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act.02

 <筒井雄大、決死の実況中継>


 実を言うと、吹奏楽部と軽音部は犬猿の仲と有名だった。
 やることが派手な真司達のバンドは、吹奏楽部の幹部連中に特に眼の敵にされていて、その陰湿なイヤミ攻撃に、万喜子や彰でさえ閉口しているほどであった。
 できることなら、吹奏楽部の部室である北校舎三階フロアにはお近づきにはなりたくない。これが万喜子や彰の本心である。
 しかし、今回ばかりはそうも言っていられない。なんてったって、バンドの存続とメンツがかかっている。さぁ、誰が小泉君をゲットしてくる・・・? という談になって、結局その大役を仰せつかったのは、吹奏楽部の女帝連中のイヤミ攻撃にもビクリともしない真司だった。
 しかし皆、不屈のギタリストの押しの強さと絶対的な威圧感には厚い信頼を寄せていたが、彼の話法並びに平和的勧誘には、ミジンコほどの期待もかけてはいなかった。
 例えば、こういう面倒で危険を伴う仕事の場合、かり出されてくるのは大抵筒井雄大だ。現にスカウト本番の今日だって、他の連中は、今日彼氏とデートだしぃ?とか、注文してたマックが今日届くんだとか、明日英訳があたっちゃうんだよねぇ?とか、呆れるほどのご託を並べてとっとと軽音部の部室からとんずらこいていった。
 雄大は、心の中でこう断言する。健ちゃんの明日の英語問題が解らなくなります指数は、予習した時間に比例する! と。
 しかし、「うまくいかなかったら、お仕置きだからね」と無責任に釘を刺されてしまった手前、雄大としては何とかせねばなるまい。
 何でいっつも、僕なわけぇ?と泣き言を言っても仕方がない。真司と二人して、魔の北校舎三階フロアに足を踏み入れた今となっては。
 学内でも最大規模の勢力を持つ吹奏学部の連中が占拠する北校舎三階フロアに、軽音部きっての問題児二人が足を踏み入れた途端、それまで平穏に楽器の音が響いていた北校舎三階フロアが、異様などよめきに包まれた。
 変に殺気だったその雰囲気にビビりまくる雄大とは違って、全くいつも通りの様子の真司は、ゆったりとした足どりで廊下突き当たりの音楽室まで進んだ。その道中、まるでモーゼの十戒のように、人々が両脇に別れていく。
 廊下の異変に気がついたのか、音楽室から吹奏学部の部長・石崎政恵が出てくる。
「軽音のゴクツブシが何の用?」
 銀縁眼鏡奥の松葉のような二つの眼が、射るように真司と雄大を見つめる。ヒッと小さい悲鳴を上げた雄大は、真司の身体の後ろに隠れるように身を竦ませた。
 しかし真司は、石崎女史の氷のような視線を浴びても、少しも揺るがない。多少鈍感なのかもしれない。
「小泉とか言う奴を呼んでくれ」
 真司の一言に、廊下中が、ザワッとどよめいた。
「ちょっと、なによ! その口のきき方!」
 石崎の隣でフルートを握りしめている女生徒が、金切り声を上げた。石崎女史が、それを手で制する。
「小泉君になんの用?」
「あんたにそれを説明する必要はない。俺は小泉に話があるだけだ」
「何様のつもり? 小泉君が会うとでも思ってるの? 彼は繊細な人よ。あんたみたいな頭の足りない就職コースの野蛮人なんかに会わせたくないわ。会って話すことなんかこれっぽっちもないの。だって住む世界が違うんだから」
 雄大は、進学コースの人間だったが、石崎女史のこの言い草にはカチンときた。
 全く、なんてことを言うんだろう! 真司はいたって穏やかに、暴れることなく話をしてるだけなのに、そんな言い方ってあるんだろうか。
 中学時代、登校拒否を繰り返していた日々を真司に救われてからというもの、真司を殿と慕う雄大としては、こんなことを言われて黙っている訳にはいかなかった。ここはひとつ、ひ弱な心をめいいっぱい奮い立たせて、イヤミのひとつもぶちかましてやろうと雄大が口を開こうとした瞬間。
 ガラリ。
 石崎女史の後ろで、音楽室の引き戸が開いた。
 開いた扉の向こうから出てきた人物の容姿に、雄大は開きかけの口を閉じることなく、「ほへぁ?」と意味不明の感嘆語を発する。
 今まで険悪だったその場の雰囲気が、彼の登場でガラリと変わる。
「俺に何か用?」
 美少年にあるまじきワイルドな口調で、小泉芳はそう言ってきた。
 美的感覚の薄い雄大でさえも、こうして本人を目の当たりにすると見とれてしまう。
 鳶色の大きな瞳。天然栗毛の柔らかそうな猫っ毛。肌も、ルネッサンス絵画に出てくる天使のようにきれいなミルク色。姫の言った通り、白馬の王子を地でいくような端正な顔立ちは、確かにあのペラペラ・プレイボーイ和田の横っつらを張るほどの完璧さだ。だがしかし、難攻不落の吹奏学部のプリンスをバンドに引き入れようだなんて、万喜子姫はかなり大胆。よく軽々しく言ったものだ。
「何か用があって来たんだろ?」
 かの小泉は、再度そう言って、真っ直ぐ真司を見つめ返した。これには雄大も感心する。
(うわぁー、彼って凄く勇気ある。うちのバンドメンバー以外で、殿の一瞥に対抗できた人って、そうそういないもんねぇ?)
 真司としては、初めて見たぞ、こんな生物とばかりに小泉を観察すると、一言言った。
「お前をスカウトしにきた。こんなトコ辞めて、俺んトコのバンドでヴォーカルやれ」
 キィー! 小姑連中の叫び声が、超音波の域に達した。小泉も、真司のこのセリフには驚いた様子。
「はっ・・・。何の冗談かと思えば・・・」
「冗談じゃねぇ。この顔見たら解るだろ」
(えー、えー、そりゃそうでしょうよ。いっつもシャレになんなくなるんだよな、殿の場合)
 雄大が、真司の後ろで溜息をつく。
 当の小泉と言えば、少し戸惑ったように、瞳を伏せた。薄い色の長い睫毛が、頬に淡い影を落とす。
(うっわー! 男の僕でも見とれちゃうし!)
 雄大はなぜか大フィーバー。しかし、小泉にはそんな雄大なんぞに構っている余裕はもうない。彼は彼なりに、かなり動揺しているようであった。
「突然そんなこと言われても困る。迷惑だよ、はっきり言って・・・」
「そうか」
 小泉の声を遮った真司の口調には、不機嫌さはみられなかった。寧ろ、何か妙に明るくて・・・?
「元々俺もダメだと思ってたんだ。ま、お前どうやら万喜子が言った通りの男だし」
(おいおい、殿! そんなに早く切り上げちゃうんですかい?)
 今まで小泉の美貌に見とれていた雄大は、真司のそのセリフに顎を外す。
「ちょっと、それ、どういう意味?」
 それまで、雄大と共に小泉に見とれていた石崎女史の顔が、ピクッとひきつる。それと同時に、周りの小娘連中も口々にそう叫んだ。
 だが、それしきのことでビビる真司ではない。魚が死んだような、おっそろしいほど座った目で連中を見下ろすと、一言こう言い放った。
「顔だけは、いい」
 どきゅーん! 最早雄大の心は、大気圏目指して逃避旅行にでかけてしまう。おまけに、小姑連中の叫び声が、キィインと光速を越えた。
 当の小泉はと言えば、顔を真っ赤に上気させて、食い入るように真司を睨んでいる。
 雄大は、焦る。この状況は、かなりヤバイ。だが、真司はあくまでマイペースで。
「要するに、俺達には、お前に誘いをかけたっつー事実があればそれでいいんだ。俺も無理強いはしたくねぇ。こんなに暖かいトコで悠悠自適に音楽やってる王子様に、その世界捨てて俺らについてこいっつーのが惨いってんだ。なんせ酷いからな。俺達が走るペースは」
(とっ、殿ぉ〜。事実って言っても、こんなにあっさり引き下がったんじゃぁ、事実もなにも・・・)
「俺達は正々堂々とスカウトしようとして、正々堂々とフラれたんだ。これでアイツらにも文句は言わせねぇ。な、雄大」
「ぃえ?! あっ、あのぉ〜、多分、こんなんじゃぁ・・・」
「そうだよな。雄大」
「・・・そうです」
 がっくりと落胆する雄大を余所に、話はどんどん進んでいく。
「そんじゃ、邪魔して悪かったな」
 さっさと背を向ける真司。その単純明快ぶりに、皆が拍子抜けして唖然としている。
 これじゃお仕置きが待ってるよぉ、と焦る雄大は、言うだけはとにかく言っとかないとと、小泉に取り縋った。
「いや、本当は、小泉君にヴォーカルやってほしいんですよ。マジで。ホント、僕らせっぱ詰まってて、もう後がないんです。殿はああ言ってるけど、あの人、ホントに単純バカで不器用で自分の言ったことあんまりよく解ってないっすから。真剣に考えてみてください。ホント、お願いします」
 雄大なりに精一杯努力して、小泉を説得していると、一人悠然と去りかけていた真司が、ふと振り返った。
 うげげ、さっきの単純バカが聞こえちゃったか・・・と顔を蒼白にする雄大を余所に、真司はいたって穏やかな微笑みを浮かべこう言った。
「オタクんトコって毎回不抜けた音出してるけど、アルトサックスだけは別だな。アルトサックスだけは魂こもったいい音出してるよ。アルトサックス吹いてる奴にそう言っといてくれや」
 またしても、ぽかんとする吹奏学部の皆さんを前に、雄大はしょうがないなと苦笑いを浮かべた。
(多分殿は判ってないと思うけど、小泉君のパートってそのアルトサックスなんだよねぇ。時として殿は、爆弾置いて行くんだよなぁ。本人の自覚なしに)


<犠牲者雄大の花火記念日>

 結局、新人ヴォーカリスト勧誘作戦は失敗に終わった訳だが、ただで終わる筈がない。
 翌日、ことの次第を雄大が部室で報告すると、途端に万喜子がヒステリーを起こした。
「もうっ! 折角小泉君と一緒にやれると思ったのにぃ! この役立たず!」
「そんなに言うんだったら、姫が行けばよかったでしょぉ?」
「とにかく、責任とってもらおうかな」
「彰君、責任ってなによぉ! 面倒はいっつも僕に押しつけてぇ!」
「つべこべ言うな、雄大。おとなしく俺んちにいこうぜ。おやじが楽しみにして待ってっから」
「なになに健ちゃん。床屋の親父さんがどうしてそこに出てくるのぉ? 何する気ぃ?」
「ま、それは行ってからのお楽しみっつーことで」
「ええ〜、やめてよぉ。酷いよぉ」
 半泣き状態で抵抗する雄大をぼんやりと見つめながら、真司はほっと溜息をつく。
(アイツ、俺らの誘い蹴って正解だぜ。あんな純粋無垢で余計な苦労なんか知りませんってツラしたお坊っちゃんをこんな鬼畜な連中に突き合わせてたまるかってんだ)
 そう、真司がああもあっさり引き下がったのは、実はあれで真司なりの優しさだったのだ。とにかく、バンドに参加するということは、バンドメンバーのデタラメな悪事に参加しなくてはならないのだから。
 それを上げると、吐きそうなほどの質と量がある。
 例えば、満員の映画館に出向き、館内がハラハラドキドキして緊迫した静寂に包まれている最中、盛大に爆竹を鳴らす。ドヘタなバンドがステージに立っているのが我慢しきれずに、電気系統をちょいと細工して、その店一帯の地域を即席の停電にしてしまう。はたまた、峠の電話ボックスのライトに赤いセロファンを被せ、盗んできたマネキンを電話ボックスに突っ込んで、夜景を見に来たカップルを怯えさせる等々、どうしようもなくくだらないイタズラのオンパレードで、しかも大抵はやりたくない人間まで共犯にされるのだから始末が悪い。雄大は勿論のこと、あの和田もこれに巻き込まれたのだ。あの小泉少年も、メンバーの一員になれば当然付き合わされることだろう。あの若さで道を踏み外すとは、不憫というものだ。
 真司は、家族に対する気持ちと同じくらいの絶対的な愛情をこの鬼畜な連中に向けていたが、その連中が世間一般の良識あるプロトタイプの優等生に受け入れられないことも充分承知していた。
 常識の塊である優等生が入ることで、双方が衝突し、自分の愛すべき連中が深く傷ついた顔を見せるのが真司は嫌だった。元来真司は、父性的感覚の強い男である。天真爛漫なこのバンドの空気を壊すようなことはしたくなかった。
 本来ならば、真司も彼らのいうお仕置きを受けるべきなのだろう。だが、今回のお仕置きは、バーバー・小山に行って頭をドレッドヘヤにするというメニューだった。肩下まで髪の伸びた真司にはもってこいのメニューだったが、真司のこの長髪には彼なりの神聖で大切な理由があり、それを汚すことは彼らもしたくなかったのだろう。真司には、魚屋の息子として、真司自身が捌いた刺身盛り合わせをたんと食わせるというペナルティーが用意されていた。つまり、ドレッドヘア懲罰を受けたのは、雄大のみということになる。
 そのパンキーに爆発した髪を見事なドレッドヘヤにされた雄大は、最初から最後までずっと泣いていた。
「案外似合ってんじゃない」
 万喜子姫のあっけらかんとした声に、雄大のすすり泣きが号泣に変わる。
 モップのような髪の雄大に同情しつつ、うーんと唸る真司。
「おい、彰。これからどうするよ。雄大、二週間頭洗えねぇんだろ? ま、臭くなるのはサワデー持たせて何とかするとして、生徒指導の方ははどうする」
「うーん。そうだなぁ。雄大はそこら辺、全く免疫ないもんねぇ。ま、そこらへんはこっちでフォローするよ。生徒会はもう押さえてあるし、生活指導部の先生方も俺が何とかする。真司は、雄大のおばさんのフォロー頼む」
「おいおい、彰。お前強気だな。大丈夫か」
 心配そうに真司がそう言うと、彰はその利発そうな顔にニヒルな笑顔を浮かべた。
「学年トップの実力を嘗めてもらっちゃ困りますな。教師のツボの押さえ方ぐらい、お手のものさ」
 彰はそう言って、真司の耳にフッと熱い息を吹きかけた。
 背筋をゾクリと震わせながら、真司は生活指導部の部長である教師を思い浮かべる。確か坂上とかいう、年増の独身女だったなぁ・・・。
 真司はそう思い当たって、もう一度別の意味で背筋を震わせた。
 「明日からの僕の生活はどうなるんだぁ」と泣き叫ぶ雄大を、真司の愛車であるスーパーカブの荷台に無理矢理のっけて家まで送ると、息子のウンチヘアを見て呆気にとられている雄大の母上様に「頭の上で季節外れの花火が爆発した」ともっともらしい(?)口振りでそう説明して、真司はそのまま、町の剣道場に向かった。
 真司は今でも、剣道を続けている。
 真司の学校の剣道部は、真司が入学する一年前に部員不足から廃部になってしまっていた。仕方なく真司は、幼い頃から通っている町の道場で腕を磨いている。高校生の大会は、学校の部活単位でないと参加できない為、真司は一般の部で県下の大会に出場しているが、学生の部以上に強者が揃う一般の部でも、ベスト8に入るほどの実力があった。
 先ほど話題が上がった彼が髪を伸ばしている理由というのもこの剣道が絡んでいて、剣道の試合でどうしても勝てずにいる相手に勝てるまではと願掛けしているものである。真司の剣道に対する思いはバンド活動とは一線ことなる神聖なもので、極悪非道の限りをつくすバンドの連中も、決してそのラインは犯そうとはしなかった。
 小高い丘の上にある小さな道場で、まずは竹刀の素振りから始まり、ハードな地稽古そして紅白戦と、一通りのメニューを終わらせた頃には、外はもう真っ暗になっていた。夏も過ぎ、そろそろ秋本番というこの季節でも、サウナに入ったかのように、びっしりと汗をかく。ふと真司は薄ら寒さを感じて、身体を振るわせた。
「おい、真司、風邪引くぞ。風呂入って汗流していけ」
 道場主の八島久蔵にそう言われ「オッス」と返事する。
 幼い頃からずっと通っている生徒は何人かいたが、その中でも真司は特に八島に気に入られていて、孫のように可愛がられている。真司の道場きっての実力もさることながら、彼の表裏がないいさぎよい性格が、お気に入りなのだろう。時には、風呂ばかりか晩飯まで食って行けと、晩酌まで突き合わされることがある。
 道場に並んで建つ八島の家に行こうと、真司が下駄を引っかけて外に出た時、ふいに「せっ、芹沢っ!・・・クン」と妙な調子で呼び止められ、真司は「クシャン」とくしゃみで返事した。
「ああ?」
 顔を歪めて真司が振り返ると、そこにいたのは思ってもみない人物だった。
 相手は、身長185の大男の袴姿に圧倒されたらしい、彼にしては珍く、口をポカンと開けたままのボケ顔で真司を見上げていた。
「あー、お前。小・・・ナントカ」
 一昨日会ったばかりだと言うのに、その時点で早くも相手の名前を忘れかけていた真司は、何とも情けない声を出してしまった。
「小泉だよ。小泉」
 ちょっとムカついたらしい。憮然とした表情で、学園一の美少年はそう切り返し、鞄を小脇に抱え、両手を学生服のポケットに突っ込んだ。
 初めて会った時もそうだったが、顔のナリとは違って、中身は普通の男の子らしい。その容姿とアンバランスな態度が、真司にはやけに印象的に見えた。
「何だ、お前。ずっと待ってたのかよ。一声かけりゃいいじゃんか」
 額の汗をタオルで拭いつつ、真司がそう言うと、小泉はそっぽをを向いて答えた。
「だって、声かけにくかったんだよ。芹沢が、あんまし真剣に稽古してるから」
「お前それにしてもだな。冷えるだろ、ここは。冬はまだだっつっても、ここは山の上だから冷えるんだ。何なら、風呂一緒に入ってくか?」
 真司が軽くそう言うと、小泉は顔を真っ赤にして首を横に振った。
「じょ! 冗談はやめてくれよ! 誰が、お前と風呂なんか・・・!」
「ま、そうだよなー。吹奏学部のお坊っちゃんが、こんなむさ苦しい男と風呂なんか入ったら、あの吹奏学部の小姑どもがうるさくて適わんだろうからなぁ」
 真司は、首筋を左手でタシタシと叩きながら、何気なくそう呟いた。
「で、その吹奏学部のお坊っちゃんが、どうしてこんなトコまで来たんだよ?」
「えっ・・・。それは・・・、つまり、軽音部の人に訊いたら、今頃は町の剣道場にいるって教えてくれて・・」
 視線をチラつかせ、まるで言い訳するように小泉は言う。その様子を見て、真司は歯痒くなった。
「ちげーよ。俺が訊いてんのは、お前がなんでここに来て、俺に会ってんのかってこと」
 真司が再度そう訊き直すと、小泉は再び顔を真っ赤にして俯いてしまった。
(何かコイツ、昨日と違うなぁ。昨日はもっと堂々としてたじゃん。何か調子狂うなぁー)
 小泉の摩訶不思議な態度に、逆に真司の方がビビッてしまう。真司は、ガリガリと頭を掻いた。
 真司がほとほと困り果てていると(しかし何をそんなに困る必要があるのか)、小泉は俯いたまま、ボソボソと言った。
「責任取ってくれよ。もう、後戻りなんかできないんだからな」
 テメェもまた責任って言葉口にすんのか。最近は責任とやらの大安売りだな・・・とか思いつつ、真司は口を尖らせた。
「責任取れっつったって、雄大はドレッドになったし、俺だって店の鯛と平目親父に黙って刺身にして、しこたま殴られたんだぜ。もういいじゃんか・・・って、え?」
 真司はそこまで言っておいて、頭の中が真っ白になった。
「え? 何? どういうこった」
「だからぁ、辞めたんだよ! 吹奏学部!」
 あまりに真司がマヌケヅラして突っ立っているのに苛立ったのか、頬を真っ赤に染めたまま、小泉は真司を睨み付けてくる。これが結構凄みのある目つき。
(コイツ・・・、ケッコ根性ある顔つきすんなぁ)
 そう思った真司だったが、それでもまだ彼は、小泉少年の言った意味がよく把握できなかった。ついに小泉も真司の鈍感さに痺れを切らしたらしい。
「バカヤロウ! 気付よ!」
 小泉はそう叫ぶと、小脇に抱えた鞄で真司の身体をボンッと殴った。真司は一瞬カッとして、小泉の二の腕を力一杯掴んでしまう。
「いたっ!」
 小泉が悲鳴を上げて身体を捩った。真司は慌てて手を放す。
(おいおい、何だコイツ。根性座ってるわりに、身体は全然華奢じゃんか。今、片手で二の腕すっぽり包めたぞ。うわぁ?)
 そりゃ、お前の手がバカデカイせいじゃないかという説もあるが、内心アワワと慌てふためく真司は結構これで珍しい。
 小泉は、まだ少し痛む腕を擦りつつ、乱れた息のまま真司を睨み付けてくる。
 そんなに睨むことねぇじゃん。そっちが先に仕掛けて来たんだぞぉ・・・とか思いつつ、真司は漸く事の次第を理解した。
「オメー、何で俺達のバンドなんかに入る気になったの?」
 真司が驚き半分でそう言うと、小泉は、何度も大きな息をして自分を落ちつかせてから、こう言った。
「顔だけの男じゃないってコト、アンタに証明したかったからだよ」

 

魚屋ドレッド本舗 act.02 end.

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編集後記

これからだんだん甘酸っぱくなっていきますよぉ!
なんせ、青春っすからぁ(笑)。感想お待ちしてます。

[国沢]

小説等についての感想は、本編最後にあるWEB拍手ボタンからもどうぞ!

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