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act.14

 

[15]

 「俺って、雨男なのかもしれないなぁ」
 ショーンがバツが悪そうに口を尖らせる。
「肝心の旅立ちの日だっていうのに、雨なんて」
 そんなショーンの言葉を聞いて、ポールが天を見上げた。
 曇天の空からは、小雨がサラサラと落ちてくる。
 ポールは少し物寂しげな微笑みを浮かべ、「おじさんの心境を表してるんじゃないのか・・・」と肩をすくめた。
 ショーンも「そうかもね」と小さく答える。
 ショーンの背後では、ブルブルと震えるバスの鈍い銀色の車体があった。行き先を告げるサインには、『ニューヨーク』とある。
 荷物はもう積み込んであった。あとはショーンの身体と肩に掛けたギターケースだけだ。
 長距離バスの発着場は、平日ともあって閑散としている。
 無事卒業することが決まったショーンは、皆が楽しみにしている卒業式を待たずして旅立つことに決めた。町でもはや語りぐさとなっているあの舞台公演から幾数月。あの舞台に立つチャンスをくれたジョン・シーモアが、更なるチャンスを与えてくれたためだった。
 何でも、ジョンの知り合いの大手音楽会社のプロモーターが、新しく売り出すロックバンドのために腕のいいギタリストを捜しているという。口利きをしてやるから、オーディションを受けてみなさいとつい五日ほど前に電話がかかってきた。舞台俳優ではなく、純粋にミュージシャンとして生きてみたいと願うショーンの気持ちを汲んでの話だ。
 万が一そのオーディションに受からなくても、ショービズの世界では中心地である土地で修行するのもいい。当面の面倒は、こちらで見て上げるから・・・とジョンは言ってくれた。
 こんな片田舎の名もない少年のために、業界屈指の著名演出家がそこまで申し出てくれるとは、またとないチャンスだった。
 あの舞台公演を境に、更に友情を深めたポールや新しくできた友達、町の人々らとこんなに早く別れることになって正直寂しくないと言ったら嘘になるが、このチャンスが逃すべきものではないということは明らかだった。
 出発の日のことは、数ある友人の中ではポールだけにしか言わなかった。
 大勢の人に見送られるよりは、本当に大切な人だけと静かに別れを味わいたかった。
 だから今日は、ポールとスコットしかここにいない。
 スコットは今、近くのストアでショーンが道中困らないようにと買い物に行った。
 ひょっとしたらただ単に、息子との別れの寂しさを紛らわせようとしたのかもしれない。
 世話になったクリスにも今日のことを知らせたが、出発の十分前になっても姿を現さないところを見ると、彼もこういう別れは苦手なのだろうか。
 あの舞台公演以来、少しずつだが町は変わった。
 僅かではあるが、また以前のようにスコットに接してくれる人が現れ始め、自動車の整備を直接スコットに依頼してくる人まで現れた。流石に件数は少なかったため、それだけで食べることはできず、町の外に仕事を探しにいこうとしていた矢先、ショーンの学校の校長先生がスコットにフットボールチームのコーチを依頼してきた。以前にもスコットをフットボールチームのコーチにという声は上がっていたが、ショーンとの時間を割くためにとスコットが断っていた仕事だった。報酬は少なかったが、それでも自動車整備の収入と合わせると、それなりの金になる。それに、本心を言えばスコット自身もやりたいと思っていたことだったので、今回はすぐに契約する運びとなった。今では、スコットの熱心なコーチぶりに父兄会の方からもいい反応が返ってきているそうだ。
 そしてショーンはというと、言わずもがな彼は一晩で学園のスターの地位を確立してしまった。
 以前よりその容姿の良さを取りざたされることはあったが、彼のアーティスト性に惹かれた者が男女問わず現れた。相変わらずショーンのことをよく思わない連中がいることも事実だったが、ショーンが向き合わなくても周囲の者がそんな連中を一蹴してくれた。流石に、毎日どこかで女生徒に呼び止められて愛の告白をされることには閉口したが。
 あれからショーンは、毎日クリスの劇場を訪れるようになった。
 ステージが空いた時間には思う存分ギターを弾かせてもらい、それ以外の時間はクリスの仕事を手伝った。夜にはショービズの世界の話を色々聞かせてもらい、劇場を訪れる出演者達と交流もさせてもらえた。
 あれからクリスとも、もちろんスコットとも肌を合わせることはしなかったが、それでも心地よい愛情を二人から十分に感じることはできた。
 クリスはとても天の邪鬼で、間違ってもそんな感情を口に出したりはしなかったが。
 けれどショーンの髪を掻き乱す時や、何気なくハグしたりする時に今までにはない親しみを感じた。やはりああいう些か変わった形でとはいえ、ショーンの初めての相手をし、身近でショーンの成長を目の当たりにすることになって、クリスの中にも父性にも似た感情が芽生えてきたのだろうか。
 一方クリスとスコットの間には、あの後も何回かそのようなことがあった気配を感じたが、ショーンはあえて気付かない振りをすることにしていた。理由は自分でも分からなかったが、不思議と気持ちの中に曇りはなかった。むしろ、スコットに頼るべき相手ができたことの方が嬉しく思えた。
 そしてショーンとスコットの関係は・・・

 「ごめん、待たせたな」
 スコットは両手に沢山の買い物袋を抱えて帰ってきた。
「うわ、こんなに持っていけないよ!」
 驚きの声を上げるショーンを見て、ポールが笑う。
「新しい下着だって持ってるし、こんなにお菓子もいらないよ。なんだってトイレットペーパーまで詰め込んでるんだよ?!」
「道中なかったら困ると思って」
 いつもしっかりしているスコットとは大違いで。
 その慌て振りが如何にも息子との突然の別れに動揺していることが伺えた。
「分かったよ、ショーン。これは持って帰る。でも、これだけは持っていってくれ」
 スコットは懐から分厚い封筒を取り出した。
 そこには、苦しい生活の中でも地道に貯金してきたお金が入っていた。その金額を見て、ショーンは一瞬言葉を失った。
「・・・こんなに・・・」
 顔を強ばらせるショーンに、スコットはいつもの優しげな微笑みを浮かべた。その目は、既に一泣きしてきたのか赤く充血している。
「本当は、ショーンが大学を卒業して俺のもとから巣立つ時に渡そうと貯めていたお金なんだ。だから元々これはお前のお金なんだよ。俺もまさか、ショーンがこんなに早く巣立っていくとは思わなかったけれどね」
 ショーンはグスリと鼻を鳴らすと、スコットの身体を抱きしめた。
 その視線の先で、ポールが気を利かせて建物の向こうに姿を消してくれるのが見えた。
「・・・大学、行かなくてごめんね。夢を壊しちゃった」
 スコットはずっとショーンに一流大学を卒業して欲しいと願っていた。それを蹴る形で旅立たねばならない自分を許して欲しいとショーンは思った。
 スコットがゆっくりとショーンの背中をさする。
「何言ってるんだ。この先、お前がどうなろうと、お前は俺の夢だし、誇りだ」
 スコットがショーンの両肩に手をやり、身体をそっと放す。
「・・・それに・・・夢を壊したのは俺の方だったじゃないか・・・。俺は、お前の気持ちに応えられなかったんだから・・・」
 再びスコットの涙腺が緩む。
「ショーン・・・ごめ・・・」
 ショーンはスコットの唇に指を押し当て言葉を塞いだ。
 ショーンは穏やかな微笑みを浮かべる。
「それ以上言わないで、父さん」
 スコットが目を見開く。
「俺、父さんの子で本当によかったよ。凄く愛してる。もちろん息子として」
 ぽろりと涙を零すスコットの大きな蒼い瞳が、細められる。
「Thank you, ..... my son」
 笑顔の形を浮かべたスコットの唇が、ショーンの額にそっと押しつけられた。
 ファンファン!
 ふいにバスのクラクションが鳴り響いた。
 出発の時間だ。
「向こうに着いたら、必ず電話するんだぞ」
「ああ、分かってるよ」
「向こうは危ないことだらけだ。くれぐれも気を付けて」
「うん。父さんもね」
「困ったことがあったら、いつでも連絡してくるんだぞ。すぐに飛んでいくから」
「了解。・・・・・ね、父さん」
「ん?」
 ショーンはタラップに足をかけた状態で振り返る。
「本当にありがとう」
 その一言には、言葉にしきれないいろんな気持ちが篭もっていた。
 スコットにもそれが伝わったのだろう。
 とうとうボロボロと本格的に泣き始めたスコットが、うんうんと頷く。
「クリスのバカにもよろしく伝えといて。あのおっさん、本当に天の邪鬼なんだから」
 クリス顔負けの毒舌でショーンはそう言うと、そこで少し寂しげな表情を浮かべた。
 姿を見せないのがクリスらしいとは思っても、やはり最後に顔を見られないのは寂しい。
 でも、行かなきゃ。
 運転手が焦れるように自分を見ていることに気が付いて、ショーンはバスに乗り込んだ。
 バスの中は空いていて、ショーンは好きな席に座ることができた。スコットの姿がよく見える窓際の席に座り、窓を開ける。
 バスが動き始めた。
 スコットとポールが懸命に手を振る。
 ショーンも手が千切れるほど手を振り替えして、やがて二人の姿が見えなくなった。

 別れというものは、あっけないものだ。
 それでもじわじわと寂しさが募ってくる。
 ショーンは大きく息を吐き出して涙を腕でグイッと拭うと、窓を閉め、座席に腰を下ろした。
 と、その時。
 町を出る橋のたもとで、雨に濡れながら欄干に身を預け立っているクリスの姿が見えた。
 ショーンは「あ!」と声を上げ、窓ガラスに張り付く。
 彼はバスの中のショーンを見つけると、一回だけ手を振った。
 バスはあっという間に通り過ぎ、クリスがどんな表情を浮かべているかも分からなかった。
 ・・・でも、あの人らしいや。
 ショーンは何とも言えない気持ちになって、車窓を流れていく大きな川の水面を眺めた。
 バスは、どんどん慣れ親しんだ町を離れていく。
 この先、どんな未来が待っているのだろう。
 それを考えると、今までショーンの心を支配していた悲しみが少し和らいで、ドキドキと胸が高鳴ってくる。
 どんな未来が待っていようとも、スコットを悲しませるような人間にだけはならない。それに必ず、あの二人よりももっともっと好きでたまらなくなる人に出会うんだ、絶対に。
 ショーンは、ゆっくりと微笑んだ。
 折しも、雨雲の切れ間から差し込んだ陽の光と同じ色を、その瞳に浮かべながら。

 

don't speak end.

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編集後記

皆さん、いかがだっでしょうか? 最終回。
おそらく、読まれた方の殆どが、こう思っておられるでしょう・・・
「なんだ・・・『二番もあるんだぜ』ってやつか・・・」
そうです。国沢、『nothing~』に匹敵するような文字数を重ねて何をやっていたかというと、今後書きたいと思っている話の、ま、『前振り』・・・・(力汗)。
ごほ、ごほごほ・・・・。
お、怒ってますか?ひょっとして。「なんだよ、最後の最後に、おいらは前振りなんぞを読まされていたのか!!」ってパソコンにかじり付いたりはしてないですよ・・・・ね?←自信なさげ。
・・・・。
さ!次回作ですが!!←無理矢理話題転換。
次回は、いよいよお待たせしておりました『go on』その後。隼人の物語を予定しています。
キリバンリクをいただいて、もうかれこれ幾数年か・・・って言ってもおかしくないほど時間が経ちすぎてます。リクエストいただいた志保様やコレチカ様が今だ本サイトを訪れて頂いているかも、国沢にとっては大いなる謎な訳で・・・(脂汗)。
父さん・・・。僕は、父さんには言えないほどの恥ずかしいことをしてしまった訳で・・・決して、父さんの作ったかぼちゃなんかでは許してもらえないことだと思える訳で・・・。レイちゃ~ん!!!どうして君は、真珠夫人なんかになっちゃったんだ~~~~~!!!
・・・・。
え~と。とにかく、遅すぎるキリバンリクのアップ・・・すみません(大汗)。
とりあえず、また少しお休みをいただいて、連載を開始する予定です。
前回は一ヶ月ぐらいお休みをいただきましたが、今回はそろそろ夢の25万ヒットが間近な気配も感じますので、その感謝週間更新になるのではないかと思われます(ま、またニボシ・・・?)。ということなので、いつから更新再開になるかは誰も分からないという・・・(力汗)。カウンターのみぞ知るなので、おいらも分からないという・・・(力汗汗)。・・・スリルを感じているのは、国沢だけ?(笑)う~ん、目が離せませんな←国沢だけが。
ところで、(あとがきが長くなってすみませんが・・・)どうしても今日書いておきたいことがあるので、書かせてください。
今日9月11日は、アメリカ同時多発テロから丸三年を迎える日です。
いきなり何でそんな固い話をしてるんだって感じなんですけど(汗)。
あの出来事は、自分の中で今も物凄く大きな出来事なんです。偶然チャンネルを変えた際に目に飛び込んできたあの映像。LIVEで二機目の旅客機がビルに突っ込んでいった様に遭遇して、今だかつてないショックを受けたことを覚えています。今でもあの映像を思い出すと、涙腺が緩くなってしまいます。
あれは一体なんだったんだろう、と今でも漠然とそう思うことがあります。
事件の原因とかその後の世界が選択した行動やら結果やらとか、そういうことを考えるということではなく、あの瞬間に感じた言葉にすることのできない、それでも途轍もなく大きな感情の揺らぎというか・・・。
なんか未だにうまく表現することができませんが。
あの悲劇にもっと近い位置に自分がいたとしたら、もっとはっきりと分かったのかも知れません。例えば、ニューヨークに住んでいたとか、もっというとあのタワーの中に知り合いや家族がいたとか、自分自身があそこにいた、とか。
けれど当然自分は、肉体的にも精神的にも遠く離れたところにいた訳で、そんな自分すら三年経ったいまでもこれほどの褪せることない衝撃を感じているんです。それを思うと、世界のどれだけの人々にあの事件は影響を与えたのでしょうか。
あれから三年経ったニューヨークが、あの事件を受けてどうなったのか。どう立ち直っていったのか。被災者の状況は。家族は今何を思っているのか。善良なイスラム教徒の方達は、今の状況をどう考えているのか。そういうことが凄く知りたいのに、表に出てくるのは『対テロ対策の強化』ばかりですよ。やれラムズフェルドやら、チェイニーやら。もうそんな人達の顔は見たくありません。
三年経ったいまでこそ、語れる話がたくさんあると思うのに・・・。
ネットの世界を潜れば、自分が知りたいと思う多少の情報はありますが、今のところテレビ報道はとても少ないですね。そういう情報を扱っているところが。(ま、国沢が地方のテレビ局の少ない地域に住んでいるせいもあるかもしれませんが)昨日のトクダネでの日本人遺族の遺灰受け取りをあつかった特集と今日の夜に放映になるドラマぐらいですか? やはり日本にとって、あの事件は対岸の火事だったのでしょうか。
それとも、あれはまだ、『終わってない』ことなのかなぁ。終わってないからこそ、冷静に振り返るということができないのでしょうか。
あの衝撃映像にこれまでにない深い悲しみを感じたのに、イラク戦争の映像を見て、悲しみを感じたけれどもその程度は明らかに低かった自分が、何だか情けなく感じます。
あのテロで亡くなった人も、戦火に巻き込まれて亡くなったイラク市民も同じ尊い命の筈なのになぁ・・・。自然と自分の近いところの出来事の方に深く感情移入してしまっているんだなぁと思います。正直言って、イラクやアフガンのことは遠い・・・。
けれどこの戦争が、人にとって何の利益も生み出さないことは国沢にも分かります。(あ、世界のほんの限られた人々には多大な利益をもたらすでしょうが)
これから後、どんどん時代が進んで、自分が死んでからもっとずっと後、その時代の歴史学者が『今』を振り返ってどういう評価をくだしているのかが凄く気になります。小学校の教科書に、どういう形で今のこの現状が語られることになるのか。ホント、タイムマシンがあったら、見に行きたい。皆さんは、そう思いませんか?

[国沢]

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