act.12
翌朝、ショーンが目覚めると、隣で羽柴が自分の寝顔を見つめていることに気がついた。
「おはよう」
羽柴にそう声をかけられ、ショーンは顔を赤くする。
「なんだよ。ずっと寝顔見てたわけ?」
テレ隠しの無愛想顔でショーンが答えると、羽柴に「夕べの今日だからね。身体大丈夫かなと思って」と言われ、結局は益々顔に血が上った。
夕べショーンは、初めて本当の意味で羽柴と身体をつないだ。
ショーンの中では待ちに待った瞬間だったのだが、それは期待以上に素晴らしい経験で、気分があまりに高揚していたせいか、奇跡的に痛みも余り感じずにすんでいた。
だからこそショーンは、「そんなの、大丈夫に決まってんじゃん」と口を尖らせて身体を起こしたわけだが、その途端、下半身に鈍い痛みが広がるのを感じて一瞬固まった。
それを易々と羽柴に見抜かれる。
「ほら。やっぱり痛いんだろう。夕べ痛くないって言ってた方がおかしかったんだよ。見たところ切れてはないようだけど、念のため消毒はしておいたよ」
そうあっさり羽柴に言われて、ショーンは目を白黒させた。
── それってつまり「見た」っていうのはアソコのことなわけで、消毒したっていうのもソコなわけであって・・・。
今更ながら、寝ている間にとんでもない場所を羽柴に凝視されていたことを想像し、ショーンは卒倒しそうになった。
好きな人とセックスするということは、人間のあらゆる羞恥心をかなぐり捨てなければ到達できないものなのだと、ショーンながらに痛感した。
「とにかく、今日一日は安静にしておくように」
羽柴から額にキスされて、ショーンは再び口を尖らせた。
羽柴に心配されるのはいい気分だったけれど、やはり恥ずかしさが手伝ってか、素直に喜べない。
その後、ベッドから抜け出した羽柴の着替えの様子をベッドから眺める。
逞しくセクシーな全裸姿の羽柴が、下着、黒のスラックス、白いYシャツ、濃紺のネクタイ・・・と次第に覆われていく姿を眺めるのも、なかなか乙なものだ。ジャケットとカフスボタンは、顔を洗ったり、ヒゲを剃ったりした後に身につけることも、ショーンは既に知っている。
羽柴がどんな風に毎朝過ごしているかを知っているのは、恋人になれたからこその特権だと思うと、下半身の痛みも甘い疼痛に思えてくる。
羽柴がすっかりビジネスマン姿に変身して、ロフトの階段を下りていったのを観察し終わったショーンは、ようやくベッドから抜け出した。
流石に痛くて、ゆっくりとした動作になってしまう。
羽柴がロフトからいなくなるまで待っていたのは、必要以上に労られるのを避けたかったからだ。
羽柴は優しいから、まるで老人のような動きをしているショーンを見て、今後セックスをするのを控えなければと思ってしまうかもしれない。そう思われてしまっては、ショーンにしてみても困るのだ。いくら老人のように無様な醜態をさらそうとも、恋人と過ごす熱い時間を譲り渡すつもりはさらさらない。
── 早く慣れるようにならなきゃ・・・って、一体どれくらいで慣れるものなんだろ?
ショーンは、心に浮かび上がった素朴な疑問を持て余しつつ、長袖のTシャツとジーンズという出で立ちでロフトを降りた。
幸い、動き出してしまうと意外に動けるものだ。
時折、思い出したように鋭い痛みがぶり返したりするのだが、我慢できないほどではない。
── でもしっかし、この前クリスが持ってきたもののお陰で感じた痛みとは比べものにならないや。
あの時は完全に記憶をなくしていて、せっかくの初体験をまったく覚えていないのだと誤解してベソまでかいたのだが、あの時の痛みはどちらかというと「何かがソコに挟まってる」程度の違和感に近いものがあったが、今回の場合はその挟まってる感が倍増していて、痛みも伴っているときているのだから、やはり「ホンモノ」は凄いってことになる。
── やだなぁ、俺。まるで一日中そのことばっかり考えてるサルみてぇ。
洗面所で顔を洗い、ヒゲを剃りながらもそんなことを考えている自分に、ショーンは少々自己反省した。
「ショーン! 朝飯、できたぞ」
ダイニングキッチンから羽柴の声がして、ショーンは「はーい」と返事しつつ、そそくさと洗面所を出て行った。
羽柴が会社に出社した後、ショーンは二本電話を受けた。
一本目は理沙からだ。
いよいよ日本でのレコーディングの段取りが決まったという連絡だった。
日程は来月の初め、まずは様子を見るために二週間ほどの滞在でレコーディングをしてみる、という形になるとのことだった。
曲については、これまでショーンが書きためてきた曲の中でセレクトするということで既に先鋒とは話がついている。
肝心のレコーディングスタッフについては、既に理沙がルイに連絡をとっているとのことで、ショーンは心底ほっとした。
ひょっとしたら、ショーンが新しく所属する日本のレーベル『ノート』側が用意するスタッフになる可能性もあったからだ。しかしそこら辺は、『ノート』の代表である石川も考えてくれていたらしい。
前回の来日ライブで一緒についてきてくれたルイの仕事を石川も認めてくれ、ルイに全権を任せてくれるということだろう。
やはりアーティストとしてのショーンの全てを知ってくれている人間が、プロデュースしてくれるのは心強い。それにルイにとっても初めてのプロデュース業となるのだから、これは彼にとっても新しい挑戦になる。
── 二週間か・・・。コウ、ついてきてくれないかな・・・。
日本に行くのは初めてではないとはいえ、二週間もの滞在となると些か不安になる。
向こうに知り合いはほとんどいないし、それに二週間も羽柴と離ればなれなんて、寂しくて死んでしまいそうだ・・・とショーンは思った。
そして二本目の電話。
それは、ショーンが簡単な昼食を食べ終わった後にかかってきた。
他でもない、クリスからだった。
このクリスという男は、超能力でもあるのか、ショーンが電話に出たその途端に、こう言い放ったのだった。
『おい、もうヤッたか』
あまりの衝撃にショーンが絶句していると、受話器の向こうで笑いながら『冗談だよ、何ビビッてんだお前』と言い放った。
ショーンは益々不機嫌になる。
「例え冗談でも、そんなこと言うなよな。下品だよ」
『下品とはなんだ。大事な問題じゃねぇか。お前さんだって、したくてしたくてウズウズしてたくせに』
このクリスという男は、どういう訳だかこれでもショーンのことを心配してくれているらしい。
ただそれが難解なのは、彼の心配が全て下の話ばかりというのが実状だということだ。
「とにかく。もうそういう発言するのやめてよね。それに、コウに変なこと吹き込むのもやめてくれよ。あんた、黙ってコウに会ってただろう」
そう、会ったどころか、変な手みやげまで羽柴に渡していたのだ、この男は。
ショーンの不機嫌を余所に、クリスはいたって上機嫌だ。
『お前の恋人ってのは、ホントうまそうにできてるよな。日本人でうまそうなのは、そうそうお目にかかったことがないぜ。しかもあれだけガタイがいいのはな。ああいうのを押し倒して鳴かせてみるってのが男のロマンというか・・・』
「あんた、死にたいの」
反射的にショーンは、そう切り返す。
クリスの好みが、自分よりガタイのいい男を抱くことが一番好きだということを知っているショーンとしては、クリスがあながち本気でそんなことを口にしているのではないかと思ってしまう。
このクリスという男は、スコットという恋人がいるにも関わらず、そこら辺の貞操観念は非常に低い。
『おいおい、おっかねぇなぁ・・・。こりゃ本気で殺されそうだ。まぁ、とにかくだなぁ・・・』
「とにかくも何もない! コウに手を出したら、ただじゃおかないからね。いいね!」
ショーンはそうどやすと、ガシャンと電話を切った。
いきなり切られた電話に、クリスは思わず携帯電話を耳から離した。
耳の穴を指でマッサージする。
「── アイツ、あんまりヤレないんで、ヒス起こしてんな」
クリスは携帯電話を眺めながら、「やぁねぇ、若い子のヒステリックは・・・」と呟いた。と、その時、二人分のトレイを携えたスコットが、席まで戻ってくる。
トレイの上には、ハンバーガーとドリンクのセットがのっかっていた。
「それで? ショーンは家にいた?」
スコットにそう訊かれ、クリスは「いるにはいたけど・・・」と言葉を濁した。
「いたけど?」
スコットが再度訊き返す。クリスはドリンクカップにストローを差し込みながら、ため息をついた。
「ありゃ相当溜まってんな。旦那様との夜の生活がなくてイライラしてる新妻っぽい怒り方だ」
それを聞いてスコットが顔を顰めた。
「怒らせたのか?」
「いや、元々ヒステリーなの。あれは」
クリスはそう言い放つが、スコットは内心それをいぶかしんだ。
おそらく、クリスが怒らせたに違いない。
クリスとショーンは、こう言っては今度はスコットがショーンに怒られるが、よく似てるのだ。その天の邪鬼具合が。
「やれやれ。これから遅ればせながらの誕生日プレゼントを届けに行こうと思っているのに、怒らせちゃ台無しじゃないか」
スコットはあきれ顔でハンバーガーを頬張る。
今日は、久しぶりにスコットがアメフトのコーチの休みを取れたので二人して隣町のC市まで出向いてきていたのだ。
これからC市の中心街でショーンへのプレゼントを選び、夕食を羽柴も含めて食べて帰ろうと思っていたのだが、クリスがショーンの機嫌を損ねたとなると、考えねばなるまい。
「まったく、あの子が機嫌を損ねると大変なこと、クリスは知らないから」
スコットは親ながらの目線で、そう言う。
ショーンが鉄のような頑固さを持っていることは、スコットが一番よく知っている。
「こうなったら、羽柴さんに頼み込んで機嫌をとってもらおうかな・・・」
自分を恨めしそうに見つめてくるクリスの顔を見つめ返しながら、スコットは再度ため息をついたのだった。
羽柴の元にショーンの父親・スコットから電話が入ったのは、夕方遅くのことだった。
どうやら、クリスと二人でC市に出てきていて、ショーンへの誕生日プレゼントを渡すついでに一緒にディナーを・・・との誘いの電話だった。
むろん羽柴は二つ返事を返したのだが、なぜだかスコットの言葉のキレが悪い。
どうしたのかと訊いてみると、どうやらクリスがショーンと電話で話した際、ショーンの怒らせた上、今日羽柴家を二人で訪ねる件を言い出す前に電話を切られたらしい。
羽柴は、安易にその様子が想像できて、スコットには悪いがクスクスと笑ってしまった。
以前クリスとは、二回ほど顔を合わせている。
一回目は、まだショーンと付き合う前、ショーンが仕事を干されて田舎に帰省した時に。二度目は、ショーンと付き合い始めてまもなく、例のとんでもないお土産を羽柴に渡しに自宅まで彼が一人で訪れてきた時だ。
随分華やかな容姿とは違い、粗野な物言いの彼に、羽柴は心底おもしろい人だなぁと思ったものだった。
それにクリスは、憎まれ口を叩いても彼は彼なりにショーンを心配してくれているのが羽柴にも分かり、羽柴としてもクリスには好感を持っていた。
彼が例のお土産を携えてきたもの、結局はショーンが羽柴と身体を繋ぐことに恐怖を感じていて、悩んでいるということを相談されて、彼なりに対策を考えてきた結果だったのだ。
それにあのお土産でトレーニングをしていたお陰で、夕べショーンはさほどストレスを感じずに羽柴を受け入れられたのだから、大貢献である。
あんなに心配性な ── といっても、クリスに関しては下の話ばかりだが・・・クリスのことだから、きっとショーンが男性と初体験した時も随分大騒ぎしただろう。
初めてショーンと羽柴の気持ちが通じ合ったあの晩、ショーンは自分の男性経験が、羽柴で初めてではないと告白した。
それがいつのことになるのかまでは訊かなかったが、まだ若いショーンのことだ。そんなに昔の話ではないだろう。おそらく、高校時代・・・無理して遡っても中学生の頃だろう。
クリスとショーンが今のようなまるで親子の関係となってどれぐらい経つのか羽柴は知らなかったが、クリスとしてはショーンが性的体験・・・しかも男性とともなると非常に敏感に反応したに違いない。
── 一体どんなことの顛末だったのか・・・。
羽柴としては、興味がそそられる話題だった。
別に自分が初めての男じゃなかったことが嫌なわけではないが、初めての男がどこのどんなヤツだったかということは気になる。
── 同級生かな・・・それともクラブの先輩とか?
考え始めたら、羽柴もモンモンとしてきて、羽柴は自己嫌悪に陥った。
もうすぐ終業時間であるとはいえ、まだ仕事中なのだから仕事に集中しなくては。
羽柴は、大げさに咳払いをして、パソコンの画面に向き直った。
hear my voice act.12 end.
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編集後記
今週は「接続」の更新でなく、なぜかヒヤマイっていう(汗)。
なんでだよ、お前って感じなんですが、いかがお過ごしでしょうか?
なんだか久々のショーンとその仲間達と書いたのですが、ほっとんど下ネタっていうのがねぇ・・・なんとも恥ずかしいというか、中身ないというか、生々しいというか(汗)。
しかも、羽柴のこの疑問って超絶危険な疑問じゃねぇ?ってことで。やだなぁ、この不穏な空気。(お前が書いておいていうな)
ということで(どういうことだ)、接続は見ての通り書きあぐねている状態なんですが、次週実はいよいよ九州リベンジ旅行ってことで、ワタクシ土曜日、福岡にいます(脂汗)。
なので必然的に更新できません・・・。すみません・・・。もうこんなコメントばっかっす、「接続」。ちゃんと書き終わることができるんだろうかと国沢自身に対するもっとも危険な疑問が・・・。
・・・・。
サッポロビールファクトリーにて、酔っぱらいの限りと尽くしてくることをここに宣言したします!!!
[国沢]
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