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nothing to lose title

act.03

 日本で行ったプレライブが日本で無事放映されたらしく、その反響がエニグマ編集部まで届いていた。
 詳しい詳細は羽柴の自宅にあるパソコンにリサがメールを送ってくれたらしいが、取り敢えずということでリサからショーンの携帯に電話が入ったのは、ショーンが丁度羽柴の家の前にピックアップトラックを停めた時だった。
『── 随分好評だったそうよ。音楽専門チャンネルとしては、記録的な視聴率だったんですって。よかったわね』
 それを聞いてショーンはホッと胸を撫で下ろした。
 日本では、洋楽はやはり親しみが薄いと言われていたから。
『次の来日はいつかって、ノートにいろんなところから問い合わせが殺到してるらしいわよ』
 運転席で赤いキャップを被ったショーンは、隣に座っていたスコットにテレビ放映が上手く行ったことを伝える。
「よかったな」
 スコットはニッコリ笑ってくれて、キャップ越しショーンの頭を撫でてくれた。ショーンは子犬のような微笑みを浮かべる。
 けれど次の来日はしばらく先になりそうだ。
 ノートの中でもショーン・クーパー担当部署の立ち上げもまだ正式にできていないし、エニグマの方もまだ十分に準備は整っていない。
 おそらく次の動きは、初めてのソロアルバム制作になるだろうが、それも日本とアメリカ双方での準備が整ってからだ。それまではショーンもしばし休みとなる。
 その間に、エニグマ七月号に掲載される写真のチェックがあるだろうが、それはC市にいてもできる。
 ということは、しばらくの間、心おきなく羽柴の傍にいられるということだ。
 それを思うだけで、ショーンの心は躍る。
 今まで二回ほど羽柴とこの部屋で同居してきた訳だが、今までと今回では意味が違う。もう『同居』でなく、『同棲』だ。
 実のところ、日本からニューヨークに帰国してから、羽柴は仕事があるからとC市にすぐ戻り、ショーンは細かな事後処理があってニューヨークに滞在することになってしまった。
 本音をいうとすぐにでも羽柴の家について帰りたかったところだが、羽柴の方もショーンが一緒に住むんなら、準備があるからと「一週間後においで」と言われていた。
 その間、ショーンは実家に帰って本格的に荷物の整理を始めた。
 ニューヨークの自宅を引き払ってきた時の荷物も含めて、新しい生活を始めるための区切りをつける意味もあった。
 ショーンはリサからの電話を終えると、ピックアップトラックを降りて、荷台の荷物を眺めた。
 ── コウは必要な物ならなんでも持ち込んでいいよ、と言ってくれたけど。
 ちょっと大丈夫かな、とショーンは思った。
 極力荷物は減したつもりだが、大切なロックの名盤LPとか、洋服とか、大事にしているエレキギターとか、アンプとか、こうして見ると結構な量あると思う。
 取り敢えず羽柴は今日も仕事なので、ショーンは事前に送ってもらった部屋の合い鍵をポケットから取り出し、まずは大切なギターから運ぶことにした。高価な物だし、万が一運んでいる間に盗られるとマズイから。
 スコットには取り敢えず、荷物の番と次に運びやすいように荷台の上を整えてもらいながら、ショーンは両肩にいくつものギターケースをぶら下げて階段を上がった。
 途中向かいの住人と鉢合わせして、ショーンはキャップ越し、頭を下げる。
「あら、お引っ越しですか?」
 階段の踊り場の窓から赤いピックアップトラックが見えて、彼女はそう思ったのだろう。
 年の頃は二十代後半。これからジョギングにでも行くのか、トレーニングウェアに身を包み、ヘーゼルナッツ色の髪をポニーテールにした彼女は、なかなかの美人だ。
「前の方はお引っ越しされちゃったのかしら・・・」
 さも残念そうに言う彼女の口振りからすると、どうやら羽柴のことを気に入っているらしい。
 ── ムムム。ライバル。
 ショーンはそう思ったが、取り敢えずここで宣戦布告する訳にもいかない。
「いや、彼は引っ越してませんよ。俺がここに転がり込むだけで」
「あら、そうなんですか?」
 女性の顔がパッと明るくなる。
 どうやら彼女は、ショーンが何者か気付いてないらしい。
 目立つ赤毛はキャップの中に隠れているし、何より口から顎にかけてショーンは無精ひげを割としっかりと生やしていたので、いつものショーンと印象が違うのだろう。
「ええと・・・子供さん・・・な訳ないですよね」
 なんて言われてしまう。彼女は、羽柴とショーンの顔を比べて、血が繋がっていそうにないという判断をしたのだろう。その口振りからすると、それさえなければ親子とでも言いそうな雰囲気だ。
 ショーンは少し胸がチクリとする。
 年齢差を考えると、そう取られる方が自然かもしれないから。
 ショーンは苦笑いすると、
「こう見えても友達なんですよ。凄く仲のいい。俺が家賃払えなくてどうしようもなく貧乏だったから、彼が一緒に住めばって。これから、何かと迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします。あ、もちろん、ギターはヘッドフォンつけて弾きますから、音の心配はしなくても大丈夫」
 と挨拶をした。
 ショーンが貧乏だというのは真っ赤なウソだったが、格好はどこにでもあるような白地に赤いロゴの入った長袖Tシャツとジーンズだし、靴もコンバース、腕にしてる装身具は革のブレスレットだけ。高価そうなピアスもネックレスもしてない。一見すると、どこにでもいそうな青年だ。
 けれど、浮かべる笑顔はゴージャスで。
 隣人の女性も、綺麗な真っ白い歯が並んだショーンの爽やかな口元に目を奪われたらしい。
 頬を赤らめると、「こちらこそ、よろしくね。今度パーティを家ですることがあったら、招待するわ」と言って足早に階段を降りて行った。
 ショーンはその後ろ姿を見送ると、「うん。なんかいい人そう」と頷いて、羽柴の部屋の鍵を開けた。
 
 
 羽柴が帰宅したのは、午後六時頃のことだった。
 意外に早い帰宅で、ショーンは逆に驚いた。
 以前一緒に住んでいた時は、八時ぐらいが通常の羽柴の帰宅時間だったから。
 その頃ショーンはといえば、リビングに持ち込んだ荷物をどうやったら邪魔にならないかで済むかと置く位置を考えあぐねているところだった。
 スコットは夜に町の寄合があって、話し合いに参加しないといけないからということで既に帰宅している。スコットも今では町の重要な役割を担う若者の一人となっており、以前のように偏見の目で見る人の方が少ない。
「コウ! 早かったね」
 ショーンが振り返ると、羽柴はオッ!というように背を少し仰け反らせた。
 荷物でリビングがいっぱいになってることに驚いたのではなく、ショーンの無精ひげに驚いたらしい。
 でも次の瞬間には微笑んで、ネクタイを緩めながら近づいてくる。
「ひげ、伸ばしてんだな」
「うん。なんか、こっちの方が判りにくくていいかなって。ショーン・クーパーっぽくないでしょ。今日も早速効果あったんだ。向かいの人、俺だってわかんなかったみたい」
「そうか」
 そういいながら鞄をローテーブルの上に置く羽柴の横顔を、ショーンは急に不安そうな顔つきで見上げる。
「── やっぱ、嫌? なんかムサくて。あんまり男っぽくしない方がいい?」
 ひげを剃った方が確かに女顔だから、今まで女性と付き合うことが多かった羽柴のことを考えると、剃った方がいいようにも思える。
 羽柴はチラリとショーンを横目で見ると、グシャグシャといつもより荒っぽく髪を掻き乱してくる。
「そんな心配するなよ。俺にとっては、どんなショーンもショーンだよ。ひげのあるなしなんかで、気持ちが変わる訳がないだろう」
「── よかった」
 ショーンはホッと胸を撫で下ろす。
 その顎を掴まれて、ふいにひげをソロソロと撫でられた。
 ショーンのひげは、一面にびっしり生えているのではなく、口ひげと顎先、それから口から顎髭の間にうっすらと生えている。綺麗な形のひげだ。羽柴の場合は、その気になって生やすと、もっと無骨に頬の方まで生えてくる。
 ショーンのひげは、見かけより柔らかい。
 羽柴が興味津々でひげを順番に撫でていくと、ショーンは瞳を閉じ、ハァと息を吐き出した。
 そんなうっとりとしたショーンの表情を堪能した羽柴は、ふいにニタリと笑みを浮かべて囁いた。
「ここの毛、一見すると濃いブラウンだけど、髪の毛とは違ってどっかの毛のように柔らかいな」
 途端にバチッとショーンが瞳を見開く。
 羽柴の表情を見て、何を差しているか判ったらしい。
「もう! どうしてそういうこと言うかな?! このエロおやじ!!」
 顔を真っ赤にして羽柴の手から逃れると、羽柴に背を向け、アンプを抱え、部屋の隅に歩いて行ってしまう。
 羽柴は、ハハハと笑って上着を脱ぐと壁際のコート掛けにハンガーで吊して、ショーンの後を追った。
 リビングの北側の隅に布製のパーテーションが立てられていて、その向こうに他の音楽系機材やギターが狭い中にぎゅうぎゅうと並べられていた。中に入り込んで床に座ると、まるで秘密基地のようだ。
「ふうん。こんなにしたのか」
 部屋数はもう余分がないから、リビングの片隅に新しく部屋を作ったみたいなものだ。
 こうするとリビングの外側からごちゃごちゃした配線や機材が見えなくて、すっきりしている。
「なかなかいいアイデアだな」
 羽柴がそう言うと、ショーンも機嫌が直ってきたらしい。
「ここでギター弾く時は、アンプを通してヘッドフォンで聴くから大丈夫だよ」
 ショーンがいろいろと機材をつついて説明してくれる。
「そのうちココに、小さなソファーとサイドテーブルみたいなものを置こうか。そしたら、作詞とか作曲とかゆっくりくつろいでできるだろ?」
「うん!」
 さも嬉しそうに笑う。
 やっぱり、ひげがあっても可愛いものは、可愛い。
「ショーン、お帰りのキス、してくれないのか?」
 目を細めて羽柴が言うと、ショーンはピタリと口を噤んだ。
「どうした?」
 羽柴が訊ねると、ショーンは少し俯いて、何だかニヤける口元をどうにかしようとしているらしい。
「── コウがそういうこと言う人だとは思わなかった」
「なんで?」
「あんまり、普段から露骨にイチャイチャするの恥ずかしいのかと思ってたし」
「そうなの? まぁそりゃぁ、どこでもかしこでも場所を弁えずいちゃつくのはどうかと俺も思うけど、ここは自宅で、しかも俺らの他に誰もいないんだぜ?」
 ショーンは上目使いで羽柴の様子を伺うように見ると、ンンンと喉を鳴らして姿勢を改め、チュと羽柴にキスしてくる。その際、ショーンのひげが羽柴の肌に触れ、ちょっとくすぐったい。
「じゃ、お返しのキス」
 羽柴はショーンの腰を抱き寄せると、情熱的なキスをした。
 そう『大人のキス』だ。
「んっ・・・う・・う・ん・・ふ・・・」
 一週間ぶりに味わうショーンの唇だ。堪能しなければ。
 プッと音を立てて唇を放すと、唇を艶やかな赤色に染めたショーンが、ほぅと息を吐き出す。
 その無防備な首に羽柴が吸い付くと、「ダメ! 止めて!!」とショーンが身体を震わせた。
 羽柴がショーンの顔を覗き込む。
「これ以上お帰りのキスされたら、大変だよ。マジ、どうかなっちゃいそうだ。まだ荷物の片づけも終わってないのに・・・」
 そう言われて、羽柴もハッとする。
「そういや、夕食もまだだしな。よし、俺は夕食作るから、その間片づけてろよ。あ、ロフトには上がった?」
 羽柴が訊くと、ショーンは首を横に振る。
「リビングが凄い状態になってたから、まだそれどころじゃなくて。洋服の段ボールは上にあげたいんだけど」
「それは後から俺も手伝うから、最後に残しておけよ。俺もクローゼットの整理を済ませるようにするから」
「判った」
 ショーンは素直に頷いて、片づけを再開した。
 ロフトには、サプライズが待っている。
 できれば、そのサプライズの瞬間の表情を見たかったから。
 羽柴は内心微笑みを浮かべ、シャツを腕まくりしながらキッチンに向かった。
 
 
 久しぶりに二人切りの夕食を楽しんで、たくさん話してたくさん笑い合った。
 離れていたのはたった一週間の間だったが、ショーンはそれまでにあったことを羽柴に報告しないといけないと思っているのか、まるでマシンガンのように話し続けた。
 そんなに話して、喉は大丈夫か、と思ってしまうくらいに。
 普通なら、そんな風に話し続けられるとうんざりもしそうだが、一生懸命しゃべっているショーンははっきり言って『とても可愛い』。惚れた欲目かもしれないが、羽柴はとても微笑ましく感じた。
 羽柴は、実のところショーンが他の人に対しては余りしゃべる方ではないことを知っている。
 どちらかというと口数は少ない方で、口を開いている時は大抵自分の素直な感情がポロリと表に出ている時だ。
 ショーンは黙っていてもその場にいるだけで周囲に大きな影響を与えるが、口を開くと更にその印象が強くなる。したがって、少し話しただけでも印象に残りやすいから、皆ショーンが話している場面をすぐに思い出して、彼が引っ込み思案であるとは思わない。
 けれど実際は本当にナイーブで、時には寡黙なぐらいなのだ。
 だからこそ、バルーン時代には音楽記者の中でもショーンの生声を聞いたことがないという人間までいたのだ。
 しかし、羽柴の前のショーンは違う。
 羽柴との会話をショーンは楽しんでいたし、他愛のないこともよくしゃべった。
 羽柴が、話好きなことも影響しているのかもしれない。
 ショーンが声を失った時も、スケッチブックを挟んでの何とも不自由な会話だったが、それをやめることは決してなかった。
「そういやさ・・・」
 食器乾燥機の中に使った皿を入れるショーンに、羽柴が声をかけてくる。
「何?」
 ショーンが軽く振り返ると、羽柴は残った料理をタッパーに詰めながら、「昨日クリスがここに来てたよ」と言った。
「え?!」
 ショーンは危うく手元の皿を落としそうになる。
「な、何て?!」
 努めて自然に振る舞おうとしたが、それも無駄な努力に終わった。
 なぜなら、クリスには引っ越しする前かなり際どい相談を持ちかけていたから、それに関する話やプレゼントなんかをしにきてたら、相当ピンチだ。
 しかし、羽柴はそんなショーンをからかう素振りもなく、冷蔵庫にタッパーを入れながら、
「彼、ショーンをよろしくって言ってた。俺もきちんと挨拶しておきたかったから、丁度良かったよ。そのうち、スコットにも挨拶に行かなきゃなぁ」
 なんて言っている。
 そしてふいにショーンを見つめて、「彼、いい人だな。本当に」と言ってきた。
 ショーンは、いたって普段通りの羽柴の様子を見て、ホッと胸を撫で下ろす。
 どうやら余計な心配は無用のようだ。
 ショーンは「うん、そうだね」と答えながら食器を全て食器洗浄機に入れてしまうと、後ろに立った羽柴が「風呂に入る前に荷物、上にあげとくかい? 洋服の入った段ボール」と言ってくれた。ショーンも笑顔で頷いた。
 大きな段ボール二つ分に入った洋服を、それぞれ一つずつ持ってロフトに上がる。
 事前にクローゼットとチェストの中を羽柴は整理していて、ショーンの洋服が取り敢えず仕舞えるようには準備を整えてあった。
「うわぁ、ありがとう。場所、空けておいてくれたんだ」
「丁度よかったよ。いらなくなった服も随分あったし。まぁ全部は入りきらないと思うけど・・・」
「夏服と冬服とあるから、季節分の洋服は全部入るよ。残りは段ボールに入れたまま、クローゼットの下に置いておく」
「そうだね。そうしたら」
 ショーンは、段ボールを開けて、取り敢えず近々着られるような物をチェストとクローゼットに仕舞った。
 羽柴は、くしゃくしゃのまま段ボールの中に収まっている洋服達を見て、プッと笑う。
「なんだ、おい。どれもこれもくしゃくしゃだな」
 ショーンがチラリと羽柴を返り見た。
「これには事情があって・・・」
 ショーンはそこまで言って、羽柴の身体越し見える風景に驚いた顔つきをしてみせた。
 今まで階段から上がってきて、クローゼットの方ばかり見てきて、ロフトの変化に気が付かなかったのだ。
 ショーンは口を緩く開けたまま、ゆっくりと立ち上がる。
 その心底驚いた可愛い表情を、羽柴は十分に楽しんだ。
「── ・・・準備って・・・このことだったの・・・?」
 ショーンは小さな声で呟く。羽柴は頷いた。
「だって、さすがに前のじゃ狭過ぎるだろ?」
 二人の目の前には、ダブルサイズのベッドが鎮座していた。
 幸い、ロフトとは言っても、リビングの空間が見渡せるので圧迫感はない。
 けれど前のシングルベッドから比べると、明らかに迫力が違う。
 枕は四つ用意されており、白い清潔ないシーツの上に濃いこっくりとしたエンジ色のベッドカバーがかけてある。そのカバーの色は、風呂上がりのショーンの髪の色を彷彿とさせた。
 ショーンが、そろりとベッドに近づいて、そっとベッドを撫でる。
「── な、なんかこういうの・・・」
 ボソリと呟かれて、「何?」と羽柴は訊いた。
「凄く、嬉しいけど・・・テレる」
 羽柴の位置からはショーンの後ろ姿しか見えてなかったので、思わずショーンの前に回り込んでベッドに座り込んだ。どういう顔つきをして言っているかと思って。
 予想通り、ショーンは顔を真っ赤にしていた。
 全く、世界中の女の子を熱狂させている張本人なのに、彼自身こんなに純情でいいのだろうか、と羽柴は思ってしまう。
「あからさま過ぎた?」
 羽柴がショーンを見上げて訊くと、ショーンは唇を噛みしめたが、やがて笑顔を浮かべた。
「・・・でもやっぱ嬉しいよ。俺のためにコウが何かを買ってくれるなんて・・・」
「恋人になって初めてのプレゼントだし?」
 羽柴が何気なくそう言うと、ショーンは目を見開いてハッと息を飲んだ。
 直にじんわりと瞳が濡れてくる。
「おっ、どうした? そんなにプレゼントに感激した?」
 羽柴が焦ってそう言うと、ショーンは首を横に振る。
「今、あんた何言ったか判ってんのッ?!」
 ショーンも羽柴の前にボスッと腰を下ろし、ドンッと羽柴の胸を叩く。
「え? ええ?? 何、何だよ」
 ポロリと目の前で涙を零すショーンに、羽柴はみっともなくオロオロしてしまう。
「べ、別に俺はショーンを泣かす様なこと言ってないだろ? 意地悪もしてないし」
「違うよ、バカ! そんなんじゃなくて・・・!! 今アンタ、『恋人』って言ったんだよ」
 羽柴は眉を八の字にする。
「── だって、そうじゃないのか? 俺達」
 ひょっとして俺の認識は今更ながらに間違っていたのか・・・と羽柴は不安になる。
 しかし、またも羽柴の着眼点はズレていて。
 ショーンは羽柴の胸元をギュッと両手で握りしめ、首を横に振った。
「だから・・・。今まで好きとか愛してるとか言われたことないし・・・あの夜もそんなこと、アンタ一言も言ってないんだよ」
 そうショーンに言われて、やっと羽柴はハタと理解した。
「そうか・・・。そうだったっけ・・・」
 たはは。なんとマヌケな俺。
 さすがに自分のことながら、呆れてしまう羽柴である。
 よくぞショーンも今まで黙っていたものだ。
 羽柴は、ショーンの頬に零れた涙の雫を指で優しく拭うと、突如姿勢を正してベッドの上に正座した。
「では、改めまして」
 ショーンもギョッとして羽柴の真似をするが、元々正座なんてしたことがないのに、ジーンズの膝がショーンの足を締め付けて益々うまく正座できない。おたおたしているショーンに、羽柴は大きな声で言った。
「ショーン・クーパー、私はあなたを愛しています。できれば一生、私の傍にいてください」
 そう言った瞬間、バランスを崩したショーンが、ベッドの上にゴロリとダルマのように転がった。
 ショーンは世紀の一瞬をマヌケな格好で迎えてしまった自分に自己嫌悪を感じてしまったのか、顔を耳まで真っ赤にして、唇を噛みしめてしまった。
 思わずショーンを目だけで見下ろした羽柴は、可哀想なほど顔を顰めたショーンがまたも可愛らしくて、プッと吹き出す。
「わ! 笑わないでよ!! これでも一生懸命座ろうとしたんだから!!」
 恥ずかしさの極地なのか、ショーンはそう吐き捨てるように言うと、ベッドに顔を伏せた。
 羽柴はハハハと朗らかな笑い声をあげ、ショーンの横に横たわる。
 こめかみを優しく指で触れると、ベッドカバーをギュッと握りしめた拳の向こうから、そろりと目だけが覗く。
 羽柴は、穏やかな微笑みを浮かべると、そっと優しく囁いた。
「愛してるよ、ショーン。本当に、心の底から」
 またもショーンの眉間にギュッと皺が寄り、次の瞬間勢いよく抱きつかれていた。
 羽柴は優しくショーンの髪を撫でてやりながら、「さっきの返事貰ってないけど?」と呟いた。
 ショーンが顔を上げる。
 ショーンの顔をアップなんて、もう何度も見ているが、それでもその度にハッとさせられる。その美しい瞳に吸い込まれそうで。
「イエスだよ、もちろん! そうに決まってるじゃない・・・!!」
 今度はショーンの唇が勢いよくぶつかってきた。
 ちょっと慌て気味の余裕のないショーンの唇に比べ、羽柴はゆっくりとまるでショーンを落ち着かせるように舌を使った。
 次第に、ショーンの動きも穏やかになっていく。
 激しいのもいいが、こういう静かでしみじみとしたキスもいい。
 心に染みいるようで。
 身体の力が完全に抜けているショーンが可愛くて、羽柴は思わずTシャツの中に手を滑り込ませる。
 ゆっくりと肌を撫で上げると、最初の時のようにハァと気持ちよさそうに息を吐いた。
 羽柴はペロリと唇を舐めた後、首筋を下から上に舐め上げる。
「・・・ハ・・・ぁ・・・」
 長い息がショーンの口から漏れて、彼はゆっくりと背を仰け反らせる。
「仕事は? 明日、仕事ないね・・・?」
 羽柴が確認をすると、ショーンはコクコクと頷いた。
 以前初めてした時は、ショーンが声を嗄らしてしまって大変だった。
 一応、確かめておかねばならないポイントだ。
 羽柴はショーンのジーンズのホックを外してジッパーを下ろしながら、耳元で囁く。
「── 風呂、後でいいよな・・・」
 その瞬間。
 ガバリ!
 ショーンが物凄い勢いで身体を起こす。
 弾かれた格好の羽柴は、いつかのショーンみたいにゴロゴロとベッドの上を転がった。幸い、広いベッドを買い換えたばかりだったので、あの時と同じように床に転げ落ちることはなかったが。
「風呂、後じゃ・・・よくない!!」
 ショーンは何を思ったのか、顔色を青くしてそう叫ぶと、ジッパーを上げつつ、バタバタとロフトを降りて行った。
 ひとりポツンと取り残された格好の羽柴は、ポリポリとこめかみを掻くと、少し苦笑いを浮かべて大きく溜息をついた。
「── なるほど、こういうことか」

 

hear my voice act.03 end.

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編集後記

ど~も~!
テンションは高いですが、案の定、ご想像の通り、今週分のゴブガリアンを書き上げることができませんでした(大汗)。
で、取り敢えず、ストックのあったヒヤマイをアップ(汗)。なにとぞご容赦ください。

で、今週なぜゴブガリアンが書けなかったかというと、ワタクシ、この度老犬の介護生活に突入いたしました。
家で猫を飼っていることは以前にもお話いたしましたが、実はうち、犬も飼っておりまして、その満19歳を迎えるうちの老犬が、ついに室内犬となり(本来は室外犬でしたが、足腰が弱くなったんで)、紙オムツ着用とあいなりました。
ま~、19年も生きてるんでね・・・。ま、来るべき時が来たという感じです。犬の19歳って、人間で言うといくつになるの?多分、100歳はゆうに超えてると思いますが。
で、一日家にいる率の高いオイラが、ほぼ24時間体制の介護士として生活している日々なんです。これが結構疲れるんですよ~。夜中にもオシッコするからオムツ替えて上げないといけないし。ほぼ赤ん坊の子育てに近い状態です。
という訳で、ただでさえゴブガリアンに対する創作意欲が酩酊しているのに、今では犬の出すサインがオムツ替え時なのか、はたまたお水飲みたいサインなのか、それとも横たわりっぱなしで身体が痺れちゃったのサインなのか、見極めることで頭がいっぱいです(大汗)。
や~、大変だ、大変だ。
次週こそはガンバリマス・・・・。

[国沢]

小説等についての感想は、本編最後にあるWEB拍手ボタンからもどうぞ!

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