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nothing to lose title

act.13

 スコットが羽柴の家の呼び鈴を押すと、随分待たされたあげくようやくドアが開いた。
「ダディ!?」
 ドアが開くタイミングが遅かった割に、ドアから覗いた顔はいやにリアクションがいい。
 ショーンは、茜色の大きな瞳を益々大きくした。
「どうしたの?! 来る前に電話くれればいいじゃない!」
 そう言われ、スコットは背後に立つ男にちらりと視線をやる。
「一応、電話はしたんだけどな・・・」
「へ? あ? あれ?」
 ショーンは今朝受けたクリスからの無礼な電話を思い出したようだ。
 途端に憮然とした顔つきをする。
「あれじゃ、ダメでしょ」
「いや、それは俺が今日来ることを言い出す前にお前が電話切るから・・・」
 スコットの肩越しにギャイギャイ騒ぐクリスに、「あんたが肝心なこという前に変なこと言うからだろ!」とショーンが応戦する。
 予想していたとはいえ、スコットの身体を挟んで、軽い戦争が始まる。
 仲がいいくせに、会えばこんな風になる。
「いい加減にしろ! 二人とも! こんなところでみっともないだろう!」
 隣人らしき女性がチラリチラリとこちらを見ながら廊下を歩いて行く姿を目にして、スコットはショーンとクリスの服の首根っこをグイッと締め上げた。夜は受け身のセックスに徹しているとはいえ、やはりこの三人の中では最も逞しい。
 スコットは、ショーンとクリスを家の中に放り込みながら、向かいの部屋の女性に向かって笑顔を浮かべ会釈をした。
 今まで訝しげに見ていた隣人も、そのスポーツマンらしい爽やかな笑顔で挨拶をされ、満更悪い気はしなかったらしい。彼女も愛想のいい笑みを浮かべた。
 スコットはバタンとドアを閉めると、呆れた顔をして目の前の問題児二人を見た。
「ここは羽柴さんの家だろう。玄関先であんなに騒いでは、羽柴さんに迷惑がかかる。いい加減大人になりなさい」
 スコットに怒られ、珍しく二人はしゅんとなる。
 スコットは二人が反省したのを確認して、ジャケットのポケットから小さなプレゼントの包みを取り出した。
「誕生日おめでとう、ショーン。これ、パパとクリスから」
「ありがとう・・・。わぁ、なんだろう。開けていい?」
「もちろん」
 ショーンが包みを開けると、中の小箱から美しい万年筆が出てきたのだった。
 瑠璃色のボディが輝いている。一目見て高価なものと分かる。
「ショーンももう二十歳だし、そろそろこういう物も持っておいた方がいいと思うんだ」
 契約社会のアメリカでは、肉筆のサインをすること多い。高級で質のいい万年筆は大人の男のステータスの証でもある。
 ショーンはまじまじと美しい万年筆を見つめる。
 随分高価だったろうに。
「ほ・・・本当に貰ってもいいの? これ」
「もちろん」
 ショーンは、両手でギュッと握りしめた。
 ショーンとは違って、スコットもクリスも十二分に収入がある訳ではない。
 ショーンのためにいくらか生活を節約して買ってくれた物だと思うと、胸がジーンとする。
 何だか小さなことでクリスを怒ってしまった自分のことが、ショーンは恥ずかしく思えた。
「ありがとう、大切にするね」
 ショーンがとびきりの笑顔を浮かべると、スコットもクリスも目を細くした。
 ショーンはスコットとクリスを順に抱きしめる。
「さ、上がってよ。コウももうすぐ帰ってくると思うし」
 ショーンは踵を返して、階段を上がった。
 夕べの羽柴と過ごした熱い夜のせいで腰にダメージを受けているショーンは、むろん普通の姿勢で上がれるはずもなく。
 その様子を見て、スコットとクリスは思わず顔を見合わせた。
 スコットがクリスの口を手で覆う前に、クリスはこう言い放った。
「なんだい。お前さん、しっかりヤルこたヤレてんじゃねぇか」
 クリスは、振り返ったショーンにしこたま殴られたのだった。

 羽柴が帰ってきたのは、それから三十分後だ。
「すみません、お待たせしてしまって」
 そう言いながらリビングまで上がってきたスーツ姿の羽柴を見て、クリスが口笛を吹く。その直後にソファーの隣に座るスコットがクリスの耳を引っ張った。
「いたたたた! なんでぇ、口笛ぐらい、いいだろうぉ!」
 初めて見る羽柴のスーツ姿が、なんとも『美味そう』に見えたようだ。自分の欲望にバカがつくぐらい正直なクリスには、節操というものがないのだ。
「どうも、すみません」
 バツが悪そうに謝るスコットに、羽柴は「いいえ、気にしてませんから」と笑顔で答えるが、向かいのソファーに座るショーンは、気にしないどころではないらしい。見ると、子どものように口を尖らせている。
 まったく、スコットもショーンも何を心配しているんだか。
 例えクリスに誘惑されたとしても、絶対にそういう関係にはなりえないし、クリスは内心では羽柴とそういう関係を結びたいとは思っていないはずだ、多分。── 羽柴はそう考えていた。なぜなら、以前クリスが一人羽柴の家に尋ねてきた時に、彼はよくよくショーンをよろしく頼むと頭を下げたのだ。その顔つきは真摯なもので、そんな彼が自らショーンを傷つけるようなことはしないはずだった。
「コウ、ディナー、どこに食べに行く?」
 ショーンが訊いてきたので羽柴がそれに答えようとすると、スコットが声をかけてきた。
「・・・ちょっといいかな」
「はい?」
 羽柴がスコットに目をやると、スコットはおずおずと申し出た。
「今日は、この家でディナーとしないかい? デリバリーでも頼んで」
 羽柴は、スコットがチラリと彼の息子の様子を目で伺ったのを見逃さなかった。
 きっと彼は、ショーンのことを思って言っているのだろう。
 ショーンの腰が辛いことを彼は知っているのだ。
「実は、僕もそう思っていたんです。今日は趣向を変えて、ここでゆっくりして貰おうかと思って。もしそれでもよければ、手料理をごちそうしたいのですが」
 その発言に目を輝かせたのはショーンだ。
「コウの作る料理は本当においしいんだよ! びっくりするから!」
「それは楽しみだ。君もいいだろ? クリス」
「ああ、もちろん」
 クリスも異論はない。
 実は以前、クリスがこの家に来た時に軽いパスタ料理をごちそうしてもらっていた。羽柴の料理の腕がなかなかなであることは知っている。
 羽柴は部屋着に着替えた後、数種類のチーズとクラッカーを皿に盛ると、ウィスキーやワインと一緒にリビングまで運んだ。
「料理ができるまで、少々お待ちください」
「羽柴君、僕も手伝おうか」
「いや、大丈夫。ゆっくりしていってください。ショーン、いろいろ案内してあげたら? 君の作業ブースとかを」
「そうだね。あそこに俺のためのスペースを作ってもらったんだ」
 ショーンはリビングの片隅にパーテーションで仕切られている場所を指さして言った。
 クリスが興味津々でそこに吸い寄せられていくのを横目で見つつ、羽柴はキッチンに戻った。
 手際がいい羽柴は、四十分掛けてチキンのローマ風カツレツとそれにかけるトマトソース、タマネギとキャベツのスープにゆで卵と根菜の蒸し野菜サラダとマッシュポテトを仕上げ、天然酵母のバゲットをカットし、軽くトーストする。デザートにはたまたま冷蔵庫にあったフレッシュなアメリカンチェリーを山盛りボールに盛った。
 品数はシンプルだが、男達の胃袋を満たすには十分なボリュームのディナーになった。
 久しぶりに四人でついた食卓は、実に穏やかに始まった。
 ショーンが今日貰った万年筆を羽柴に見せると、「これはいい品ですね」と羽柴は感心した。羽柴のような職種だと、人の万年筆はよく見る機会がある。その羽柴がそう言っているのだから、ショーンは益々気分がよくなる。まるで酒に酔ったように、羽柴に貰った指輪の自慢までお得意のマシンガントークに乗せて話した。
 それに食いついたのはクリスだ。
「随分ハイカラなものをしてるじゃねぇか」
 クリスは、キレイなものだったら何でも興味があるらしい。
「クリスもダディに買ってやりなよ」
 ショーンが嫌みっぽく言ったのがまずかったのかもしれない。一瞬ムッとしたクリスがこう言い返す。
「俺は指輪なんてもんで縛り付けなくったって、アソコのテクニックでお前さんのダディを縛り付けてんのさ」
 スコットがマッシュポテトをウグッと喉の詰まらせる。
 目を白黒するスコットに羽柴が慌てて、ミネラルウォーターを差し出す。
 その間にも、クリスの毒舌は収まらない。
「お前さんも、俺がお前にしてやったやり方をよっく思い出して、せいぜい旦那によくしてやんだな。男を縛り付けんのに一番効果的なのは、所詮アッチの出来ってなもんだ」
 思わずクリスが言ったことに、ショーンの顔がバキッと強ばる。
 羽柴は、クリスが言ったことをよくよく反芻して、そしてギョッとなった。
「え? ── お前にしてやったってことは・・・」
 羽柴がクリスにそう訊くと、ポテトの呪縛のせいで思うようにクリスを押さえられないスコットの努力もむなしく、クリスはあっさりこう言ったのだった。
「ショーンを男にしてやったのは、この俺だ」

 

hear my voice act.13 end.

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編集後記

ひっさしぶりのヒヤマイでございます。
「接続」が難航している中、「ヒヤマイもよろしく」っていうリクエストもあり、久しぶりに男四人の汗くさい(笑)男所帯を書いてみました。
相変わらず、クリス、大暴れ。
とんでもない爆弾を投下したまま、次回に続くっていう(笑)。
そして、次回はいつだっていう(笑)←笑えないか(青)。

お天気はそろそろ梅雨の時期ですねぇ。
梅雨の時期にしっかり雨がふらないと、後で困ることになると分かってはいるのですが、気圧性の偏頭痛を持っている身としては、気分がブルーになる季節です(涙)。
最近真剣に気圧性の偏頭痛のことを調べてみると、あれって漢方的に言うと「水毒」なんですってね。身体の中の水の循環が悪いとか。
確かに体内に余分な水が滞ってたら、気圧の影響も受けやすそうだってもんで。
今度漢方薬でも試してみるか~と思いつつ、漢方って体質完全だから、ずっと飲まないといけないんだよなぁ・・・。お金かかりそう・・・。とかっても思ったり(汗)。
いや~、偏頭痛。
困ります。

[国沢]

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