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nothing to lose title

What' going on

 「おいおいおい、一体どうなっていやがるんだ」
 火を点ける前の煙草をポロリと落とし、クリス・カーターが言った言葉は、決まり切ったフレーズだった。
 けれど、彼がそう言ってしまうのは、仕方がないことで。
 リビングに入ってきた『恋人』に気が付いた彼は、オーバーな身振りで「おい、スコット、お前これ、知ってたか?」とテレビの画面を手で指した。
「え?」
 綺麗に畳まれたスポーツタオルを手に持って現れたスコットは、はたと足を止め、テレビに視線をやる。
 テレビ画面には、他でもないスコットの一人息子が映っていた。
 そもそも、スコットの一人息子は今や全世界で最も人気のあるロックバンドのメンバーなので、その彼がテレビに映ることはそう驚くべきことではない。ただ問題は、今画面に映っている息子の表情はまるでいつもと違っていて、画面の端っこに『緊急報道 ショーン・クーパー、バルーンを脱退か?!』の文字が踊っている点だ。おまけに、誰かに殴られでもしたのか、息子の唇の端っこは切れて赤くなっている。
 父親は・・・つまりクリスの恋人は、そんな息子の有様については青い瞳を細めて不快感を表したが、当のニュース内容については実にあっさりとした反応を見せた。
「ま、いいじゃないか」
「あ~?!」
 クリスはスコットのその反応に更にあんぐりとして、側に立つスコットを見上げた。
 スコットは、クリスの座るソファーに置いてあるスポーツバッグにタオルを詰め込みながら、素知らぬ顔をしている。
 クリスは横目でそんなスコットを見ながら、ようやく煙草を銜え直した。
「お前さん、さては事前に知らせを受けてたな。何だ、水くさい。オレにも教えてくれたっていいじゃないか」
 煙草に火を点けながら、クリスは再びテレビに目をやる。
 ふいに銜えていた煙草をすいっと抜き取られた。
「?」
 スコットに目をやると、スコットが呆れ顔でクリスを見下ろしていた。
「別に事前に知らされていた訳じゃないよ。── 今日はもう一箱吸ったんだろ。吸い過ぎだぞ」
 煙草は、あっさりとサイドテーブルの灰皿に押しつけられた。
 もっとも灰皿の中には相当量の吸い殻が刺さっていたから、『押しつける』というより『埋もれる』といった方が、表現的には正しい。
「思ってるほどもう若くないんだから、ほどほどにしろよ」
 今も昔もクソがつくほど真面目なスポーツマンであるクリスの恋人は、なかなか手厳しい。
 今まで自由奔放に過ごしてきた人生の中で、『恋人に管理される』だなんていう経験がなかったクリスとしては些か窮屈だといえるが、今ではなぜかその状況を密かに楽しんでいる自分がいることを発見してしまった。まったくもって驚きの事実なのだが。
 長年ショービズの世界にいて、天真爛漫我が儘気ままに振る舞うのが自分自身の魅力と信じて疑わないクリスと、今では双方が認める恋人であるスコットは、まさに正反対の人間といえる。
 スコットは元々アメフト選手で、膝の故障によりプロの世界から身を引いた男だったが、今では高校のアメフト部コーチをしている。
 教育者としての才能が元からあったのか、地区大会でも弱小と言われてきたチームを僅かの期間で代表チームとなるぐらいまで押し上げて、絶対的な信頼を受けていた。
 アメフトのコーチなんて子どものしつけ係も兼ねているみたいなものだから、当然保護者達からも尊敬されて慕われていた。
 二年前に彼の性的趣向がばれて大変な思いもしたはずだが、彼の誠実さと逃げない姿勢に今では前の穏やかな生活が戻ってきつつある。一見すると何てことはない話だが、所謂『田舎町』の出来事としては画期的な部類に入るだろう。
 本当なら、こんな二人の世界が交わるなんてことは決してなかった。
 それほど、クリスとスコットの住む世界は違っている。
 けれど二人は出会ってしまった。
 まさに今、テレビ画面の中で無粋な報道陣に囲まれている『彼らの息子』のお陰で。
 
 
 クリスは今でも忘れない。
 スコット・クーパーが自分の経営する劇場に訪ねてきた時のことを。
 あれは月も出ていない真っ暗闇の夜のことだった。
 劇場の裏にある鉄製のドアがふいにドンドンと叩かれた。
 劇場の奥にある居住スペースに住んでいるクリスにとっては、要するにそこは玄関ドアと同じで、リビングでくつろいでいたクリスは、重い腰を上げたのだった。
 溜息混じりにドアまでの通路を歩く。
 はっきりいって、こんな夜中にそこのドアを叩くヤツがいるとすればそれは、クリスに文句を言いに来る町の住人であることは間違いなかったからだ。
 田舎町の小さな劇場に何の前触れもなく現れたクリスは、今や町中から奇異の目で見られる『宇宙人』みたいなものだった。
 明らかに濃くて危険な『夜』の匂いをまといつかせたクリスを、道徳心溢れる町の人間が警戒しない方がおかしいってものだ。
 大概が町でクリスの姿を見かける度にヒソヒソと陰口を叩く人間が多い中、希に劇場まで訪れて根ほり葉ほり尋問していく積極的な住人もいる。その中には、苦情を言いに来るというよりは、興味に駆り立てられて様子を見に来ると言った具合の人間もいたりしたが。
 クリスにとっては、他人からそんな目で見られることにはもう慣れっこだったので、痛くも痒くもなかった。
 それに例え町の人がクリスを警戒して劇場に足を運ばなくても、町の外から劇場の噂を聞きつけてわざわざやってくる観客は沢山いたし、生活が立ち行かなくなる不安はなかった。
 町の人間と馴れ合う必要はなかったし、そんな気も更々なかった。
 それに、苦情をぶつけに来る人間も、クリスが男も女も一瞬で魅了してしまう華やかな営業スマイルを浮かべて丁寧にご対応してやると、狐に摘まれたような顔つきで返っていくので、心配もしていなかった。
 ただ、そういった輩を追い払うのが『おっくう』であることには変わりない。
 今日の客はしつこくなければいいなぁ・・・と思いながらドアを開けると、そこには今までにない『上物』が立っていた。
「あ!」
 唐突にドアが開いたことに驚いたその男を、クリスは上から下まで舐めるように見つめた。
 裾に少し油汚れが染み込んだジーンズに包まれた足は非常に長く、逞しい太股をしている。
 白いTシャツに赤いチェックのシャツを羽織っている姿は、如何にもアメリカの片田舎に住む健康的な好青年といった風情で、腕も胸板も厚かましくない程度に発達している。
 少し濃い色のブロンドは手ぐしで整えた程度なのか、クシャクシャと跳ねていて、如何にもオシャレには不器用な男といった雰囲気だ。そして男の瞳は、まるでキャンディーのように青くて、まあるくて、大きい。お世辞抜きでハンサムな顔。
 ようは、とても『おいしそう』な男だった。
 南部と北部の境目にある田舎町ではお目にかかれないと思っていた部類の人間。
 ── 磨けば、とんでもなく化けるだろうに・・・。
 男の無骨さを惜しいと思いながらも、同時にこんな男がこんな町にいたとは、と驚いた。
 クリスは属に言うバイセクシャルで、相手が女男に関係なく、『美しい』ものをこよなく愛する男だった。それも、自由奔放なやり方で。
 だから、その男を見た次の瞬間には、クリスは心の中で「食っちゃいたいなぁ」と思ったのだが、流石にいきなり襲ったのでは犯罪になるし、それに相手の方が体格がよかったので返り討ちにあっても困る。ここは我慢と、欲望を押し殺したのだった。
 男は、クリスが戸口に凭れて腕組みをすると、気を取り直したように咳払いをした。
「夜分遅くにすみません」
 男のその台詞を聞いて、クリスは片眉をクイッと上げた。
 この手の男は、苦情を言いに来るでもなかなか乙なやり方でアプローチしてくるもんだ。
 クリスはそう思った。
「あなた、カーターさん?」
「だとしたら?」
「私はスコット・クーパーと言います」
「クーパーさん、わざわざ苦情を言いに来るのにそんなに丁寧にしてもらわなくてもいいんだがね。単刀直入に言ったらどうだい?」
 男がバカに丁寧なので、思わずクリスはニヤリと笑ってしまった。
 男は、笑われて恥ずかしいと思ったのか、少し頬を赤らめた。
 大抵の人間が、クリスの笑顔を見て顔を赤くするが、こうした『姿のいい男』が恥じらうように頬を染めるのを見るのは、はっきり言って眺めがよかった。
 だが、次の瞬間に男が頬を赤くしたのには別の理由だったことが分かった。
「いや、私は苦情を言いに来たのではありません。誤解です」
 男の態度はあくまで紳士的だった。
 男の話す言葉は南部の訛りも少ないし、男が一度この町を出て生活をした経験があることは間違いなさそうだった。
 クリスはその男の台詞を聞いて、戸口から身体を起こした。これはいつもと要領が違う。
「どういったご用件で?」
 クリスも、相手が礼を尽くした態度で来ている場合は、その神経をわざわざ逆なでするつもりはない。
 これでも上流階級が集う世界で上手く泳いできた経験がある。スマートなテーブルマナーも身に付いているし、上品に振る舞うコツも心得ている。
「実は、ご相談したいことがありまして」
 男は、えらく神妙な顔つきでそう言った。
 冷やかしではなさそうだ。
「ここではなんですし、ま、お入りください」
 クリスがドアを大きく開けると、男は丁寧に頭を下げて中に入ってきた。 男 ── スコット・クーパーの相談事は、彼の一人息子のことについてだった。
 自分とそう変わりない年齢の男に高校生になる息子がいることに驚いたが、その息子が実は養子で、早くして亡くなった幼なじみの子を引き取って一人で育てているという話を聞いて、もっと驚いた。
 世の中に、そんな聖人君主のような人間が本当にいるだなんて、俄には信じがたかったからだ。
 なにせクリスは、人間の生身の欲望が渦巻く世界に長く身を投じていたから。
 ── この男の人生と交わることは絶対にないだろうな。
 男の話を聞きながら、クリスは内心そう思った。
「で、その大事な一人息子さんの悩み事のどこで、俺なんかが登場する必要があるんだろうね?」
 クリスにとっては、如何にも朝の光が似合いそうな健気な親子の話と自分の生活が余りにもかけ離れていて、スコットが自分の元を訪れる意味が益々分からなくなっていた。
 クリスは自分のグラスにウィスキーを注ぎ、相手にもそれを勧めたが、スコットは首を横に振った。
 スコットはいたく恐縮した様子だったが、即座にこう切り出した。
「実は、息子には音楽の才能があるのです」
 シングルソファーに足を組んで座るクリスの視線に気が付いて、スコットは早口で言葉を継ぎ足した。
「もちろん、あなたには親の奢りのように聞こえるかもしれませんが、素人の私でさえびっくりするようなギターの腕を持っているんです。きっと本当の父親の血を色濃く受け継いでいるのだと思います」
 クリスは眉間に皺を寄せた。
 目の前の男は、上手い具合に話を進めるだけの頭を持っているらしい。
 確かに親ばかの男の自慢話かと思いながらも、スコットの台詞回しにクリスも聞く気になった。
「本当の父親? その・・・幼なじみとかいう・・・」
 予定調和の会話は、それが無害であれば実際には心地いいものだ。
「ええ。多分、あなたのような業界の方なら、名前だけでもご存じじゃないでしょうか。ショーンの父親は、ビル・タウンゼントなんです」
 クリスのグラスを持ち上げる手が止まった。
「ビル・タウンゼント? あのギタリストのビル・タウンゼント?」
 スコットが頷く。
 クリスは、ほぉと息を吐き出して、背もたれに身を預けた。
 ビル・タウンゼントと言えば、ショービズの世界で知らない者はいない。
 余りにも短い間に輝いた天才ギタリストの星だったが、その輝きは強烈だった。
 だが、彼が活躍しようとした時代は余りにもタイミングが悪かった。
 酒と薬に溺れて、すっかり表舞台から姿を消していたが、まさかもう亡くなっていたとは。しかも、幼い一人息子を残して。
 スコットの表情や語り口はクリスをペテンに掛けようという様子はまったく伺えなかった。
 そういう雰囲気を嗅ぎ分ける嗅覚は、誰にも負けない自信がある。
 それにペテンに掛けるのは寧ろ、自分の特技だった。
 そういうのに心底疲れて、こんな片田舎に半ば隠居するようなつもりで来たのだが、まさかこんな田舎でそんな話を聞く羽目になるとは思ってもみなかった。
「ショーンは幼い頃から母親と一緒に父親のツアーについて回っていました。赤ん坊の頃からギターや音楽に触れあって、当たり前のように親しんできた。そういう背景があるんです」
 つまり、ロックミュージックの英才教育を受けてきたということか。
「なるほどね。── で? その才能溢れる坊ちゃんに関する悩みって? わざわざこの胡散臭い妖しげな男に持ちかけるほどのもの?」
 クリスがそう言うと、スコットはちらりとクリスを見て、少し頬を赤くした。
 どうやらその視線から察するに、『胡散臭く』て『妖しげ』だとは思っているらしい。
「あなたは、業界に随分顔が利く人間だと聞きました」
 クリスは顔を顰める。
「なんだい。口をきけって? 有名なプロデューサーか何かに?」
 そんな話はえらく興ざめだと思いながら、クリスは大声で言った。
 所詮はこの男もそういうことが目的か、と思った。
 正直、その方がクリスもホッとする。
 今までの男の態度が聖人的過ぎるのだから。
 だが、スコットは首を横に振った。
「いいえ、そんな。彼がプロになれる実力を持っているかどうかは分かりません。そして彼がそう思っているかどうかも分からない。もし彼がプロになりたいと思っているのなら、彼が努力するべきことであって、親が口出しをすることではないと思っています」
 クリスは思わずぽかんとした。
 目の前にいるのは、ひょっとしたら本当に『聖人』なのか。
 クリスの中で途端にスコットに対する興味の度合いが高まった。
 ただの鑑賞物から、生身の人間に。
 クリスはまじまじとスコットを見つめる。
「それなら益々分からないねぇ。あんた、一体どういうつもりでここに来たってんだい?」
 思わず砕けた口調が口をついて出た。
 スコットも、真っ直ぐ見つめ返してくる。
「彼が音楽を諦めることをどうにかしてあげたいんです。彼に再び音楽が自由にできる場を持たせたいけど、自分がどうしたらいいか分からない・・・」
「音楽を・・・諦める?」
 スコットは頷いた。
「ショーンにとって、音楽は生活の一部でした。小学校の頃までは、家でもよくギターを弾いたりレコードやCDを聴いたりしていました。けれどここ最近になって・・・息子は音楽に触れることをパタリとやめてしまいました。いつもあんなに楽しそうにしていたのに・・・」
 クリスは眉間に皺を寄せる。
「理由は?」
「分かりません」
 スコットは本当に悲しげな顔をして、頭を項垂れさせた。
「それが分かれば対処のしようもあるんですが、私にはさっぱり・・・。だから、そういう世界に縁が深いあなたなら、何か分かることがあるのかと思って」
 スコットはそう言って苦笑いを浮べた。自嘲気味にこう言う。
「生憎私は、見ての通り体育会系の人間なので、そういうことに疎くて。でも、息子にとって音楽が掛け替えのないものであることは分かります。まるで自分をらしさを抑え込むようにしている今の息子は、正しくないということも。彼が音楽から離れた頃から、息子はすっかり笑わなくなりました。本当の意味での素直な笑顔を。── きっとそこには、何かしらの理由があるのでしょうが、自分ではどうもしてあげられないんです。音楽業界のことも全く分からないですし、本当に役不足で・・・」
 あのビル・タウンゼントに、まったくタイプの違う幼なじみがいることに再度クリスは驚いた。それに、彼の子どもをこんな独り身の男が引き取って育てるなんて、相当リスキーな話だ。スコットのビル・タウンゼントに対する思いの深さを思わせた。簡単に幼なじみと片づけられない随分深い絆があったのだろう。
「あんたのショーン・ボーイに対する思いはよく分かったが、かといって俺に何をしろって言うんだい? あんたの家に行って『ヘイ、坊や。お前のギターは輝いてるから弾いてみろ』だなんて馬鹿げたことを言えとでも?」
 目の前の男が、ビル・タウンゼントにそこまでの感情を寄せていることに何だか苛立ちを感じて、クリスはつっけんどんにそう言った。元々、そういう口調で話すことの方が多い天の邪鬼な体質だ。
 スコットは、クリスのその口調に驚いた表情を浮かべた。
 けれど次の瞬間には怒るでもなく、再び自嘲気味の苦笑いを浮かべた。
「そうですよね・・・。余りにも唐突過ぎる話だ・・・。分かってはいるんです。ただ、じっとしておれなくて・・・。あなたに何かをしてくれだなんてことは思っていません。ただ、もし息子がここを訪れる時がきたら、少し気に掛けてもらうだけでいいんです。それがきっかけになることもあるかもしれないから・・・」
 スコットの気持ちは痛いほど分かった。
 確かに、少しでも ── 例え感情を無理に押し殺していたとしても ── 音楽に興味があるのなら、いつかはこの劇場に訪れる時がくるのかもしれない。なぜなら、この劇場には、音楽好きなら喉から手が出るほど素晴らしい世界が渦巻いているのだから。
 それに触れずに我慢しているなんて、余程頑なな石頭に違いない。
 だが、それに同情するほどの義理はクリスになかった。この可愛そうな親子のために積極的に腰を上げるほど、お人好しの性格ではない。
 クリスは頭を軽く掻くと、「OK。そのショーン坊やとやらがここに来ることがあったら、話を聞いてやってもいいさ」と気にない返事を返した。ほんの社交辞令の程度で。
 これでも随分サービスした方だとクリスは思った。
 いつもなら、そんな面倒くさいことは引き受けたりしない。門前払いでさよなら、だ。
 今回は、スコットの姿のよさに敬意を表して・・・目の保養は大分させてもらったからだ・・・おまけをつけてやったということだ。
 スコットも、クリスの心中は察したらしい。
 スコットは自分を恥じるように顔を真っ赤にさせ、ソファーから立ち上がった。
 随分恐縮した様子だった。
「── 本当にすみませんでした。こんなことをあなたにいうことすらお門違いで、迷惑をかけてしまった。すみません」
 スコットは、シャツの端を右手の先でクシャクシャッと摘みながら、居心地が悪そうに頭を緩く振った。
「ただ単に、愚痴を聞いてもらいたかったのかもしれません・・・。職場の同僚や知り合いには、こんなこと言えないから・・・」
 それは素直な感想だったのかもしれない。
 一瞬でも『聖人』の顔に綻びが見えたような気がして、クリスは少しだけ好感を持った。
 クリスはスコットの肩を叩くと、「どんな人間でも、そう思う時があるさ。あんただけじゃない」と励まして、部屋を出ていくスコットを送った。
 クリスにとっては全くの『珍客』だったが、悪い気はしなかった。


 数日後、クリスは路肩の端っこに車を止めて、ハンドルに身体を預けた。
 目の前には、いつかの夜にクリスの元を訪れた『悩める父親』が油まみれになって働いていた。
 スコット・クーパーは、旧市街にある自動車整備工場で働いていた。
 元は白い色だっただろうツナギにスレンダーだが逞しい身体を押し込め、手慣れた手つきで車のエンジンルームの修理を行っている。
 力業でナットを締める綺麗な筋肉の浮かんだ二の腕も、車にかがみ込む時にピンと布が張る肉付きのいい腰のシルエットも、ふいに見せる往年の甘い映画スターのような笑顔も信じられないほど『キュート』だ。とても。
 町の外れにある『町ののけ者』が集まるバーでのスコット・クーパーの評判は上々だった。
 ハワードという男が経営するそのバーの客は、町で落伍者のレッテルを貼られた大酒飲みやアバズレなことを利用して商売している女、どうしてもゲイであることが隠しきれない人間達のたまり場で、クリスも時折そこを訪れては色んな人間を冷やかして楽しんでいた。クリスにとって、町中での数少ない娯楽施設だ。
 その店で、純粋に酒を飲むことを楽しんでいるホモセクシャルな男達に、スコット・クーパーの話題を振ってみたのは夕べのことだった。
「スコットね。ウ~ン、あんたも気になるんだ」
 カウンター越し、髭の剃り跡も青々しい『アバズレ・ヘザー』が、ニヤリと赤い唇を歪ませた。
 ヘザーはここのバーテンで、比較的クリスがよく話かける相手だった。
「ここの町じゃ一番の『シャン』よ。アタシみたいな『女』はもちろん、男のケツに涎を垂らしている男共も、あわよくばって思ってる。けど、絶対に無理。無理よ、無理」
「無理って?」
 面倒くさそうにクリスが煙草を吹かしながらそう訊くと、「分かってるくせに」と手を叩かれた。
「あんなに『お綺麗』じゃね。アタシ達みたいに汚れてる人間だと、おいそれと近づけないわよ。ご覧なさいな。生まれつき女の身体をしたラッキーな連中でさえ、歯が立たないじゃないの。彼は、息子の子育てに夢中よ」
「ショーンだっけ?」
「そうよ。なんだ、知ってるんじゃない。息子もなかなか可愛い顔してるけど、まだまだ青くてダメね。襲おうったって、あの年齢なら即刻捕まることになるしね」
 二人でケタケタと笑う。
「息子って、ギターがうまいんだって?」
 クリスがそう言うと、ヘザーは肩を竦めた。
「そんな話は聞かないわねぇ。アタシの娘が同じ学校に行ってるけど、音楽の授業でも一切歌わない音痴だって噂だけど」
 クリスは目を丸くした。
「なんだい、お前さん、子どもがいるのか?!」
「これでも、数年前までは普通のパパしてたのよ」
 ヘザーが芝居がかったウインクをする。クリスは下品な声で大笑いした。
「まったく、スコットと比べてあんたは本当に『やさぐれた別嬪さん』よ。せいぜい店の裏で襲われないようにするのね」
「襲う方は俺の方だから、ご安心あれ」
「あながち嘘じゃなさそうなところが怖いわ」
 再び二人で笑う。
「でもどうしたの? いきなりスコット・クーパーのことなんか持ち出したりしてさ」
「── ん~、酔い潰して落としてやろうと思ってさ」
 ヘザーがクスクスと笑った。
「もしそんなことが起きたら、アタシあんたに50ドルあげるわ」
 互いに冗談だと分かった上での会話を楽しみながら、心の奥ではクリスは寒々としたものを感じていた。
 それが何かは、結局よく分からなかった。
 ただ分かったことは、スコット・クーパーが町中の独身者 ── 時には不実な既婚者も ── が狙いを定めているほど『おいしい』存在であること。そして、その誰もが手を出すことができないほどの『高潔な高嶺の花』であることだ。
 ── なんだかねぇ・・・。
 クリスは、白けた顔つきで煙草を銜えると、火を点しながら町工場で働くスコットを眺めた。
 スコットのその『高潔さ』がやけに鼻についた。
 数日前、クリスに語った息子への思いに嘘偽りはないと思う。それは分かっている。
 けれど余りに行儀が良すぎて、違和感を感じているのはどうやら町中でクリスだけらしい。
 彼が例え愚痴りたかっただけだとしても、その相手に自分を選んだことが『高潔さ』のほつれのような気がしていた。
「まさか・・・俺がアイツのタイプだってことは・・・」
 クリスはそう呟きかけて、その冗談がまったく笑えないことに気が付き、言うのをやめた。
 元アメフトのプロ選手で ── しかもポジションは花形のクォーターバックときている ── 、更にアメリカの父親像として模範的な彼がホモセクシャルで、おまけに暗に自分のことを口説きに来ただなんてことは、冗談にできないほどあり得ない。
「ったく、美味そうなケツしやがって・・・」
 クリスは汚く悪態を付くと、勤勉に働くスコット姿を横目で見ながら車をスタートさせた。
 
 
 その帰り、クリスは旧市街のダイナーに寄った。
 この町に移り住んで初めてのことだったが、案の定客や店員に『よそ者』の顔つきで見られた。
 クリスは、カウンターに置いてある新聞を手に取ると、コーヒーと病的な色のキーライムパイを注文して、ダイナーの一番奥にあるボックス席に座った。
 列車のように細長い作りをしているダイナーは、大半のボックス席が大きな窓に接していた。
 夕方のオレンジ色の光を受けながら、のんびり煙草を吹かしながら新聞を読んでいると、高校生の一団がワイワイと通りを歩いてくるのが見えた。
 最初は気のない視線でその一団を見たクリスだったが、その中に燃えるような赤い髪の毛をした少年がいたので、視線を止めた。
 そう言えば、夕べヘザーがスコットの一人息子は、百メートル離れた先でもよく分かる、と言っていた。今まで見たこともないような赤い毛をしているというのだ。
 その少年がスコットの一人息子 ── ショーン・クーパーであることは明らかだった。
 彼らは集団でダイナーの中に入ってくる。
 クリスは新聞を自分の顔の前に翳して、その際から赤毛の少年の様子を伺った。
 高校生の一団は七人いて、四人と三人に別れてボックス席につく。
 肝心のショーンは、クリスの席の二つ前にクリスと向かい合うような位置に座った。
 ── なかなか可愛らしい顔つきをしてるじゃないか。
 白い肌に少し赤い頬。身体はいっちょ前に大きかったが、その顔つきはまだまだあどけなさの方が強い。
 ただ、スコットが言っていたように、『何かを押し殺して』いるのか、同年代の少年達のように大きな声で騒ぎ立てることもなく、随分大人しい様子でそこに座っていた。
 一見すれば、ネクラな少年と捉えられてもおかしくなさそうな雰囲気をしていた。
 確かに、そんな雰囲気は彼に不釣り合いなイメージがする。
 それに、スコットが熱弁を振るうほど音楽の才能があるようにも見えない。
 要するに、ルックスの良さを除けば、どこにでもいそうな少年だった。ショーン・クーパーは。
 そんなに消極的な感じの少年でも、友人はたくさんいるようだ。
 少年の中には真新しいエレキギターを自慢する者もいて、随分盛り上がっていた。
 ギターをテーブルの上に載せて騒いでいる少年は、得意げな様子でギターのパーツを解説して、いかにその品が素晴らしいものかを解説している。
 友人達に「スゲェ」「スゲェ」と囃し立てられた彼は、椅子から立ち上がってギターを抱え、華麗な・・・というには程遠い指捌きを披露する。しかも二つほど音が外れていた。調弦が上手くいってないのは明らかだ。
 しかし、そんな些細なことを少年達が気付く訳もないし、気にする訳もない。それに、調弦する技術もまだないのだろう。彼らは実に伸び伸びと青春を謳歌している様子だ。
 少年達がそうして騒ぐのは日常茶飯事なのか、ダイナーのオーナーも彼らを冷やかしながら楽しそうに眺めていた。オーナーにとっても、彼らは毎日訪れては少額でも定期的にお金を落としていく常客なのだろう。
 そんな中、ショーンはただ一人気のない視線をダイナーの外の風景に向けながら、偶に友人達に話題を振られて笑顔を浮かべていた。所謂お愛想笑いというやつだろう。
 その表情を見る限り、確かに音楽にはまったく興味がなさそうだ。
 友人の会話の中でも「ショーンは音痴だからなぁ」という声も上がっている。
 俄にスコットの言っていたことが信じられなくなってきた頃、パプニングが起きた。
 ショーンを除いた少年達の全員が、席を離れカウンターの方に殺到したのだ。
 カウンターの上部につり下げられているテレビに、ブリトニー・スピアーズのセクシーな新作PVが流れたからだ。
 こんな田舎町でも、彼女の人気は圧倒的と見える。
 流石のショーンも一瞬カウンターの方を振り返ったが、ふいにチラリとテーブルの上に置き去りにされたギターに視線をやった。
 ショーンは二、三度ギターと少年達の姿を見比べて、少年達がテレビ画面に夢中になっている様子を用心深く確認すると、ちょいちょいとギターのネック部分に触れたのだった。
 クリスはハッとした。
 ショーンのその行動で、スコットの言っていたことがあながち嘘ではないような気がしてきた。
 そしてクリスがその思いを確信に変えたのは、少年達が帰ってきて再びギター談義に花を咲かせた時だ。
 少年が再度ギターを弾いた時、外れていたふたつの音が、完璧なまでにあっていたのだ。
 ショーン・クーパーは、試し弾きをせずに、音の記憶だけで見事に調弦してみせたのだ。しかも、一瞬の間に。
 むろん、少年達はそんなことに気付いてもいない。
 いや、この場では、クリス以外そんなことに気付く人間もいなかったろう。
 それほど、ごく僅かな変化だったのだ。
 ショーンは、少年達とダイナーを出るまで、本当に気のない素振りをしていた。
 むしろ自分が音楽音痴であることを受け入れているような節もあった。
 ── こりゃ、とんでもない天の邪鬼だぞ・・・
 クリスは自分のことを棚に上げて、そう思ったのだった。


 クリスのあの親子に対する見方は、スコットが尋ねてきたあの夜より、随分変わっていた。
 分かりやすく言うと、『興味が湧いてきた』ということだ。
 聖人のような父親と裏の顔を隠し持った少年。
 「何かありそうだ」と思わせるものが確かにある。
 それに純粋に少年の音楽センスが気になった。
 人間、そうも頑なに隠されると覗いてみたくなるものだ。
 クリスは、その夜スコットの家に電話をかけた。
 数日前にスコットが帰る直前に残していったメモは早々にゴミ箱の中に放り込まれていたのだが、幸いまだゴミ箱の中に入りっぱなしだった。
 まさか本当に電話がかかってくるとは思わなかったのだろう。スコットは電話口でも明らかに驚いていると分かる様子だった。
 受話器の向こうで「ダディ? 誰から?」と息子の声がしている。
 父親の動揺する姿を訝しげに思ったのだろうか。
 スコットもばつが悪いのか、『仕事先のお客さん』と返事を返していた。その間に明らかに電話機ごと部屋を移動しているのが分かった。
「 ── お客さん、か」
 クリスがそう言うと、受話器の向こうで『申し訳ない・・・』と返事が返ってきた。
「ま、いいさ。そういうのは慣れてる」
 クリスがそう言うと、スコットがこう返してきた。
『あなたが思ってるほど、町の人はあなたを嫌っている訳じゃない』
 この返事には驚いた。
 思わずこっちの方が面食らって、沈黙してしまう。
 その沈黙を埋めるように、スコットが先を続けた。
『ただ、皆どう接していいかまだ分からないだけなんだ。あなたのようなタイプの人間は、今までこの町にはいなかったから。仕事柄、いろんな人と話す機会があるけど、あなたの劇場に行ってみたいという声は多い。だからこそ、自分も・・・』
 クリスの口から、ハハハと思わず笑い声が零れた。
 面と向かってそんな直球なコメントをもらったことはない。
「気まずいからって、そういう話はしなくてもいいさ」
 苦笑い混じりにそう返すと、『そんなつもりは・・・』と口ごもる。
「そんなことより。今日お宅の坊やを偶然見かけたんだが・・・」
『あ、ああ・・・。それで?』
 探るように訊いてくる。
「少し興味が出てきたんでね。昔ギターを弾いていたんなら、ホームビデオかなにか残っているんじゃないかと思って。見てやってもいい」
『 ── 本当に?』
「わざわざ電話代かけてまで嘘なんざ言わないさ」
『分かった。ビデオはある。いつ?』
 スコットはすっかり興奮した様子で、口調も随分砕けた感じになっていたが、それすら自分自身気が付いていないようだった。クリスにとっても、畏まれるよりはこっちの方が気楽でいい。
「いつでも」
 クリスはそう言って電話を切った。
 ところが、スコットがビデオを持参してきたのは、なんとその日のうちのことだった。
 余程嬉しかったのだろうか。
 クリスが丁度風呂から出て一息ついたところに、ドンドンとドアを叩く音がした。
 まさかと思ったクリスだったが、相手はスコットに間違いないと思った。
 大抵あのドアを訪れる人間は呼び鈴を鳴らすのが常で、無骨に拳でノックする人間は、スコットが初めてだったからだ。
 クリスはバスローブ姿のまま、戸口に出た。
 ドアを開けてスコットと顔を会わせた途端、明らかにスコットは硬直した。
 まさかクリスがそんなしどけない格好で出てくるとは思わなかったのか。
 ここまでの反応は、クリスも予想していたものだった。
 だが、次にスコットが見せた反応は、全く予想外のものだった。
 スコットは、次の瞬間、物凄い早さでクリスから視線を外すと、真っ赤に顔を赤面させたのだ。文字通り、耳まで真っ赤だった。
 ── は?
 思わずクリスは、きょとんとしてしまった。
 それは明らかに不自然な反応だった。
 いくらクリスが如何にも華やかな世界の色香を漂わせているとはいえ、男同士なら裸なんぞ珍しくも何ともなかろうに。
 次の瞬間、クリスは『聖人のほつれ』を見極めたような気がした。
 そう、まるで真っ暗闇の部屋に突如電球がパッと灯ったかのように。
 クリスは、すっかり固まっているスコットの腕を掴むと、乱暴に部屋まで引っ張っていった。
 スコットは面食らって、声すら出ない様子だ。
 クリスは、リビングの部屋のドアをバタンと閉めると、スコットのシャツを掴んで、壁に押しつけた。
 スコットが怪訝そうな表情を浮かべたのは一瞬のことだった。なぜなら次の瞬間には、クリスがスコットの唇を己の唇で塞いでしまったからだ。
「・・・んんっ!」
 スコットの大きなブルーの瞳が一際大きく見開かれるのが間近に見えた。
 スコットは抵抗を見せようとしたが、クリスは素早くスコットの着ていたシャツを肩が見えるまで引き下ろした。そうすれば力の強い男でも、腕を自由に動かせなくなる。
 クリスは手際よく相手の抵抗を封じておいて、ねっとりとその唇を味わった。
 ガシャリとスコットが持参したビデオが床に落ちる。
 スコットの身体は困難な状況でも抵抗しようともがいていたが、案の定、口の中をまさぐるクリスの舌を噛み切るだなんてことはない。
 クリスが両肩を強く押さえ込んだまま、スコットの唇だけ解放すると、スコットは唖然とした顔つきでクリスを推し量るように見つめていた。
 クリスはニヤリと笑う。
「あんたの息子は確かに何かを隠し込んでいる。それに ── あんたもね」
 再びスコットの顔がカッとと赤くなった。
「── な! 俺は、そんな・・・」
「そうかな」
 クリスはそう言いながら、訝しげにスコットを見る。
「あんたが本当の自分の姿を押し殺しているからこそ、息子もあんたに肝の部分で心を許せないんじゃないのか?」
 ビクリとスコットの身体が震えた。
 スコットの口が戦慄く。
 クリスは畳みかけるように続けた。
「俺はあんたが余りにも行儀良すぎるんで、少し興ざめしてたんだ。物事、余りにも完璧すぎると、息が詰まる。その隙のなさが、息子を追いつめてるんじゃないのか? 素直になれよ。ゲイだからって、何も恥じる必要はない。あんたの今までの努力が、全て無になる訳じゃないさ」
 クリスがそう言うと、スコットの目に薄い涙の幕が浮かんだ。
 スコットは唇を噛みしめ、しばし沈黙をしたが、やがて振り絞るようにこう言った。
「俺は・・・。俺は・・・違う・・・違う・・・」
 クリスは顔を顰める。
 ── 男からキスをされて身体は興奮してるのに、まだそんなこと言ってるのか?!
 苛立ちがクリスを支配した。
 スコットがここまで頑なになる必要が、クリスみたいな人間には見いだせなかった。
「自己解放が必要だな、あんた。ショーンの話はそれからだ」
 クリスは右手でスコットの股間を掴み挙げたのだった。


<以下のシーンについては、URL請求。→編集後記>


 「なぁ・・・。お前、俺と出会えてよかったと思ってるか?」
 クリスはふいにボソリと呟いた。
「え?」
 灰皿の中の煙草を片づけていたスコットが、顔を顰めて振り返る。
 クリスは、バルーン脱退報道で報道陣にいまだもみくちゃにされているショーンを見ながら、更に呟いた。
「お前さん、最初にセックスした後、俺に言ったよな。アンタのように強くはなれないって」
 確かにあの晩、クリスに対してゲイをカミングアウトすることになったスコットは、それでもその後クリス以外にはそのことを隠し続けた。
 スコットが自分の性的趣向を隠さずに生活ができるようなったのは、それからずっと後の話だ。
 スコットはクリスに抱かれたその日から余計に用心深くなり、結局親子は頑なな関係のまま、辛い日々を過ごすことになったのだ。ショーンが、クリスの劇場を訪れることになるその日まで。
 クリスは、スコットが忘れていったビデオを見ていた。
 ショーンがまだ小学生だった頃の、生き生きとした姿が記録されたそのビデオを。
 自分の身体と同じ大きさといっていいほどの大きなギターを抱え、少年は信じられない指捌きを見せていた。
 スコットの言っていたことは、正しかったのだ。
 クリスは、その音を聴いて身体を振るわせた。
 少しでも音楽を囓っている者なら、少年が天性の才能を持っていることをすぐに理解できるだろう。
 スコットが劇場を訪れることはまったくなくなった。
 あの夜のことは彼にとって新たに増えたタブーであり、そこに近づくことは純粋な恐怖だったに違いない。
 クリスにもその気持ちが分からないではなかった。
 世の中には、本当の自分をさらけ出せなくて苦しんでいる人間は、五万といる。
 けれどあの夜、クリスにだけ見せたスコットの本心は・・・。
 スコットに同情した訳ではない。
 だが、クリスの中でスコット・クーパーという男が波風を立てたことは確かだった。
 だからショーンの友人のポールをそそのかして、劇場に来るようにし向けたのは、せめてもの罪滅ぼしといった気持ちも少しはあった。もっとも、純粋にショーンのギターがもう一度聴きたかったという思いももちろんあったのだが。
 クリスは、余りにも自由奔放な人生を送りすぎて、様々な人々を傷つけてきた。
 それが当たり前だと思っていたし、それを楽しんでいる節もあった。
 勤勉で真面目な元アメフト界の花形スターは、そんなヤツに引っかかってしまった。
 後悔はないのだろうか、と今でも思う。
 今でも時折、本能の赴くがまま振る舞うこんな『ろくでもない男』にひっかかって。
 クリスがテレビを見つめながらぼんやりと思いを馳せていると、ふいに頭をポカリと叩かれた。
 クリスが振り返ると、スコットがそこで穏やかに微笑んでいた。
「後悔していると思っているのか」
 痛いところを突かれ、クリスは苦笑いを浮かべる。
「違うのか?」
「── そんなしおらしいクリス・カーターなんて、気味が悪い」
 クリスが顔を顰める。スコットはハハハと笑いながら、クリスの口に真新しい煙草を一本銜えさせた。
「いいのか?」
「そんな気分なんだろ? 言っておくが、今日はそれで終わりだぞ」
「へいへい。── まったく、『あんたみたいに強くない』、だなんて言っていたお前さんが懐かしいよ」
 スコットはクリスの膝を軽く蹴ると、スポーツバッグを肩に掛けた。
「じゃ、行って来る。── あ、この調子じゃ、ひょっとしたらショーンが家に帰ってくることになるかもしれないから、よければショーンの部屋を掃除しておいてくれないかな」
「え? 俺様が?」
「お願いします」
 素直にお願いされて、クリスはむむむと口を尖らせる。
「まったく、これじゃ尻にひかれたバカ亭主じゃないか・・・」
「拗ねるなよ。これでも、誰かさんのお陰で強くなれたんだから」
 スコットはそう言ってウィンクすると、晴れ晴れとした顔つきで家を出て行った。
「ま、確かに、息子の窮地な場面を見ても動じないところは、すっかり肝がすわっちまったというか・・・」
 クリスはそう呟きながらテレビに目をやった。
 そこには、何かふっきれたように清々しい顔をしたショーン・クーパーの姿があった。その表情は、今し方出て行った父親の顔つきとそっくりだった。
 クリスは、フッと笑みを浮かべる。
「親子だからこそ、すぐ分かるってことか・・・。まったく、親も親なら、子も子だね・・・」
 クリスはそう言うと、火を点けてもいない煙草を、灰皿に押しつけたのだった。

 

What' going on end.

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編集後記

ど~も~。第四回ニボシ週間最終メニュー、『What' going on』。いかがだったでしょうか。
ちょっと焦りながら書いたんで・・・出来がいいとは言えませんが・・・(大汗)。一週間頑張ったと言うことで、大目に見ていただいて・・・。明日から通常更新に戻ります。
もう完全にひからびちゃっている国沢なんですが(ちょっと景色が白く霞んでるよ・・・)、今回の番外編小説はスコットパパとクリスのなれそめのお話です。
もちろん、メール配信つき(大汗)。
これでニボシになりきりました(笑)。ちょっと初めて『屈辱系』っていうんですか?(や、恥辱系の間違いだろ・・・)そういう乱暴な感じの内容にチャレンジしてみました・・・。国沢、完全に変態です(脂汗)。妄想もここまでくると、弁解の余地なし、です。書くの、大変でした。本当に。といっても、長さ的には短いので、そんなに期待せんでくださいね。や、本当に。
ということで、ではいつもの決まり文句をどうぞ。

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さて、お約束のお話が終わったところで、まだ編集後記を書いている国沢なんですが(本当に枯れたのかよ、お前・・・汗)、どうしても書いておかねばならんことがありまして。
実は、スコット・クーパーのモデルとして国沢自らが一方的にご指名しているジョ○ュ・ルー○スなんですが(敢えて伏せ字)、明日から公開されるハリウッド映画『ステルス』にご出演です。しかも、主役です、主役!
「ああ、ついにやっと主役をはれる日が来たか・・・」と思いっきり喜んでいた国沢なんですが、なんだかちょっといや~な予感がします。
なんだろうこの・・・そこはかとなく漂う・・・・駄作感は・・・・(脂汗)。
き、気のせいかな???
頼む、気のせいだと言ってくれ。
アカデミー賞を取ったばかりの俳優も共演してるしっ!!!
すごくお金かけてつくってるしっ!!!!
主役、ジョ○ュ・ルー○スだしっ!!!!!
・・・・。

あ~、駄作感が、
拭えね~~~~~~~~~~~~~!!!


誰か、女一人でこの映画を見に行く勇気、ある人いますか・・・?

[国沢]

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