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nothing to lose title

act.07

 遠くで波の音がする。
 真新しい畳の香り。潮の匂い。穏やかな風が頬を撫でる。
 湿り気がある熱い空気に軒先に黒い影をつける強い日差し。
 大きく開いた縁側の向こうに見える緑の庭には、白いハイビスカスに似た花が咲いている。
 こうして畳に直にねっころがっていると、とても気分がいい。
 こういうのを、何て言ったっけ・・・?
「ラクエン」
 不意に頭上で聞き心地のよい声がする。
「ラクエンって、漢字でどう書く?」
 声の主はそう言いながら、優しく自分の額を撫でている。
 ラクエン・・・? さて、どう書いたんだっけ・・・?
 そう疑問を感じている自分に、どうしてそんな簡単な事が解らないんだと疑問を感じ・・・・。


 「解熱剤打っておいたから、熱はすぐ冷めると思います。背中の傷もそれなりの手当をしておいたから化膿することもないでしょう」
 診察の後片づけをしながら、町医者はそう言った。
「すみません、先生。こんな夜遅くに、ありがとうございました」
 海が診察台の傍らから振り返ってそう言うと、町医者は答えた。
「当医院は、余所と違って夜が商売の時間なんです。この街は、夜遅くなるほどに患者が溢れ出てくる」
 海が不思議そうな顔をすると、銀縁眼鏡をかけたポーカーフェイスの医者は、少しだけシニカルに微笑んで見せた。
「大抵の医者はね、ニーズに敏感なんですよ。医者なんてものは、患者に群がるハイエナのようなものだ。そうでないと、歩けば病院にぶつかるようなこんなご時世に生き残っていけない。先生、先生と崇められるようなものではないのですよ。それより、君もそのままでは風邪を曳く。この廊下の奥を曲がったところにシャワー室があるから、そこで温まっていくといい。着替えは用意しておく」
 戸棚に消毒液を片付けながらそう言う医者に、海はまた感謝の言葉を言った。「すみません、先生」と。
 その無防備に他人を信頼する海の瞳に、町医者は少し困ったような苦笑を浮かべた。
「余り容易く人を信頼しないことです。私が君達に親切にするのは、その青年のポケットに入っていたメモを書いたのが私の弟であるからで、誰にでもそうだという訳ではないのだから」
 海は、改めて医者の姿格好を見つめた。
 確かに、背格好といい、落ちついた物腰といい、そのただ者ならぬ雰囲気は香倉を深く連想させた。
 医者というよりはインテリの学者か見ようによっては冷静沈着な弁護士にも見える。こんな街の外れにある古ぼけた木造二階建ての医院の主には到底見えない。
「君、確か小笠原さんと言ったね。そんなことでは、この街に騙されて身ぐるみ矧がされてしまうよ」
 不敵な笑みを浮かべてそう言う医者に、海は真っ直ぐ向かい合った。
「俺は、騙す方より騙される方が性に合ってるんですよ。それで身ぐるみ矧がされたって、文句は言えない。でも、そんな自分を恥ずかしいとは思わないし、それでこそ俺だって思うんです。── じゃ、シャワー借ります」
 海はそう言って診察室を出た。
 その後ろ姿を身ながら、医者は軽い溜息を洩らす。しかしその顔は朗らかに微笑んでいた。
 医者はデスクの上の電話を手元に引き寄せた。馴染みの電話番号を押す。
「── お忙しいところすみません。はい、そうです。香倉裕人はおりますか。はい。はい。・・・あ、もしもし? ああ。来た。おまけつきだ。彼についてはお前の取り越し苦労だ。私がカウンセリングする必要もない。そう。 ── ん? ああ、よく分かったな。そう、確かに小笠原と言っていた。ああ、ああ。小笠原くんがいれば大丈夫だろう。ん? いや、礼はいい。もらうものはしっかりともらう。請求書はそちらに送付するから。じゃ、早々によろしく」
 医者は受話器を置いた。


 ── はっ・・・・。あぁ・・・。あっ・・・。
 海が喘いでいる。目尻を赤く染めながら、海は寄せては引いていく快感に顔を歪ませている。
 尋は、海の身体という身体に舌を這わせ、その隅々まで海を味わい尽くした。
 海が高く腰を突き出す。
 その内股に手を滑らせると、甘く掠れた声を上げた。
 いつもの海からは到底想像ができないほど淫らに濡れた海がそこにいた。
 尋は見境もなく、そんな海にむしゃぶりつく。
 飢えた獣のように、海を吸い付くした。
 海の両手が、尋の髪の毛を鷲掴みにする。しかしそれ程までに髪をひっ掴まれても、不思議と痛みは感じなかった。
 ── ああ・・・、尋・・・、尋・・・。頭が、ヘンになる・・・。
 海が悲鳴を上げる。
 まるで海底に沈むベッドでその声を聞いているようだった。
 尋は、海の“後ろ”に手を這わせる。
 海の身体が大きく跳ねた。
 目尻に涙すら浮かべ、海は一層乱れる。
 空をさまよう海の手を捕らえ、その手に海自身を握り込ませながら、尋は海のアヌスをほぐした。
 海を喘がせた指を引き抜き、尋が自分のモノをそこに押しつけた瞬間、自分に背を向けていた海が振り返った。
 光も何もない真っ黒な瞳が尋を見つめ、一言こう言う。
「早く挿れてよ、峰石先生」


 尋はカッと目を覚ました。
 朝の清々しい光が、古びた板張りの天井を照らしている。
 視線を巡らすと、病院特有の青い衝立やら白いベッドやらが並んでおり、自分が病室に寝かされていることを知った。
 夢の名残のせいか、股間が固くひきつっている。しかし、額には脂汗が浮かんでいた。
 ── なんてことだ・・・・。
 尋は、乾いた唇を何度も舐めた。
 ふいに側で誰かの寝息が聞こえ、尋は顔を横に向けた。
 ギョッとする。
 慌てて身体を引いた拍子に、ベッドから転がり落ちた。
 尋はその痛みに構うことなく、そろそろとベッドの上を覗き込んだ。
 海が、枕元に頭を埋めるようにして眠っている。
 恐らく、ずっと一晩中尋の側にいたのだろう。規則的な寝息をたてる彼の顔には、疲れが見て取れた。
 さっきまで感じていた罪悪感は、海のその顔を見て更に募る。
 しかしそれに反して、股間のモノはどんどん熱くなっていった。
 一瞬、眠ってる海をベッドに引き上げて、その清潔なシャツを引きちぎりたい衝動に駆られ、尋は後ずさった。
 黒のスラックス越し、ひきつった股間が見える。
 尋は顔を真っ赤に赤面させて、側にあった白衣をシャツの上から引っかけた。その前を両手で併せ、逃げるようにして病院を出る。
 海には悪いと思ったが、このまま海の側にいるのは危険だった。
 ── 自分は、海の優しさをはき違えている・・・。
 滴る汗を拭った。
 すれ違う人たちがジロジロと自分を見ているような気がした。
 尋は、自分のジャケットの内ポケットを乱暴に探って携帯電話を取り出した。その画面を見て、チッと舌打ちをする。例のごとく、電池が切れていた。
 尋は周囲を見回し、朝早くから開いている携帯電話店に飛び込むと、フリーの充電器に端末を繋いだ。ある程度充電されるまで暫く待たされて尋は、イライラとしつつも何とか電源を入れ、画面をタップした。
 連絡帳から馴染みの名前を選び出して、電話をかける。
『 ── もしもし?!』
 電話は、ツーコールにもならないうちに繋がった。
「まりあか」
『尋クン?!』
 まりあの声が弾んだ。
『ちょっと、どうしたの? 珍しい、尋クンからかけてきてくれるなんて!』
「会いたい。今すぐ」
『・・・ホント?! うん! すぐ行く。どんなことしても行くわ。どこに行けばいいの?』
 尋は少し迷った。
 ここら辺のホテルで手早く済ませたかったが、いつ海に出くわすか分からない。それだけは何としても避けたかった。
「 ── 俺の・・・。俺の部屋に来てくれ」
 尋がそう言うと、一瞬受話器の向こうで沈黙が流れた。
『尋クンどうしたの? 何かあったの?』
「何でもない。会ってくれないのか? 会ってくれないのなら・・・」
『待って! すぐ行くから! 住所教えて』
 まりあの縋り付くような声が聞こえ、尋が息も絶え絶えに住所を告げると、弱々しく電話を切った。
 自分は悪魔だと思った。

 

神様の住む国 act.07 end.

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編集後記

ちょっと今回やばいっすよね(大汗)。でも、あそこをはしょるとちょっとインパクトがなくなっちゃうんで、どうにもこうにも削れませんでした(ざぼ~ん)。ちょっとビクビクしつつ(なんせ、小心者)。

[国沢]

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