irregular a.o.ロゴ

nothing to lose title

act.08

<side-SHINO>

 「篠田さんは、何を飲まれますか?」
 向かいの女の子にそう話しかけられ、「え!」と俺は思わず肩を竦ませた。
 こんなキレイな女の子見るの滅多にないことだから、ホント緊張する。
「えっと・・・、取りあえずビール・・・」
「ビールって?」
「はい?」
「どっちですか? 生? それとも、そうじゃないビール?」
「あ! 生、生でいいです。すみません」
 俺が恐縮すると、「いいえ」と言いながら笑顔を浮かべた。わぁ、感じのいい子だな。何かテレて、まともに顔見られない。
 俯くと、手の甲に汗がパタッと落ちてきた。
 俺は慌てて額の汗をスーツの袖口で拭う。
 どうしよう。どうにもこうにも、汗が止まらない・・・。
 そうこうしているうちに飲み物が運ばれてきた。
 皆、生ビールだ。ジョッキではなく、細身の背が高いグラスにビールが注がれている。
 泡とビールの割合は完璧だ。この店、さてはビールマイスターがいるな。
「では、乾杯しましょうか」
 俺の左隣の男の人がそう言った。成澤くんといやに親しげだった人だ。確か、渡海さんだっけ。
「かんぱ~い!」
 と皆でグラスを併せると、俺は一気にゴクゴクとビールを飲み干した。「あー」と息を吐きながら、完全に空になったグラスを降ろすと5人がグラスを持ったまま、じっと俺を見ていた。
 えっと。・・・俺、なんか悪いことした?
「喉が渇いていたもので・・・」
 俺がそう言うと、真ん中に座っていた女の子が、「そうでしょうね。分かります」と呟いた。
「篠田さん、おかわり、頼みましょうね」
 向かいの女の子がそう言ってくれて、その場の時間がまた元通りになった。
 俺は、人知れず「はぁ」と溜息をつく。
 合コンって本当に難しい。いつも女の子とのペースが掴めなくて、自分が何をしているか分からないまま時間が過ぎていくんだ。
 最初の料理が揃ったところで、名前を紹介しあった。
 俺は、メンバーの名前を一生懸命覚える。
 ええと、女の子の名前は、向かって左から真美ちゃん、由紀ちゃん、聡子ちゃん。で、男性陣は、渡海さんに鈴木くん。
 俺はまたも額の汗をスーツの袖口で急いで拭いつつ、隣の二人の男性に目をやった。
 どちらも、俺なんか足下にも及ばないくらい格好いい。
 渡海さんは如何にも大人の落ち着いた男って感じだし、その向こうの鈴木くんは溌剌としていて、着ている服も彼によく似合っている。特に鈴木くんは、女の子の扱いが慣れているのか、二人の女の子相手に巧みな話術を展開していて、女の子達はよく笑っていた。
 ── 何だか、俺の向かいの女の子に悪い気がする。彼女も貧乏くじ引いちゃったよな、こんな俺が向かいなんて。
 俺は、申し訳ないやら気恥ずかしいやら何を話していいやらで、猛然と目の前の料理を食べ続けた。美味いかマズイかすら、よく分からん・・・。
「篠田さんは、お仕事、何されてるんですか?」
 ふいに聡子ちゃんが話しかけてくれる。
「酒類卸の営業をしています」
「シュルイ?」
「あ、お酒です。お酒のこと」
 俺は懐から名刺を取り出した。
 聡子ちゃんが名刺を覗き込む。
 思わずハッとする。
 俺は、先日の成澤君の表情を思い出していた。そう、俺が名刺を出した時の。
 いけない、危うく轍を踏むところだった。
 俺は、慌てて名刺を引っ込める。聡子ちゃんは、パチパチと二回瞬きをした。
「じゃ篠田さん、お酒、お好きなんですね。だから、ビールも一気に」
「いやいやいや。俺、実はお酒弱いんです。日本酒を担当してるんですが、酒蔵で試飲とかしてると、酔っぱらっちゃってブッ倒れたり。いつも課長から、怒られてるんですよ。その課長というのが・・・」

<side-CHIHARU> 
 
 ── あ、ダメだ。篠田さん、合コンで上司のグチ話は御法度ですよ。それよりもっと、自分のことを話さなくては。
 僕は、イヤホンから漏れてくる篠田さんと聡子チャンの会話を聞きながら、右手で顔を覆った。
 どうやら僕の生徒は、恋愛のダメさ加減でいえば、かなり酷いようだ。
 合コンがスタートしてからこれまで、客観的に判定してしまうと、篠田さんの行動や態度はダメ出しだらけ。
 乾杯の前、女の子が何を飲むか訊かないばかりか、逆に確認される。乾杯後、他の参加者を置き去りにしての一気飲みの後、居心地が悪そうに溜息をつく。汗をスーツの袖で拭う。女の子に話しかけることなく、ひたすら黙々と料理を食べる。仕事の話を振られたら、専門用語のオンパレードで女の子が会話に混ざれない。オマケに、一度出してしまった名刺はそのまま渡すしかないのに、僕との会話を思い出したのか、慌ててそれを引っ込める。事情を知らない人だと、名刺に疚しい情報でものっかっているのかと思ってしまうじゃないか(事実、聡子ちゃんは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた)・・・。
 『合コンでやってはいけないルールブック』というものがあるとするなら、まるでその教習DVDを見ているような気分になった。
 確かにこれでは、合コンで意中の相手を獲得するのはよっぽど大変だ。
 なぜ、こうなってしまうのだろう・・・。昨日、町で偶然彼を見かけた時は、あんなに輝いていたのに。
 僕は、マジマジと篠田さんを観察した。 
 表情は相変わらずガチガチに固くて、頻繁に俯いてしまう。
 時折チラチラと他の男性陣の様子を見て、溜息をついている。
 ── はは~ん・・・。要するに篠田さんは、自分に自信ないんだ。恋愛対象が目の前にいる時に限って。
 だから必要以上に萎縮しているし、視線も完全に挙動不審者だ。
 もっと仕事の時のように堂々としていれば、彼の魅力も素直に伝わるだろうに・・・。
 けれどそれにしても、自信がなさ過ぎる。
 今まで女性と話したことがないだけで、そんなに自信をなくすだろうか。
「何かトラウマ、ありそうだな・・・」
 僕は頬杖をつきながら、呟いた。
「コーヒーのお代わり、持ってこようか?」
 ふいにそう話しかけられて、僕は顔を上げた。
 この店のオーナーシェフ・西森さんだ。今年還暦を迎えるそうだが、わりと僕とは波長があって、いつも親しく話しかけてくれる。
 今日はお願いして、小型マイクをテーブルの背面に仕掛けさせてもらっていた。
 僕は西森さんを見上げると、「グラッパをワンショットください」と言った。西森さんが目を見張る。
「いいのかい? 冷静に観察したいから、酒はいらないって言ってたのに」
「この状況、飲まなきゃ乗り越えられそうにないですよ」
 と僕が肩を竦めると、ハハハと西森さんが笑った。
「澤くんでも冗談、言うんだねぇ」
「冗談なら、いいんですけど」
 僕は溜息をつく。
 西森さんは階下を覗き込んだ。
「一番左端の彼? 君の観察相手」
 西森さんが篠田さんを視線で指して訊く。僕は頷いた。
「確かに、本人が言うように相当の恋愛下手っぽいです」
「う~ん・・・まぁ、そうかもしれないけれど。彼いいんじゃないの?」
「え?」
 僕は思わず西森さんを見上げた。
 西森さんは篠田さんに目をやったまま、先を続ける。
「うちの店にも合コン関係でいろんな男の子が来るけどさ。彼、結構いい方だと思うよ。その・・・姿形とかさ」
 西森さんが僕を見た。
「だって現に、あんなにネガティブオーラを出してる彼だけど、女性陣は満更でもないって感じだよ」
 僕は、再び下のテーブルを覗き込む。
 隣に西森さんがしゃがみ込んだ。
「ほら、彼を見てるの、向かいの女の子だけじゃないでしょ。こっちから見えにくいけど、他の2人もことある毎に彼を見てる。ただ、彼が鈍感で全くその視線に気づいてないけどね。女の子は本能的に鋭いから、いくらオシャレに着飾っても中身が伴わないとダメだってこと、分かってる。だから、鈴木くんみたいなタイプは、にぎやかしにはいいけど、頭のいい女の子なら興味は表面的だよね」
 ── なるほど、そうかもしれない。
「だから彼は、ダイヤの原石っていうのかな。顔も柴犬みたいで男らしいくせに可愛いし、背が高くて胸板も厚そうだ。あれだけ汗掻いて不潔そうに見えないのは奇跡じゃない? 磨けば光るよ、きっと。── それに、あの澤清順が興味を持って彼を手助けしようとしていること自体、彼の持ってるものは普通じゃないと僕は思うがね。だって、恋愛は抜きなんだろう?」
 僕は、西森さんを横目で見る。
「・・・・・確かに」
 オーナーはフフフと笑って、僕の頭をポンポンと叩く。
「そうやって口を尖らせてると、まるで子どもみたいで可愛いよ。澤くん、そんな顔もするんだな。よし、グラッパはオジサンが奢ってあげよう」
 そう言って、笑いながら西森さんは去っていく。
 え? 僕、そんな子供じみた顔してたかな?
 思わず口元を右手で被った。珍しく頬が熱くなる。 
 ── もう、何というか。篠田さんと知り合ってから、僕のペースは乱れまくりだ。
 僕はひとつ頭(かぶり)を振って、階下を見た。
 確かに、西森さんが言うように女の子達は時折、篠田さんに視線を注いでいる。しかも好意的な視線だ。
 それなのに篠田さんは、一向に気づく気配がない。
「要するにモテないんじゃなくて、モテてることに気づいてないっていうのが正解か・・・。どんだけ鈍感な人なんだ」
 ── 史上最強の『空気読めない男』なのかも、篠田さんって。
 僕は、運ばれてきたグラッパを一気に煽ったのだった。

 

all need is love act.08 end.

NEXT NOVEL MENU webclap

編集後記

篠田くんのぶきっちょさ全開の今回、いかがだったでしょうか。
先週からブログでは、国沢の「大東方神起祭」が始まっておりますが、そちらもお誘い合わせの上、お楽しみいただければと思います。
「オルラブ」の方は、篠田くんのできなさ加減に千春がほとほと困り果てておりますが、実際、合コンって難しいですよね。
国沢は、三回ぐらいしか行った事がないですが、国沢は激しく人見知りをする方なので、本当に疲れます(汗)。大体、人見知り過ぎて一歩引いてしまうか、沈黙に耐えられなくなって、オチつきの話をひたすら話しまくるという展開(脂汗)。国沢も、篠田くんのことを人ごとのように言えませんな。あまりに疲れるので、もう合コンは誘われても行かなくなりました(笑)。←だからいつまでたっても行かず後家なんだ。わはは。

[国沢]

小説等についての感想は、本編最後にあるWEB拍手ボタンからもどうぞ!

Copyright © 2002-2019 Syusei Kunisawa, All Rights Reserved.