act.06
第三章 史上最強の『空気読めない男』
<side-SHINO>
澤君・・・いや成澤君には、人類総ホモ化現象のことについては、話さなかった。
だって、初っ端からバカなヤツと思われても困るし。
でも俺の中で生まれた仮説『人類総ホモ化現象』は、それ相当の破壊力を持って俺を翻弄していた。
だって、人類が全て等しくホモなんだぜ?
すげぇだろ、どう考えても。
そうなりゃどうやっても、恋愛の勝者はホモの恋愛に詳しいゲイの方々に相違ないだろう。
考えれば考えるほどその理論に行き着いて、身が凍る思いだった。
昨日、休憩時間の合間に成澤君の載った雑誌と睨めっこしてたら、川島に「心配しなくてもお前、どう転んでもそんなオットコマエにはなれねぇから」と背後から突っ込まれた。
── 分かってらい・・・そんなこと。
お前が悠長に笑ってられるのも今の内だぞ。なにせ現代の女性は皆頭の中が男なんだぞ。
お前の愛しい美樹ちゃんも、外見はあんなに可愛いのに中身は男なんだぞ。
そんなことを思いながら恨めしく川島を見ていたら、「お前根を詰めて仕事しすぎなんじゃねぇの。目が怖い」と怯えられた。
うるさい。
俺は、人類存亡の危機的状況を憂慮しているんだ。
何だか俺は大きな使命感を感じて、前進あるのみ!!と思いこんでしまった。
だからこそ、成澤君にあんなアクロバティックなお願いをしてみようという勇気が湧いてきたわけで。
元々、差し入れのお礼はきちんとするつもりでいたから、朝の内に総務の方で余っているビール券を安く譲ってもらったんだが、いいチャンスとなってくれた、と思った。
だって雑誌に載ってる人生の師匠にすべき人物が、あろうことかお隣に住んでた、なんてそんな小説みたいな出来事・・・ってか、俺、小説のモデルになってって言われちまった。
本当にいいのかなぁ、成澤君。
俺なんかホント、つまんない人間だよ。
そうでなかったら、彼女いない歴32年なんてなんないし。
せいぜいタイトルを付けるとしたら、『負けオオカミ・篠田の遠吠え』って感じだろうな。
女の場合は、三十路過ぎで独身の場合『負け犬』っていうらしいけど、俺は男だから『負けオオカミ』ってとこか。
そして今更ながらにあがいているその様は、まさしく遠吠えって感じで・・・・。
でも実際小説を書き出そうとしたら、あまりにつまらない人生なもんで、『特筆すべきことなし』だけで話が終わっちゃうと思うよ。マジで。
そしたら前代未聞の1ページのみの小説になっちまうよ。って、そもそも1ページだけで小説って出版できんの?
うわ~、成澤君の小説家人生に汚点を作っちゃうよ、俺。確実に。
でも、恋愛教室を開いてもらうためにはそれが成澤君の出した条件だから、俺には頷くことしかできなかった。
ま、それに成澤君だってプロの物書きなんだから、ものにならないと思ったらきっとあきらめるだろう。
俺は上着とカバンを持って席から立つと、部長に「外回り行ってきます」と声をかけた。
<side-CHIHARU>
「どうしたの? 今日、いやに機嫌がよかったじゃない」
例の如く取材先から帰る道中、車の後部座席で岡崎さんはそう声をかけてきた。
「え? そう見えますか?」
僕は特に意識してなかったから、そう指摘されるのは意外だった。
「そうよ。インタビュアーの女性記者、完全に目がハートマークだったわよ。澤くんが滅多に見せない無邪気な笑顔を連発するから。それに、スタイリストやカメラマン助手もおよそ『女の子』と呼ばれる生物はみんな一様に『かわい~』って黄色い声あげてた。昨日は取材をセーブしろなんて言ってたから心配してたけど、考え方を変えてくれてよかったわ」
── 僕は別に考え方を変えた訳ではなかったが。
ただ岡崎さんは嬉しそうにしているし、僕の中で決定した新たな『事業』を詮索してもらいたくなかったので、これはこれでそのまま放置することにした。
これでまた取材拒否するとかって言うと、「一体どうしたんだ」と私生活を根掘り葉掘り荒らされそうな気がするから。
車が信号で止まる。
僕は窓の外に目をやった。小売店が並ぶ界隈だ。
ふとそこに『加寿宮』の文字が入った小型トラックが目に止まった。
確か篠田さんの勤める会社だ。
夕べ篠田さんが出してきた名刺にそう印刷されていた。
トラックの運転手とおぼしき若い男が、酒屋の店先から出てくる。彼は、『KAJIMIYA』と印刷されたウィンドブレーカーを羽織り、下は紺色のコットンパンツだった。どうやら彼は配送係の子らしい。彼は、荷台の中の酒のケースを見つめて、「シノさん! これも運びますか?!」と叫んだ。
── シノさん・・・篠田さん?!
まさかと思って僕が目をこらすと、店の中から「おー!」と聞き覚えのある声が聞こえてきた。
その時、信号が変わる。また車が動き始めた。
「ちょっ、ちょっとここで降ろしてもらえますか」
思わず僕は、声を荒げてそう叫んだ。
流石に岡崎さんも驚いた顔をして僕を見た。
「突然どうしたの?」
「いいから。ちょっと寄りたいところを思い出したんです。今日すべきことは、もう終わりでしょ?」
「そうだけど・・・。でも、こんなところで? どこに寄っていくの?」
── ええい、面倒だ。
僕は岡崎さんを仇っぽく見つめると、「男のところですよ。決まってるでしょう?」と言った。
岡崎さんは降参したように両手を挙げると、「ほどほどにしなさいよ」と言って車を停めた。
僕は車を降りて、先ほどのトラックが見えるところまで戻った。
よかった。トラックは、まだ道路の向かいに停まっている。
丁度篠田さんが、店から出てきたところだった。
そろそろ肌寒くなってくる時期だったが上着は着ていなくて、腕まくりをしていた。
篠田さんは配送係の子と笑顔で話しながら、瓶ビールのケースを2つ重ねて一気に持ち上げた。腕に男らしい筋肉の筋が浮かび上がる。如何にも実益でついたきれいな筋肉だ。きっと、こういうことをよくしているのだろう。
暫くすると、年配のオジサンと三人で店先に出てきた。年配の人は、どうやら店の人らしい。
配送係の子は軽く頭を下げて運転席に乗り込んだが、篠田さんは店の人と何やら笑顔で話し込んでいる。
何度もペコペコと頭を下げていたが、それが決して嫌みではなく、彼の人の良さが滲み出ていた。自然に出てくる笑顔も実に誠実そうで、店の人も篠田さんの肩を叩いた後、孫にするように腕を数回撫でた。
きっと篠田さんは、顧客から信頼を得ているという点では、いい営業マンなんだろう。
── やっぱり可愛いな、篠田さん。一生懸命な感じが、可愛い。僕や僕を取り巻く人間共には決してない魅力。
しかしどうしてそんな彼が、『モテない』んだろう。
こんな彼を野放しにしている女共の方が、頭がおかしいんじゃないだろうか。
もし篠田さんが僕と同じ嗜好なら、僕は迷わず彼をベッドに引きずり込んでる。
── う~ん、これは現状分析しなくては、どう改善していいかも分からないな。
僕は少し考えると、i-phoneで篠田さん宛にメールを打った。
どうも篠田さんは腰のポケットに携帯を入れているらしい。
店の人と話ながら、一瞬気にするように手を腰に当てた。
仕事中はバイブにしてるのかな。
何だか、このシチュエーションが艶っぽく感じて、僕は人知れずゴホンと咳払いする。その時すれ違った老婦人が、怪訝そうな目つきで僕をなめ回すように見た。
きっと、この古びた商店街に僕のような人間が不釣り合いに見えたからだろう。
僕は気を取り直して篠田さんに視線を戻すと、店の人と別れた篠田さんが、携帯を眺めていた。
文面はこう送ってある。
『今日の恋愛講座は中止しましょう』
思った通り、篠田さんが残念そうな・・・というより少し不安そうな表情を浮かべた。まるで飼い主に置いてけぼりにされた柴犬みたいだ。
きっと、恋愛講座自体断られたんじゃないかって、思ったんじゃないかな。
何だか、そんな表情をこうして盗み見るのもゾクゾクする。つくづく僕って、性格悪いよね。
僕は、見計らったように、二通目のメールを送った。
『有益な講義の為に、用意をしたいと思います。今日一日、準備のための時間をください』
篠田さんの表情が、パァッと明るくなった。
口角がクイッと上がる。
差し詰め、飼い主が迎えにきた瞬間の柴犬。
── フフフ、可愛い。ああ、和むなぁ。僕、生まれてきて今初めて、『和む』なんて単語使ったよ。
「シノさん! まだですかぁ!」
「おう! 今行く!!」
篠田さんは、運転席の同僚に声を掛けられ、助手席へと消えた。
僕は、人知れず篠田さんの乗ったトラックを見送った。
all need is love act.06 end.
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編集後記
皆さん、一週間のご無沙汰でございます。
昨日より、本当に大変なことになっていますね。ニュースを見るにつけ、胸が詰まります。
国沢が住んでいる地域も、いずれ近いうちに同じような災害に見舞われると予測されているので、他人事とは思えません。
9.11発生時にアメグレを更新をした時と同じような心地でいます。
ショック度合いは、あの時と同じぐらい・・・いや、それを超えますね。
現在行方が分からなくなっている方、一人でも多くの方が生きて発見されてほしいと切に祈っています。
ああ、原発のトラブルも早く無事収束してほしい。
全国の神様を総動員して、被災された方々を守ってもらいたいです。
出雲での集会を10月より前倒しして、集合場所も東北地方に変えてほしい。
・・・ああ、なんだかアホみたいなことばかっかり頭に浮かぶ・・・。
とにかく、被害がこれ以上大きくならないように、切に祈ります。
それから、これは私事ですが、先週猫の失踪を編集後記に書きましたが、一週間後にあたる水曜日に、無事自分で帰ってきました。
お騒がせいたしました。
身体はおろか、足の裏もほとんど汚れておらず、おさかなさんの言う通り、遠くに行っていなかった模様です。
ご心配をおかけいたしました。
[国沢]
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