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nothing to lose title

act.05

 空は、真っ白い雲がぽっかりと浮かぶ青空。
 波は少し高い。
 シーズン前の砂浜は、当然のように誰もいなかった。
「よく来るんだよ。ここら辺の浜辺。近所の悪ガキどもとさ」
「近所の?」
「おお。小学生だけどな。4、5人いるんだよ。やかましいガキどもがさ。そんで、砂浜にゴジラ描いたりとか、お城作ったりとか、でけぇ落とし穴掘ったりとかして遊んでんの。いつも」
 その時の様子は、容易に想像できる。
 どうせこの男のことだ。まるでガキ大将のように率先して暴れ回ってるのだろう。
「結構おもしろいぜ。子どもと遊ぶの。まぁ、マセてっけどな。やつら」
 尋の前に回って後ろ向きに歩く海。尋は海に突っ込みを入れる。
「やつらがマセてんじゃなくて、あんたがガキなんでしょ。ただ単に」
 尋の台詞を聞いた途端、むっと眉を寄せる海。
「失礼なやつ。お前こそねぇ、もっと自然と親しむ広い心を育みなさいよ。スポーツクラブのプールなんかで適当に水濁してねぇでさ。そんなんじゃその内、息の仕方も忘れちまうんじゃないの?」
 イヤミったらしく顔を歪め、キンキンした嫌な声で言う海。その顔つきに尋は顔を歪めながらも、こいつもなかなかうまいことを言うなと内心感心した。
 『息の仕方も忘れる』・・・か。
 尋がその言葉を反すうしたその途端。
 ずぼ。
 突然、尋の目の前から海の姿が消えた。
 もうもうと立つ砂埃の中、尋が驚いて辺りを見回すと、尋の足下に砂だらけの海の頭と両腕が砂から突き出ていた。
「おい、何だ。どうしたんだよ」
 尋が動揺を隠せずに上擦った声で訊くと、砂にまみれて真っ白な顔をした海が、尋を見上げボソリと答える。
「先月掘った穴にはまった」
 その海の台詞にキョトンとする尋。その尋を気まずい顔つきで見つめる海。
「なに、あんた。落とし穴にはまったの?」
 尋の素朴な問いに、声もなくただ頷く海。
「しかも、それ、自分で掘った穴?」
 またまた声もなくただ頷く海。その瞳は僅かながら潤んでいるようにも見える。
 その羞恥に赤く染まる海の顔つきを見て突然、霧が晴れるように事を理解した尋が、声を上げて大笑いし始めた。
「あんた、つくづくバカにできてるな!」
 尋は、よじれそうな腹を抱えながら、笑いに笑う。
 海は真っ赤に赤面させた顔も俯き加減に、ぼそぼそと悪態をついている。
「うるせぇ。人の失敗笑うやつにろくな人間いやしないぞ」
 やや涙声なのが情けない。
「ああ~、笑った、笑った。こんなに笑ったの久しぶり」
 尋は、肩で大きく息をしながら、目尻に浮かぶ涙を拭う。
「ほら、引っ張ってやるから手、かしなよ」
 尋は、さっきの余韻が残る柔らかな笑顔を浮かべつつ、俯いている海に手を差し出す。
 顔を上げた海は、赤い顔もそのままに、一瞬魂が抜け出たような気の抜けた表情をした。
 そのまま、二人の間に今までにないような妙な間が空く。
「何ぼーとしてるんだよ。ほら、早く手をかせって」
 訝しげに尋が小首を傾げる。
「何だよ。いつまでそこに埋まってる気だ」
 尋がそう急かしても、海は一向に尋の手を取る様子はなく、逆に砂の上で握り拳を固めてしまった。
「── いい、自分で上がる」
 急に尋から視線を外し、拗ねた子どものように口を尖らせる海に、尋は眉間に皺を寄せた。
「ああ? 何言ってんだよ。俺が引っ張った方が簡単だろ?」
「いいって。自分で上がるって」
 変にムキになる海のことがまったく理解できない尋は、一時砂に埋もれてる海を上から見下ろして、海に差し出した右手を降ろした。
「お前、何ゴネてんの?」
 怒っているというよりは、何だか狐につままれたような表情の尋が、頭の回りにたくさんの疑問符を飛び回しながら、訊く。
「別にゴネてなんかねぇよ」
 海は、ぶつぶつと砂に向かってそう呟きながら、結局自分で穴から這い上がった。
 砂まみれの身体を叩いて砂を落とす海。
 尋は、頭に付いた砂を払い落としてやろうと、砂まみれの海の髪に触れた。
 その途端。
 明らかに身体をビクリとさせて、海は顔を上げた。まだどこか恥ずかしさが残るのか、頬をピンクに染めた顔で尋を見上げてくる。
 尋の方こそ、その反応に驚いてドキドキしてしまった。
「お、俺、何か飲むもの買ってくる。口の中、砂でイガイガだし」
 海に触れようとした格好のまま硬直している尋に海はそう言って、さっさと尋をおいて砂浜を駆け登って行った。
「何だ・・・? アイツ」
 海の走り去った方向を見つめ、尋は呟いた。


 海は、海岸沿いにある酒屋のまえの自動販売機まで来ると、ポケットの小銭を探った。
 自分にはジュース、尋用にビールを買おうと、コインを投入口から入れようとしたが、病気のように手がブルブルと震えていて、思わずコインを落としてしまう。慌ててコインを拾い上げたが、その手がまだ震えているのを見て、海は自動販売機に自分の額をぶつけた。そのまま、額を擦り付ける。
「・・・・あ~・・・。マズイぜ・・・俺」
 自動販売機に映る自分の影が、まだ真っ赤に赤面しているような気がして、海は溜息をついた。
 海は、完全にやられていた。辻村尋という男に。
 対人恐怖症で不愛想の塊と思っていた尋が見せた、ふいの笑顔。
 尋の吸い込まれそうな瞳と同じく、魂が吸い取られていきそうなほどきれいな笑顔だった。
 それはいつもの尋が浮かべる冷たい、時には諦めに似た苦笑とは全く違う。
 海がその尋に思わず見とれてしまったのは、迂闊だった。
 まったく予想外の出来事だった。
 海もここしばらく一緒に出かけることで、辻村尋の美しさや格好よさには慣れてきたつもりだったが、さっきの笑顔は不意打ちだった。
 ──まだバクバクいってやがる・・・。
 海は自動販売機にもたれ掛かったまま、心臓あたりを右手で押さえ込む。


 「お~い、お待たせ~」
 砂浜の丘の向こうから海の声が聞こえる。
 波打ち際に腰を下ろし、久しぶりの潮風に吹かれていた尋は、後ろを振り返った。
「ほい。ビール」
 息を切らせながら走ってきた海が、冷たい缶ビールを尋に手渡す。尋の隣に座って自分のジュース缶を開ける海は、いつもの海だった。多少尋に遠慮しているのか、やけに距離をおいて座っていたが。
 ── さっきの反応は何だったんだよ・・・一体。
 正直、どこか怪我でもしたのかなと海のことを心配した自分がバカみたいで、尋は憮然とした表情のままビールの缶を開けた。その途端。
「うわっ!」
 ビールの泡がいきおいよく弾け、尋は思わず缶を放り投げる。缶は鈍い音をさせて砂に刺さった後も、まだしつこく中身を噴射させていた。
 ビールが滴る前髪もそのままに、尋は黙りこくったまま、ゆっくりと海を睨んだ。海は尋の顔を指さして、クックッと笑っている。その顔は今にも盛大に吹き出しそうだ。
「さっき笑いやがった仕返し」
「・・・・・」
 尋は、すっくと立ち上がって、黒のジャケットを脱ぎ捨てると、海の白いシャツの首根っこを掴んで波打ち際に向かって歩き出した。
「ちょっ、ちょっと!」
 締まる襟元に両手を入れてじたばたする海を、有無を言わせぬ力で引きずりながら、尋は恐ろしくドスの効いた声で呪文のように同じ言葉を繰り返した。
「もうアッタマきた。ぜってー許せねぇ」
 足に波が軽くかかるところまで来ると、尋は暴れる海の身体を無理矢理抱え上げ、そのまま波間に海を放り込む。
 「うぎゃぁ!」とあられもない悲鳴を上げ、完全に波に呑まれた海は、ずぶ濡れになった身体を起こし、一言呟いた。
「さっ・・・・さみぃ」
「人が心配してたのを無碍に扱った罰だ」
「何だよぉ。軽い冗談だろぉ」
 クシャンと鼻を鳴らしながら、立ち上がる海。
 真っ白いシャツがぺったりと海の身体にくっつき、その下に透けた素肌が陽に照らされキラリと光った。尋は、本当ならそこに透けて見える筈の胸の突起が右側にないことに気が付き、視線が釘づけになる。海は波間から上がりながら、そんな尋に視線に気づき、照れくさそうに笑った。
「ないんだ。片方」
 右側の胸板をさすり、海が屈託のない声で言う。尋は完全に硬直して、そこから視線を外せなかった。
 海はなんの躊躇いも見せずシャツを脱ぎ去ると、雑巾のようにそれを絞った。そしてその傷を尋によく見えるようにした。
「昔、死にかけるほど酷い火傷してさ。皮膚移植したんだよ。そしたらなくなっちまった」
 気まずそうな尋の顔を見て、アハハと高笑いする海。
「なんて顔してんだよ。別に俺は気にしてないんだから。女じゃあるまいし、別に必要ねぇだろ、男には。──ま、このせいでこっぴどく女に振られたこともあるけどね・・・」
 苦い思い出でも過ぎったのか、海の笑い声は尻窄みに終わった。
 尋は黙って身を翻すと、砂浜に落ちている黒のジャケットを拾い上げ、それを海の身体に覆い被せた。
「着ろよ。シャツ乾くまで裸じゃ寒いだろ。まだ」
 そのぶっきらぼうな尋の言い方の中に、尋の謝罪の言葉が聞こえたような気がして、海は静かに微笑みを浮かべる。
「サンキュ」
 海の身体には少し大きめのジャケットは、ほんのりとビールの芳ばしい香りがした。


 パチパチと音を立てて流木が燃える。からからに乾いた流木は、小気味よく燃えた。
 細長い木の先に濡れたシャツを引っかけて、それを焚き火に翳しながら、海は「スタンド・バイ・ミーみたいだな。枝に刺したマシュマロ焼いてるシーンあったろ?」と言ってはしゃいだ。
 さっき二人で新しく買いに行ったビールに口をつけながら、尋は目を細めて海を見つめた。
 本当に海は、屈託なく笑う。
 今まで海は海なりに辛い思いをしてきたのだろうが、そんなこと微塵も感じさせない強さが彼にはある。
 海の絵が、どうしてあんなに包容感に満ち溢れているのかが解ったような気がして、尋は胸の奥がズキリとした。
 どれほどの苦しみが、彼を襲ってきたのか。彼はどうやって、それを乗り越えてきたのか。
 さっき見た生々しい皮膚移植の跡を思い出し、急に海が健気に思えてきて、尋は唇を噛みしめた。
 ふいに自分みたいな人間が、汚れなく真っ直ぐ生きている海のような人間の隣に座っているのが酷く罰当たりのような気がして、ズキズキと尋の心臓は痛んだ。
 貢と同じ顔をした海。だが、決して貢ではない海。
 時々、海に貢の面影を重ねている自分を感じ、尋の罪悪感は更に募る。
 海と知り合ってから一ヶ月。あんなにしつこく電話をかけられたとはいえ、本気で行きたくなかったらいくらでも拒むことはできたのに、それをしなかった自分。まりあが一緒に来たそうな顔をしても誘わなかった自分。
 尋は、気が付いた。── いや、もうずっと前から気づいていたのだ。海のクルクルと変わる豊かで温かい表情を見るにつけ、心のどこかがホッと安堵していたことに。海と過ごす一時は、まだ何も汚れを知らなかった、あの事件以前の自分を取り戻せた甘い時間だったということに。
 ── なんて瞳で、俺は今、コイツを見つめていた?
 薪に照らされる海の横顔から慌てて視線を逸らし、尋は右手で口を被った。
 尋をまた、あの嫌な感覚が襲いつつあった。
 深い深い自己嫌悪
 ── 自分は、貢と同じ顔をしている海が幸せそうに暮らしているのを見て、自分が許されているような気分になってた・・・!
 背筋がゾクリとした。
 こんな気持ちのまま、海とは一緒にいられない。自分は、親友を死に追いやったことのある、恐ろしい人間なのだ。── そう思い至った尋が言った言葉。
「もうやめようぜ。お友達ごっこは」
 その言葉に、海がゆっくりと尋の方に顔を向ける。
 尋は海の視線を横顔に感じながら、俯いた。
 今の海がどんな表情を浮かべているかは容易に想像できた。きっと、酷く傷ついた子犬のような顔をしてるに違いない。そのことが、余計に尋にプレッシャーを掛けた。
「アンタが不愛想な俺をなんとかしようと躍起になってるのは分かってる。そんな俺を悲しんでくれてることも知ってる。だけど、俺はアンタが心を痛めるほどご大層な人間じゃない。俺は・・・、人殺しだから」
 海が隣で危うくシャツを火の中に落としそうになるのを視界の隅で感じながらも、いやに淡々としている自分に尋は戸惑っていた。ひょっとしたら“ヤバく”なる前の静けさなのかもしれなかった。
「人殺しって・・・それどういうことだよ・・・」
 海の声が震えてるのが分かる。その声は怯えというよりは純粋に驚きからくるもののようだった。
 尋は海に横顔を見せたまま、苦笑する。
「直接ヤッた訳じゃない。そいつが死んだことで俺は誰からも責められたことはない」
 ── ただし、自分を除いて。
 尋は頭の中でそう呟いた。だが、海がそれを知る筈もない。
「なら、どうしてそんなことを・・・」
 まったくらしくない、か細い声を出す海に、尋は何もかもブチ撒けた。
 貢のこと、貢と峰石のこと。そしてもちろん、貢と自分のことも。
 事故のことも話した。 結局最後まで原因究明はされなかったが、あれは家族ぐるみの自殺だったに違いないということまで。
 その結果、自分は死んだように生きていること。自分も後追いをしようとして、それをする勇気がなかったこと。今は半分売春のようなことをしていて、時折男とも身体を重ねることがあること。それが全部金の為で、その金でいかに自分が汚れているかということ。とにかく、海が貢にうりふたつだということ以外(これはどうしても言うことができなかった)は殆ど全て。
 尋は、どれほど自分が海の描く絵の中の住人になるのに適してないか、ましてや一緒に気持ちのいい空気を吸うことが許されない人間かということを何度も何度も説明した。気持ちはもはや精神的にマゾヒスティックで、自分を自分自身の言葉で痛めつけるのは正直心地よかった。
 今、尋の心の目には、列車の眩いライトが浮かんでいた。
 八年前のあの日の尋は、線路の上を歩いている。
 長い長い線路。
 一番大切なものを地獄に蹴落として、到底そのまま生き続けることが許せず、ひたすら死ぬタイミングを探して歩きつづけた。
 けれど。
  飛び込むチャンスはいっぱいあったのに、尋はとうとう飛び込むことができなかった。
 警笛を鳴らされる度、身体が勝手に動いて、線路から降りてしまう。バカみたいにそればかり繰り返して、気づけば朝になっていた。
  警察に保護されて、叱られて。
  貢を死に追いやったことも辛かったが、その貢が、結局は自分の姿かたちだけを気に入って好きになっただけなんだと思うことも辛かった。 「裏切られた」という思いで、貢を恨みさえした。そんな自分が更に許せなくて。
  ── けれど今となっては、その気持ちも変りつつある・・・。
「結局、裏切ったのは俺の方なんだ。アイツを死に追いやったばかりか、アイツが死んだのは俺のせいだということを今の今まで誰にも告白しなかった。今まで、誰にも・・・。そして俺はウソをついた。言い訳をした。だから俺は、誰にも責められることがなかった。そのまま嘘をつき通して、今までこうして生き残ってる」
  無様にも、ガタガタと手が震えていた。無意識のうちに、身体が悲鳴を上げている。
「八年かかっても俺は、未だに罪と向き合うことができない。生まれてこなけりゃよかったのは、この俺の方だった」
  海が自分の横顔を食い入るように見つめているのが分かった。尋はその瞳と目を合わす事ができなかった。自分が酷く汚れた存在であることを再認識して、海を見るとその視線だけで誡が汚れてしまうような気がしてならなかった。
「──・・・だから・・・。アンタは俺とこうしているべきじゃない。俺はアンタに優しくされる謂れもないし、アンタの絵のモデルをやる資格はない。ちっともきれいなんかじゃないし、一緒にいれば、アンタが汚れていくだけだ・・・」
「お前それ、本気で言ってんのか」
 海の地を這うような声の後、空き缶が投げつけられた。缶は尋の肩に当たって、乾いた音をたてて転がった。
 尋が驚いて顔を上げると、 薪の炎が映り込んだ瞳に出会った。
 尋はそのものすごい海の形相に、背筋が薄ら寒くなる。
 下唇を噛みしめた海は、空き缶を投げつけただけでは飽きたらず、平手で尋の頭を叩いた。両の手で思いきり何度も何度も叩いてくる。
「スゲェ腹立つ、コイツ。メチャクチャ腹立つ」
 低い声で何度も呟きながら、ムキになったように尋を叩き続ける海。
 最後は、尋が飲みかけのビールを掴んで、尋の頭に振りかけた。その缶を、砂に叩き捨てる。胸返るような酒の臭いに、尋は深く咳込んだ。
「アッタマきた! 何が死にたいだ。何が生まれてこなけりゃよかっただ。さっきから聞いてりゃ、くだらないことグダグダ並べやがって」
 海が、肩で息をしながら一気にまくし立てる。
「くだらないこと・・・くだらないことだって・・・? お前、俺が今までどんな気持ちで・・・」
 尋は、ビールが滴る前髪越し、信じられないものを見るかのように海を見た。こんなことを尋に言い放つ人間は、海が初めてだった。
 今までは、誰もがまるで壊れ物を扱うかのように尋に接してきた。誰も、尋のささくれた心を逆撫でするようなことは言わなかった。それなのに。
「ああ、くだんないね。そんなに自分のことをどうしようもない人間にしたいのか。そうするのが楽しいか。そうやって言やぁ俺が同情してくれると思ったか。お前のダメなところはただひとつ。いっつも素直じゃないんだよ!」
 何がくだらないというのだろう。この八年間というもの、尋が悩みに悩み続けたことを捕まえて「くだらない」なんて。
「お前には解らねぇ! ただ真っ直ぐ生きてきたお前なんかにはなぁ!」
 尋が海を指さし、そう吐き捨てるように怒鳴ると、海は猛然と尋に掴み掛かってきた。
「そんなに自分いじめて何が楽しい?! 寂しい目ぇしやがって、悲しい目ぇしやがって、死んだように生きるのが望みだって?! お前、本気でバカなんじゃねぇのか?!」
 そう怒鳴られ、胸ぐらを捕まれたまま顔を殴られる。ふいに血の味がして、尋は口の中が切れたのが分かった。口に溜まった血を、自分に覆い被さっている海の顔に吐きつける。
「余計なお世話だ! 俺がどう思って生きようと、お前なんかには関係ねぇ!!」
 尋はそう叫んで海の腹部を蹴り上げる。海が低いうめき声を上げてその場に蹲った。
「善人ヅラして気安く俺の心かき乱しやがって! そうされることが、俺にとってどんなに・・・!!」
 尋はそこで絶句する。
 その先の言葉が出てこなかった。
 海が痛みに歪む顔を上げる。
 そこに尋のどんな表情を見つけたのか、一瞬痛みを忘れた顔をして、食い入るように尋の顔を見上げてきた。
 尋の身体がガタガタと震える。
 自分の身体を支配している感情が一体何であるか、尋には全く思いつかなかった。
 尋は震える手で口から僅かに溢れてくる血を拭い、自分を一心に見つめてくる海の目を遮るようにして砂を蹴り掛けた。
 海の大きな濁りのない瞳が恐ろしかった。
 両目の痛みに思わず顔を覆う海に「もう電話かけてくんな」と捨て台詞を吐いて尋は、まるで逃げるようにしてその場から走り去った。

 

神様の住む国 act.05 end.

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編集後記

すみませ~ん!水曜アップするって言っといて、木曜になっちゃいました。
次回こそは、なるだけ水曜にアップします・・・。相変わらずくら~い感じで進んでますが、ひとつよろしく。

[国沢]

小説等についての感想は、本編最後にあるWEB拍手ボタンからもどうぞ!

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