irregular a.o.ロゴ

nothing to lose title

act.21

 羽柴は、ショーンのディバックをトランクに乗せながら振り返った。
「うん」
 ショーンは、洋服や雑貨の詰まったブティックの紙袋や布袋とギターケースをその隣に置く。
「長居している間に、随分荷物増えちゃってたんだ」
 トランクルームの中で山積みになっている荷物を眺めて、ショーンが溜息をつく。
 日本と違って羽柴は年末まで仕事がびっちり詰まっていたが、仕事が跳ねると毎日のように買い物に出かけたり、港の桟橋に来ていた巡回遊園地に行ったり、映画を見に行ったりしていたら、いろんなものが溜まっていった、というのが本当のところだ。
 ショーンにとっては、どれもこれも羽柴との思い出になるものばかりで、些細なチケット一枚も捨てることはできなかった。
「じゃ、行こうか。道案内、よろしく頼むよ」
 羽柴のその声で、車はショーンの実家に向けて出発した。
 今年最後の日である今日は、羽柴の会社も会社の休日と定めていた。羽柴の会社は世界各国から様々な人種の人間が雇われているので、彼らの里帰りのことを考慮にいれているのだろう。
 しかしショーンは、結局この日までに荷造りするのを怠って(ショーン自身そんな気分にはならなかったため)、今朝からノロノロとするうち、すっかり出発が遅れてしまった。もうおやつの時間は過ぎてしまっている。
 そんな中途半端な時間帯のせいか、ハイウェイはいつもよりずっと空いていた。
 12月31日にもなると、帰省ラッシュは当の昔に済んでしまっているのだろう。
 ショーンは、自分の町の距離が刻一刻と近づいてくる道路標識をもの悲しく見つめた。
 本当なら、二年ぶりにもなる帰省をもっと喜んでもいいはずなのに、そんな気分にはなれなかった。
 なんだか恐くて、隣の運転席に目をやることができない。
 口を開けば、羽柴の困るようなことを言い出しそうで、ショーンはずっと黙っていた。
 羽柴もそんなショーンに気を使ってだろうか。彼も多くは口を開かなかった。


 ショーンの生まれた町は、今も変わらずそこにあった。
 ニューイヤーズデイの飾り付けがされた商店街。茶けた芝生が所々剥げているグラウンド。小さな車輪の自転車を全速力で漕いでいる男の子。公園で縄跳びをしている女の子達。
「子ども、多いな」
 ふいにポツリと羽柴が呟いた。
「C市のベッドタウンだからね。町並みは古いけど、人口は今も減ってないと思うよ」
 ショーンも静かにそう答えた。
 自然と車の速度が落ちて、冬の寒い木枯らしが柔らかく車の窓を撫でて行った。
 夕焼けを彷彿とさせるオレンジ色の光が、葉を落とした街路樹の合間からキラキラと車内に反射してくる。
 ショーンは、はぁ・・・と息を吐きながら窓の外を熱心に眺めた。
 ショーンがこの町を離れていたのはたった二年だったが、既にこの町の空気と自分の間に隔たりがあるように思えてならなかった。
 二年前と同じ風景なのに、何だか特別な物のように見えた。
 ── やはり自分はどうかしちまったんだ。そうに決まってる。
 懐かしい風景を見て、喜ぶどころか思わず唇を噛みしめるような、何とも苦々しい気分になるなんて。
 この後ろめたい感情は、皆に『都落ち』したと思われる恐怖からくるものなのだろうか。それとも・・・。
 ネガティブな思いの連鎖を止めることができなくてショーンがコツンと窓に額を押しつけると、ふいに羽柴が車を止めた。
「?」
 ショーンが怪訝そうに運転席を振り返ると、羽柴がじっとショーンを見つめていた。穏やかな微笑みにも似た表情を浮かべて。
「素敵なところじゃないか。・・・それで? 君の町の案内をしてくれるんだろう? 君の思い出が沢山詰まったこの町の」
 ショーンは羽柴に言われたことに素直に驚いて・・・まるで羽柴はショーンの生まれ故郷に対する苦々しい思いを見通しているようだ・・・、やがて微笑みを浮かべた。
「いいよ。俺の町を案内してあげる」
 ショーンはそう言いながら、町と自分の間の垣根がなくなり、また繋がったような気分になれた。
「あそこの角の雑貨屋で子どもの頃よくお菓子を買ってたんだ。その前にあるペプシの自動販売機は、必ず足で蹴らないと商品が出てこなかった。それから、あそこのカエルの絵が描いてある看板が掛かっているクリーニング店。裏口から忍び込んでは、女性用の下着に触って友達同士で大騒ぎしたっけ・・・」
 羽柴を案内しながら、ショーンと町の距離はどんどん近づいていった。
 ショーンは、車の窓を少しだけ開けると、外から流れ込んでくる肌寒い空気を思い切り吸い込んだ。
 冷たかったが、優しく感じた。
 横からは、羽柴の穏やかな笑い声がしている。
「本当にやんちゃだったんだなぁ。その姿が目に浮かぶよ」
 まるでショーンを包み込むような、聴き心地のいい声。
 ショーンは羽柴の身体のどこでもいいから触れたいような気分に駆り立てられたが、何とかその感情を押し殺した。
 今はそれをしないほうがいい。それをすると、きっと自分はコウが困ることを言い出すに決まってる・・・。
 そう思って目を閉じ、そして次に目を開いたその時、何とも懐かしい光景が広がっていた。
「コウ・・・、車、止めて」
 ショーンが指さした先には、小さな公園があった、
 そこは公園と言っても、ただの草っぱらに小さくて錆び付いた遊具がぽつぽつと残っているだけのものだった。
 陽はもう暮れかけていたから、町に入った時にいた子ども達の姿も随分少なくなっている。
 羽柴は車を路肩に止めた。
「ここは?」
 羽柴がショーンの顔を覗き込むと、ショーンは懐かしげな表情を浮かべた。
「公園のあのドラム缶。あそこによく隠れてた」
 ショーンが指さした先にあったのは、青いペンキを塗られたドラム缶だった。あちらこちらが錆び付いたやつがいくつか無造作に並んでいる。
「へぇ・・・。確か、家出した時に隠れてたって場所?」
「そう」
「ふーん」
 思わず羽柴は微笑んでしまう。その時のショーンが、容易に想像できたからだ。
 さっきみたいに口を尖らせた幼いショーンが身を隠しているところに、彼の父親が夕ご飯を持って現れる・・・。
 ショーンが車から降りる。羽柴も続いた。
 羽柴も何だか急激にノスタルジックな気分になって、大きく息を吸い込んだ。その時代の空気の匂いを感じたような気がした。
 ショーンと連れだって公園に入って、ドラム缶の中を覗き込む。中には、子ども達が入れたと思われるオモチャやらお菓子の袋やらが放り込まれている。
 思わず二人で顔を見合わせて笑ってしまった。
「今だに籠城している子どもがいそうだな」
「ホント、そうだね」
 ショーンはそう言った後、ふいに微笑みを消した。
「・・・ここが俺の原点かもしれない」
 ショーンは、ドラム缶に背を凭れさせて、その場に腰を下ろした。羽柴も隣に腰を下ろす。
「この町にいた頃は、本当に純粋に音楽を好きでいられた。そりゃ高校生になるまでは、周りの目を気にして、自分がギターを死ぬほど好きだってことを黙ったけど、今よりはずっと素直に音楽への愛情を感じていれたんだ」
 ショーンが、夕刻迫る紫色の寒空を眺めつつ呟く。
「それなのに、今となっちゃ、その感覚すら失いかけてる。今スタジオでは、俺以外のギタリストが俺のフリしてギターを弾いて、その音が俺の音として全世界に発売される。いくら俺がそれを否定したって、勝手に進んでいくものなんだ。無力だよね・・・。たった二年間だけどさ。俺のしてきたことって、なんなんだろうって思っちゃって・・・」
「そんなことがあったのか」
 羽柴が囁くように言うと、ショーンは小さな笑みを浮かべた。
「それだけじゃないけどね。ま、いろいろと・・・。言い出したら切りがないよ。この二年間は、得るものが沢山あった。金、名声、普通では得られないような有名人の友人達・・・。その代わりに、自分の中の大切な何かを切り売りしてきた気分だ」
 ショーンはそんな自暴自棄なことを言いながら、手近に転がっていた鉄の棒で地面をザリザリと引っ掻いた。
 自分が信じてやってきた道を否定された気分なのだろう。そういう虚無感が非常に辛いことは羽柴にも分かっていた。けれど、そのせいで素敵なことや素晴らしいことがショーンの心の中から消えてなくなるのは余計に悲しい・・・。
 今のショーンには辛いかもしれないが、と思ったが、羽柴はこう言わずにおれなかった。「そんなに悲観するばかりでなくてもいいんじゃないか?」と。
「え?」
 ショーンが羽柴の方を向くと、羽柴は穏やかな声で続けた。
「君が得られたものの中で、一番素晴らしいものを忘れているよ」
 ショーンが眉を顰める。羽柴は、肩でショーンの身体を小突きながら、「世界中にいる君のファンだよ。多分君のことを一番純粋に、そして力強く愛してくれる人々。彼らは絶対に君の味方だし、君のことを理解してくれている」と言った。
 それを聞いたショーンは、一瞬顔をくしゃくしゃにした。
 そしてうっすらと涙を浮かべながら、両膝の間に顔を突っ込んだ。
「・・・そうだね・・・。そうだといいね・・・」
 羽柴はまたショーンの身体を小突く。
 俯いたままのショーンを何度か身体で小突くうち、ショーンはバランスを失って横に転げた。さすがのショーンも、おかしくなって笑い声を上げる。
「もう、やめてよ! その馬鹿力、何とかしてくれ!」
「やっと俺の力を認めてくれたか」
「ええ、ええ。アジア人がひ弱な民族だなんて、まったく、一体誰が言い出したんだろう」
 ショーンのその言い草に、ハハハと羽柴は笑って立ち上がり、ショーンの手を取って引き上げた。


 その家は、古いがとても雰囲気のいい家だった。
 玄関前の庭は狭いが手入れが行き届いていて、きっと春から夏にかけたら芝生が青々として素敵だろう。入口のドアは、きちんとニスの塗られた頑丈な木製のドアで、壁は白いペンキが塗られてある。
 決して裕福そうな家には見えなかったが、南部独特ののんびりとした二階建ての素朴な家といった風情だ。
 道路の側に杭で支えられているアルミのポストには『クーパー』と書かれてあった。
 家の前の路肩に車を止めた羽柴に、ショーンは言った。
「ロックスターの実家の割に地味だろ?」
 羽柴がショーンを見ると、ショーンはコミカルに肩を竦めてみせた。
「ダッドには家を建て替えようよって提案したんだけど、お前の稼いだ金を使う気はないって言って。見かけの割に、本当に頑固なんだ、うちのダッドは」
 ショーンはダッシュボードに寄りかかり家の様子を覗き込みながら微笑みを浮かべる。それは穏やかな微笑みだった。羽柴が見るに、町に入った直後の変な強ばりがなくなって、自然な笑顔が浮かんでいる。
「でもホント言うと、俺もここには変わってもらいたくないんだ。やっぱり記憶の中にある故郷の風景はいつ帰ってもそこにあってほしいもの」
 ショーンが微笑みを浮かべたまま呟く。
 ショーンの気持ちは、羽柴も分かるような気がした。
 羽柴の実家といえば福岡の伯父の料亭を思い起こすが、時代の波を受けて全面改装をした後に里帰りした時は、何だか物寂しいというか、複雑な気分になったものだ。
 車から降りると、家の右手奥に大きなガレージがあった。
 ガレージの外に赤いピックアップトラック一台とガレージの中に痛んだ車が二台並んでいる。
 ショーンは玄関に向かわず、真っ直ぐガレージに向かった。羽柴も後を追う。
「ダッド! アイムホーム!!」
 ショーンが大きな声でそう言うと、傷んだ車の合間からブロンドヘアがひょっこり覗いた。
「ショーン!!」
 彼はショーンの姿を確認すると、油汚れのこびり付いた顔に満面の笑みを浮かべた。
「やっぱり日が落ちるまで働いてた」
 もう外は真っ暗になってるよとショーンが口を尖らせると、彼は汚れた手をタオルで拭きつつガレージから出てきた。
「だって、新年早々車がないと皆困るじゃないか」
「まったく、ダッドらしいよ」
 ショーンは苦笑いを浮かべて、彼の父親を抱きしめた。
 父親と言っても、随分若い。
 身長はショーンよりやや低かったが、その身体つきは如何にもアメリカ人の逞しい青年といったところだ。(彼は青年と言っていいほど若々しい雰囲気だった)
 清潔に短く切り揃えられたブロンドの髪、蒼い大きな瞳、高い鼻梁。
 ショーンとは血が繋がっていないそうだが、彼もまたとてもハンサムだ。だが、本当の親子ではないと言っても、その素朴で人当たりの良さそうな雰囲気は、ショーンにも引き継がれているのかもしれない。その表情を見るだけで、彼の誠実さが窺えた。
 羽柴は、ショーンの父親の汚れた顔を見て、不思議なことにこう思っていた。
 ── どこかで会ったような気がするなぁ・・・と。
 そう思いながら抱き合って再会を喜ぶ二人の様子を見つめていると、ショーンの父親が羽柴に気が付いた。
「ショーン、彼は・・・?」
「送ってきてもらったんだ。俺が例の騒動を受けて休んでいる間中、ずっとお世話になってたんだよ」
「それは・・・!」
 彼は駆け足で羽柴の元まで来ると、「息子がお世話になりまして。何と感謝していいのか・・・」と右手を差し出した。彼はその手がまだオイルで汚れているのを見て、申し訳なさそうに「失礼」と手を引っ込めようとしたが、羽柴は迷わずその手を掴んで握手した。
「初めまして。コウゾウ・ハシバです」
「スコット・クーパーです。ようこそお越しくださいました。コーヒーでも煎れましょう。さ、中へどうぞ」
 スコットはガレージの勝手口から、ショーンと羽柴は玄関に回って家の中に入った。
 手と顔の汚れを綺麗に落としたスコットは、温かいコーヒーの入った魔法瓶ポットとマグカップをトレイにのせ、リビングに入ってきた。
 室内は、先程ショーンがつけたヒーターのお陰で上着を脱げるほどになっていた。
 古びたソファーとずっしりとしたローテーブルがあるリビングは、家の外観と同じように素朴だが穏やかな感じで落ち着ける。
「何か摘める物があればよかったんですが・・・」
 スコットは、恐縮しながらテーブルにトレイを置いた。
「いえ、十分です。ありがとう」
 羽柴がそう言うと、彼は目尻に皺を浮かべつつ「音楽業界の方ですか?」と訊いてきた。
 羽柴は思わず隣に座るショーンと顔を見合わせる。スコットの疑問にはショーンが答えた。
「実は違うんだ。彼は証券アナリストで、ニューヨークで偶然知り合ったんだ。休んでる間は、彼の家にずっと居候してたんだよ」
 スコットが目を見開く。
「お世話になってたって、そんな風に世話になってたのかい?! ああ、まったく本当に申し訳ない・・・」
 そう言うスコット見て、また羽柴は思った。
「ミスター・クーパー、どこかでお会いしてませんか?」
 羽柴が思ったことを口にすると、スコットは怪訝そうな顔をして見せた。
「え・・・? 多分、そんなことはないと・・・」
 アジア系の人間に会ったのなら印象に残っているだろうが、スコットにはまったく心当たりがないようだ。けれど羽柴には少なからず、彼の顔をどこかで見たような確かな感覚があった。その羽柴の脇腹を、ショーンのひじ鉄がドンと突っつく。
「ダッドがハンサムだからって、いきなり口説くのやめてよね」
 羽柴がショーンを見ると、如何にも不機嫌そうにショーンが唇を尖らせている。羽柴は思わず顔を赤らめた。
「別に俺は口説いてる訳じゃ・・・」
 ショーンを振り返った先に、ふいに壁に掛けられていたフォトフレームが目に付いた。
 スコットの若い頃の写真だ。
 アメフトのユニフォームを着て、チームメートと微笑んでいる写真。
 それを見て、羽柴はああ、と思った。
「そうか!」
 羽柴はスコットを振り返って叫んだ。
「90年のスーパーボウル! ヴァージニア・ワイルド・イーグルスの8番!」
 スコットは、いきなりそう叫ばれて心底驚いた顔つきをしていたが、羽柴に両手を掴まれて荒っぽく握手をされ、すぐに先程の羽柴のように顔を赤らめた。一方羽柴はすっかり興奮した様子で、両手で掴んだスコットの手を上下に振り回っている。
「いやぁ、こんなところであの時のクォーターバックに会えるとは思ってもみなかった! あの時のあなたのプレイは、今でも目に焼き付いてます。本当に凄かった・・・!!」
「・・・ど、どういうこと?」
 ショーンも呆気に取られて、戸惑いを隠せない様子だった。
 アメリカ人ならアメフトバカは至る所にいて、アメフトの一大祭典スーパーボールに一度でも出場した選手と会えて歓喜する・・・なんてことはよくあることだが、日本人でアメフトバカは珍しいはずだ。
 90年というと、羽柴も大学生の頃の筈だから、まだ日本にいたはずである。それなのに、この熱狂振りは・・・。
 羽柴は屈託のない笑顔をショーンに見せながら、ショーンの疑問に答えた。
「俺、大学時代にアメフトをやってたんだよ。もちろん、日本でだけど。その頃の俺達にとって、NFLは憧れ以上のものだった」
 その返事を聞いて、スコットも顔を明るくした。
「君も? それは凄い! ポジションはどこ?」
「ラインバッカーです」
 スコットは、羽柴の大柄な身体付きを見て頷いた。
「君ならさぞ優秀な選手だったんだろうな。想像がつくよ」
「いや、あなたのプレイに比べたら俺なんて・・・。膝のケガをおしてのあのランプレイ、本当に素晴らしかった。もちろん、パスも凄くて・・・」
 アメフト話に花を咲かせている二人を見て、ショーンは益々口を尖らせた。
 コウの亡くなった恋人ならともかく、自分の父親が恋のライバルになっちまうなんて、とんでもない!
 ショーンは羽柴とスコットの間に割り込むように身体を入れると、「ねぇ、あのおっさんは?」と不機嫌そうなままの声で訊いた。
「え? ああ、クリス?」
 スコットがはたと正気に戻ったように答える。
 スコットは自分の息子と彼を送ってきてくれたゲストの顔を交互に見つめながら、「クリスは劇場だよ。今日は高校生の子達に劇場を開放する日だからね」と続けた。
「ああ、そうか・・・。今日は31日だもんね」
 ショーンの表情から不機嫌さがなくなり、彼は数回瞬きをした。
 ショーンがこの町を出てからというもの、かの堅物だったクリス・カーターも少しは若者の才能発掘と育成に目覚めたらしい。自分が経営する劇場を月の終わりの日に学生ら開放するようになっていた。
 クリスの劇場は、町の小さな劇場の割に、著名な劇団の公演や誰もが知っている有名なアーティストのライブなどを行えている風変わりなところであった。どうやらそれは、クリスなりの人脈があって興行が成り立っているのだが、その人脈がどのようにしてできあがってきたのか知る者は、町に一人もいない。
 そんな特別な場所で、自分達がステージに立てるとなれば、高校生達は歓喜しない方がおかしい。バンドを組む者、役者や劇作家を目指す者などなど・・・。今となっては、町の外からも噂を聞きつけてやってくる子ども達もいる。
 客層も様々で、劇場を愛する町の人々の他にも、お忍びで来るプロデューサーや監督、演出家なども混じっていることがあり、ステージに上がる彼らにとって、ショーン・クーパーに続くサクセス・ストーリーを掴むチャンスの場となっているのだった。
「・・・クリスって、誰だい?」
 羽柴がショーンの背後から、覗き込むようにして訊ねてきた。
 スコットがぎょっとしてショーンを見る。
「何だ、ショーン。クリスのこと、彼に話してないのかい?」
 ショーンは肩を竦める。
「別に忘れてたって訳じゃないよ。彼の家に居る間、いろんなことがあり過ぎて、話す暇がなかったんだ」
 ショーンは、羽柴の方に向き直ると、一言端的にこう言った。
「クリスは、ダッドの恋人」
「ショーン!!」
 スコットが目を白黒させ、羽柴は先程のスコットのようにギョッとした顔つきをする。
 ショーンは自分の周りの大人達の慌て振りを見て、クスクスと笑う。
 そして立ち上がると、羽柴の腕を取った。
「クリスは、俺がデビューするきっかけを作ってくれた恩人なんだ。俺の心の師匠であり、一番の友人でもある。ぜひコウにも会わせたい人だよ。今から会いに行こう」
 そこで羽柴は、さっきのがショーンの冗談だと受け取ったらしい。
 羽柴もハハハと笑い声を上げると、立ち上がった。
「そんな凄い人なら、ぜひ会わなきゃな」
 スコットは、大きく溜息をついて彼らを見上げる。
「きっともうステージは始まる時間だ。始まったら、クリスも少し余裕が出る筈だから丁度いい。君達が帰ってくる間に、夕食を用意しておくよ」
「うん。行って来る」
 ショーンは自分と羽柴の上着をコート掛けから取ると、羽柴の手を引いて家を出て行く。
 スコットはそんな二人の様子を玄関まで出て見送りながら、浅い溜息をついた。
 彼が浮かべた表情は、何とも言えず複雑な表情だった・・・。

 

please say that act.21 end.

NEXT NOVEL MENU webclap

編集後記

一週間ぶりです!どうも!!国沢です!!←空元気
この一週間、フリーランスのさがというかなんというか・・・仕事ほとんどしてないっす(汗)。こういうところは本当に、会社員の時ではなかった辛さ・・・(汗)。来月、どうやって暮らそう(脂汗)。どうも国沢のいる業界は、春先から夏にかけて仕事が減るんです。年末は逆にいやというほど忙しい。まったくもって、平均的であってほしいっす、ホント。
ということで、余るほど時間があったので、プリセイをどんどこ書き進めることができました。嬉しいんだか悲しいんだか複雑な気分・・・。
今、丁度二ヶ月分ちょっと進んだかな?
そりゃぁもうえらいことになってますよ、奥さん!!
なんだこりゃ、懐かしのトレンディドラマかってんだ。東京ラブストーリーのBGMをかけてくれよってことになってます(笑)。カンチ出てきそう・・・(脂汗)。←でもこの頃の織田●二氏はあまり好きではない。それなら今ビールの宣伝に出てる佐●木ハンサムラクダ蔵●助の方がなんぼか好き。
でも、実際のところ、何となく筋書きを組んでいた国沢の思惑と違う方に進んでいっているのはどういうこった・・・(大汗)。
おめぇら、そんなにママのいうことがきけないのかい?
予定では、そんなに早く顔をあわせるはずじゃねぇんだぞ、こら。
この先どうしたらいいんだよぉ!!!(つまりはこういうこと)

ということで、構成を再編成しなおし。
もう・・・いっつもこうだよ・・・・(遠い目)。

[国沢]

小説等についての感想は、本編最後にあるWEB拍手ボタンからもどうぞ!

Copyright © 2002-2019 Syusei Kunisawa, All Rights Reserved.