてる・・・」
 葵さんが何か言っていたが、ろくすっぽ耳に入らず、俺は物凄い勢いでページを捲った。
 すべてモノクロの写真だった。
 白いシャツを着た写真が数枚続いた後、上半身裸の千春が、身体を正面に向けて立っている写真が出てきた。
 視線は斜め下を向いていているが、千春の信じられないくらいに綺麗な身体が、真正面から捉えられていた。
 腰のギリギリの位置で写真はカットされているが、明らかに下着まで脱いでるのがわかった。
 次の写真は、背中を撮影したもの。
 横顔から、首、背中、腰と流れるような筋肉のラインが照明に優しく浮き上がっている。
 文字が一切載ってない、写真だけ淡々と掲載された誌面。
 女性誌というより、まるで上質の写真集のようだ。
 他にも胎児のように身体を丸めている写真や、ぼんやりと膝を抱えて座っている写真もあって、千春の全身のラインがはっきりとわかる写真も数多くあった。
 男の身体なんて、日頃自分ので見飽きるほど見てるのに、千春のこの写真は・・・。    
 なんて・・・なんて美しい身体。
 それなのに、表情はどこか頼りなげで、苦しげで。
「このラストの写真なんて、最高に切なくて、でも最高にセクシーよね」
 葵さんが、写真を指差して、そう言う。
 乱れた前髪の向こうから、泣きそうな瞳でこちらを見ている千春。ちょっと上向きの顎、半開きの口。伸びやかな首筋。
 それは上半身だけのバストカットで、特にセクシーなポーズをとっている訳でも何でもなかったけど。
  ── シノさん・・・
 ふいに耳元で千春にそう囁かれたような気がして。
 俺はガバッと立ち上がると、慌ててベッドルームに駆け込んで、ドアを閉めた。
 はぁ、はぁと肩で息をする。
 心臓のドキドキが、あそこでもドキドキし始めて。
 俺・・・・、俺・・・・。
 どうしよう、千春。
 ホント、どうしよう・・・。

 

all need is love act.31 end.

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編集後記

ということで。
ものの見事に、葵さんがシノくんに「魔法」をかけてくれました。

よっ!ねぇさん!!

いい仕事してくれます。すっぴんだけど(笑)。
「特別な存在」発言とヌード写真効果も相まって、ようやくシノくん、気づいたか。
『空気わからない男子』には、これぐらい直接的に訴えないと伝わらないのだと思います(笑)。
外堀、やっと埋まったな。
長かったですね、ここまで・・・。ねぇ、皆さん!(書いているお前が言うなって?)

一方、千春はと言えば、葵さんが魔法をかけてくれたことも知るはずなく、きっと自宅で悶々としているんでしょうな。容易に目に浮かびます。
千春、しばし待て! 今、目覚めたシノくんがダッシュで帰ります(のはず)。

さて、本日のお手本写真ですが。
やっぱ、ヌード写真でしょう!!!といきたいところですが。
イメージに合う茶様のヌード写真など当然なく。
(セミヌード写真はあるけど、洋服着替えてるところだもんね)
ということで、表情だけでも近い感じの写真をご紹介。

 



いやぁ、おキレイですなぁ!!
なで肩なのもなんか、かわいい。
こんな表情されて、おねだりを囁かれた日にゃ、ひとたまりもないですな。

ちなみにこの写真、日本で発売されたリパケアルバムについてた写真で、実のところ、この隣にはユノヒョンが膝をくっつけて座ってます。そのユノもなかなかかわいいのですが、この茶様の表情には完全にやられました(笑)。

さぁ、次週は、千春がどこまでシノくんを攻略できるかがミソです。
頑張れ!千春!!!

ではまた来週!

[国沢]

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