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act.33

 その夜は、結局羽柴もベッドから抜け出して、リビングでショーンと共に素朴なディナーを取った。
 やっとまともな食事を取った羽柴の顔色はずっとよくなり、嫌な汗もすっかり引いたようだ。
「これ、おいしいね。何でもない料理なのに、何でだろ。やっぱり好きな人とこうして食べてるからかな」
 羽柴同様、カーペットの上に直接胡座をかいて座りながら、ショーンは料理を頬張ってそう言う。
 羽柴が、少し頬を赤らめながら恨めしそうな顔つきでショーンを見た。
「おいおい・・・」
「ごめん。つい」
 ペロッとショーンは舌を出す。
「ところで・・・。事務所の方は大丈夫なのか? 事務所は歌うことを許してくれたの?」
 羽柴が一番気になっていた疑問を訊くと、ショーンは首を横に振った。
「今日のことは黙ってしたことなんだ。契約では、俺は公の場で歌っちゃいけないことになってる。立派な契約違反だね」
 みるみる羽柴の眉間に皺が寄る。
「ショーン・・・」
「多分、明日は事務所で凄いことになると思う。一応、頑張って行くつもりだけど」
「大丈夫か? 弁護士とか、つけといた方がいいんじゃないか?」
 羽柴はザッと想像した。
 アメリカは契約社会だから、契約違反ともなると相手の出方次第では本当に叩きのめされる。場合によっては、ショーンがこの業界から締め出される場合もあるし、酷い時には多額の損害賠償金を請求される可能性だってある。
「もし君に弁護士の知り合いがいないんだったら、俺が代わりに捜してもいいよ。証券会社には弁護士も顧客で多く抱えているからね」
「うん。必要になったら、お願いするかも。でも取り敢えず明日は一人で頑張ってみる。俺が自分で覚悟を決めてしたことだからね」
 ショーンは、逞しい一面を見せてそう言う。
「どうしても、あのステージで歌いたかったんだ。他の誰かの歌ではなく、自分の歌を。俺は、コウの大切な人に成り代わることはできないけれど、俺にしかできないことだってあるから。そのためなら、役立つ武器は積極的に使っていく。怖がる必要なんてないんだ」
 羽柴は、そんなショーンを見て、眩しそうに微笑んだ。
 そうか、これだったんだ、と思う。
 羽柴は前から、ずっと思っていた。
 ショーンの中には、秘められた本物の強さがあると。
 あの力強いギターサウンド。芯のきちっと通った歌声。
 一度聴いたら忘れられなくなるぐらいに強いインパクトのある彼の音は、彼自身の中から来る強さに裏打ちされているのだと。
 出会った当初はあんなに脆くて折れそうで、いつも何かに怯えたようにしていた。
 でもそれは、彼が、彼自身に戸惑っていたからなのだ。
 その戸惑いがなくなった今、彼は彼本来の強さに目覚めている・・・。
 ゆっくりと夕食を食べ終わって、羽柴はそのままベッドに戻ることにした。
 本当なら風呂に入りたかったが、今日は大事を取って入るのはやめて、とショーンに釘を刺された。
 ショーンは結局、他の部屋を取ることにした。
 羽柴にゆっくりと休んでもらうためにはその方がいい、と彼は考えたらしい。
「だってソファーで眠ると、勝手にコウのベッドに潜り込んじゃうんだもん、俺」
 と悪態を付きながら、彼は部屋を出て行った。
 羽柴はなんとなく、「それは俺がベッドまで運んだんだよ」とは言えなくて、そのままショーンを見送ったのだった。
 
 
 翌朝、羽柴が会社に電話をして、今日一日休みを貰えるかと連絡すると、「そのつもりでこっちはもう段取りしてる」とやり返された。
 苦笑いしながら電話を切ると、丁度良いタイミングで部屋のチャイムが鳴らされた。
 羽柴がレンズを覗き込むと、黒の革ジャケットの襟を立てて、革製の帽子にサングラス姿の如何にも休日の芸能人ファッションといった具合の男が立っていた。
「なんだ、その格好」
 羽柴はそう呟きながら、ショーンを部屋に招き入れる。
「だって付け髭、アパートメントに置いて来ちゃったんだ」
 とショーンは口を尖らせる。
 リビングのソファーに腰を掛けたショーンはバサッと帽子を脱ぎ、ふぅっと大きく息を吐き出した。
「それで? 事務所には今から行くのか」
 羽柴は向かいのシングルソファーに腰掛けて訊く。ショーンは頷いた。
「ナタリーが彼女の車で送ってくれるって」
「ナタリーって・・・。お前総支配人と・・・」
「うん。もう仲良くなっちゃった。彼女知ってた? ああ見えて、熱狂的なツェッペリンファンなんだって」
 思わず羽柴はあんぐりとしてしまう。昨日初めて会った筈の支配人をもう味方につけているんだから、ショーン・クーパーの魅力とは末恐ろしい。
「それにしても、事務所に電話したら凄かった~。まるで俺を魔女裁判にかける勢いだったよ。電話の段階で根ほり葉ほり訊こうとするんだから参っちまう。やれ、ルイはこのことを知ってたのか、お前の好きな相手は誰だ~とか、今いる場所はどこなんだ~とか。最後は、イアンがカンカンだからすぐに来いだって。ギロチン用意してるかも」
 実にあっけらかんとショーンはそう言う。
 さすがに羽柴も心配になってきた。
「おい、本当に大丈夫かい? 俺も一緒に行こうか?」
「コウが来たら、益々ややこしくなっちゃうよ。大丈夫、何とかなるって」
 ショーンは肩を竦める。
「ただ、向こうに行く前にコウの顔が見たかっただけ。ひょっとしたら、またしばらく会えなくなるかもしれないから」
 そう言ってショーンは、じっと羽柴を見つめてきた。
「ショーン・・・」
 羽柴が心配げに見つめ返すと、彼はサッと立ち上がる。
「さて、もう行くか。じゃ、くれぐれも無理しないでよ。向こうに帰るのいつ?」
「来週の頭には帰るよ」
「そ。できれば、また電話する。── 電話はしてもいい?」
「もちろん」
 ショーンは、ん、と満足そうに頷くと、ドアに向かった。羽柴も彼を見送る。
 ドアを開ける前、ショーンは振り返って羽柴の前に頭を差し出した。
 例のサインだ。
 思わず羽柴は微笑んで、ショーンの髪の毛を撫でる。
「元気百倍」
 ショーンはヘヘッと笑って帽子を被ると、小さく手を振って去って行った。
 
 
 車が事務所近くまで来ると、明らかに取材関係者といった風貌の人々がウロウロとしており、さらに事務所前は黒山の人盛りだった。
「うわ~・・・。想像してたけど、やっぱりね。何だよ、皆。ただ歌っただけじゃん・・・」
 スモークの貼られた窓から、外を覗き見てショーンが悪態をつく。
「ご自分にとってはなんでもないことでも、人にとってはとても特別なこともあるんですよ」
 隣に座っているナタリーが、自分の息子を諭すようにそう言った。
 その台詞に、ショーンは敏感に反応する。
「── うん、そうだね。俺の場合は、コウに頭を撫でられること」
 ショーンはそう呟いてナタリーを振り返ると、エヘヘと笑った。今朝、羽柴の前で見せたのと同じ笑顔だ。
「それで、どうします? ここで降りたら、確実に囲まれますよ」
 運転手が訊いてくる。ショーンは、「取り敢えず裏口に回ってもらえますか?」と言った。
 確かに、裏口の方が待ち受けているマスコミの姿は少なかったが、それでも話題のスターの姿を捕まえようと誰もが躍起になっている。
 けれどショーンは、彼らに捕まらず、確実にビルの中に入る方法を知っている。
「そこの角で停めてください」
 ショーンは一旦事務所ビルを通り越して、ふたつ目のビルの角で車を降りた。
「じゃ、ありがとうございました」
 ドアを閉める前にナタリーに礼を言うと、「困ったらいつでも連絡をしてきてください」とナタリーは言ってくれた。
 ショーンは走り去るナタリーに手を振って、側に建っているビルを見上げた。
 裏口に陣取っている報道陣は、まだショーンの姿に気付いた気配はない。
 ショーンは報道陣の位置から完全に見ないそのビルの入口を入ると、非常階段を上がった。
 清掃会社やビルのメンテナンス会社が入っている複合型オフィスで、非常階段にはいつも人影はない。
 ショーンは三階まで駆け上がると、手すりの上によじ登り、隣のビルの出っ張ったテラスに向かってジャンプをする。
 隣のビルは古いアパートメントで、どこからかオルガンの音が聞こえてきている。
 ショーンが飛び降りたテラスもまたビルの外についている階段で、ショーンはドアから建物の中に入った。オルガンの音が大きくなる。
 ショーンは廊下を右手に進み、突き当たりの部屋をノックした。
 中から、「誰だい?」と老婆の声がする。
「おばあちゃん、俺だよ。ショーン」
 まるで孫が祖母のところに訪ねてきたかのような会話だった。
 すぐに木のドアが開いて、ショーンの身長の半分ぐらいのおばあちゃんが出てきた。
「そろそろ来るんじゃないかって思ってたんだよ」
 おばあちゃんは、ショーンの顔をしわくちゃの指で二、三度指さすと、ショーンを部屋の中に入れた。
 以前から、事務所の前が報道陣で囲まれる度に使っている秘密の抜け道だった。
 イアンや他のメンバーは好んで報道陣の中を突っ切って行くが、ショーンはそれがあまり好きではない。他のメンバーがいるならともかく、ひとりの時はこの抜け道をよく使っていた。
「お茶はどうだい?」
「ごめん、おばあちゃん。俺、時間なくて」
「そうかい、残念だね」
 ふたり並んでキッチンに向かって歩いて行く。
 キッチンに入ると、生ゴミを外に出す勝手口があって、そこがショーンの事務所ビルの非常階段に一番近いのだ。
「せめてクッキーだけでも持って行きな」
 焼きたての大きなチョコチップクッキーをおばあちゃんが差し出すので、ショーンはそれをバクッと銜えた。
 おばあちゃんは屈んできたショーンの頬を、両手で包む。
「昨日は私も夜のニュースでアンタの歌を聴いたよ。それはそれは素晴らしかった。神のご加護があるといいね」
 ショーンはクッキーを銜えたまま微笑んで、おばあちゃんの手が放れた自分の頬を指で二回ノックした。おばあちゃんが、もう、しょうがないね、と言わんばかりに手を前に振って、ショーンの頬にキスをする。
 ショーンは笑顔を浮かべた後、畏まって頭を下げ、勝手口の外に出た。
 ビルの隙間からは、通りでウロウロしている報道陣の姿は見える。まるでこちらには全く気が付いていない。
 ショーンはクッキーを銜えたまま、向かいの非常階段に向かって思い切ってジャンプをした。
 ドンッという音を報道陣が聞きつけて視線を上げても、既にショーンはビルの中に駆け込んだ後で、そこには何もなかった・・・。

 

please say that act.33 end.

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編集後記

本日ちょっと短かったですかね。
本日慌て気味の更新です。
今回の更新でお気に入りなシーンは、ショーンとおばあちゃんのやり取り。
こういうの結構好きです(笑)。
状況は厳しい。だからこそ、こういうほのぼのとしたシーンが必要だと思います。

さて、今度の日曜日から来週にかけていよいよ「祭り本番週間」に突入します。
なるだけメール等のレスポンスは遅れないように頑張ろうとは思いますが、国沢の体力・気力如何によっては、不可能になるかもしれません・・・。最初に謝っておきます。ごめんなさい。
次の土曜日の更新は、なるだけ定期更新にする予定ですが、今のところどうなるか不明です(大汗)。土曜日更新できなければ、日曜、月曜更新になる可能性もありです。あらかじめご了承いただければと思います。

[国沢]

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