act.09
[10]
「立ち聞き魔だな」
クリスがニヤニヤと笑う。
クリスは壁際に飾ってある小さく華奢な革張りの椅子を自分の座っていたシングルソファーの横に置くと、
「ま、こっち来て座れよ」
と言った。
ショーンは無言のまま、おずおずと足を進め、素直にストンと腰掛ける。
ショーンは俯いたまま。そしてスコットも俯いたままだった。
「・・・いつから・・・起きてたんだ?」
遠慮がちにスコットが口火を切る。すぐに小さな声でショーンが答えた。
「スコットが部屋を覗いた時から」
互いに視線は合わさなかった。
そんな様子を見て、クリスが溜息をつく。
「もう最悪だな、お前さんらは。互いに相手のことを好きだ、好きだと言っておきながら、自分で垣根を作るなんて何様だ。まったく付き合ってられないね」
クリスが煙草を銜えながら席を立つ。その気配を察して、ショーンもスコットも同時に顔を上げ、クリスを見た。双方とも、ここでクリスにいなくなられたら大変と、必死な顔つきをしていた。
クリスは両側からそんな視線を受けて、ガリガリと頭を掻く。口をへの字に曲げた。
「・・・まったく・・・。ホント、やな性格してるね、お前さん達は」
目で語るところなんか、そっくり過ぎて涙が出てくるってもんだ・・・とクリスは小さく悪態をついた。そうして再び、ソファーに腰掛ける。彼は横柄に足を組んだ。
「俺の貴重な睡眠時間を削ってるんだ。是非とも実のある話し合いにしてくれよ」
それはもっともな話だった。
クリス・カーターは己の利益しか考えない偏屈男だと町中の噂だったのに、今はこうしてショーンととスコット為に時間を割いてくれている。そればかりか、昨日から家出同然で飛び出してきたショーンを手厚く面倒みてくれた。
冷たい印象を与える美貌や自信に満ち溢れている物の言い方が、町の人間にないくらいのハイクラスであるが故に、そんな噂が立つのだろう。
今やクリスは、ショーンの頼み綱のような存在で、おそらくスコットも同じようにクリスのことを見ていた。
そのことを考えると、何か奇妙な感じがして、ショーンは少し笑みを浮かべる。その笑みは次第に大きくなって、最後には声を上げて笑っていた。
スコットもクリスも、突然笑い出したショーンに目を丸くしている。
「何だよ。不気味なガキだな」
思わず毒づくクリスを、スコットが責めるような視線で見つめた。
その視線を見ても、スコットとクリスがショーンが思っている以上に知った間柄だと分かる。
ショーンはその疑問をストレートにぶつけた。
「ねぇ。二人ってさぁ、したの? セックス」
明らかに二人が全身硬直した。
スコットはクリスを見つめたまま。クリスに至っては、煙草を銜えたまま、鼻から煙を細く吐き出しながらという始末だ。
「やっぱ、そうなんだ。・・・だからスコットは俺にここには来るなってあれほど言ったんだね。何だっけ・・・確か『クリス・カーターは悪い噂の絶えない人間だ』」
「や・・・、それはな、ショーン・・・」
ショーンに向き合うスコットを今度はクリスが恨めしそうに睨み付ける。
「お前、俺のことを息子にそう教えてたのか・・・」
如何にも恩を仇で返しやがってという口調に、再びショーンは笑い声を噛み殺す。
ショーンの言ったことに慌てている大の大人二人の反応がおもしろかった。
「だから、悪かったって。あんなことがあったんだ、隠したいものだろ、普通」とスコットが言うと「誤魔化しきかない手前の不器用さが悪いんだろ? 俺のせいにするなよ」とクリスが口を尖らせる。同世代同志の飾らない会話。そんな風に話しているスコットを、ショーンは初めて見た。
そしてショーンは、自分の中に渦巻いている苦しみを和らげる糸口がそこにあるような気がして、表情を和らげた。
「で、結局、どうしてそんなことになったの?」
ショーンが少し意地悪にそう訊くと、二人同時にショーンを見て言った。
「クリスの優しさについ甘えてしまったんだ」
「お前さんのパパがおいしそうで、ついつい弱みにつけ込んだんだ」
一瞬の間が空いて、ショーンはプッと吹き出した。
そしてケタケタと笑った。
次第にクリスが笑い出し、スコットもやがて笑顔を浮かべる。
そして三人でしばらく笑いあった。
凄くおかしくて朗らかで、そしてちょっぴり切なかった。
目尻に浮かんだ涙を、ショーンは指で拭った。
「・・・スコットの気持ちはよく分かったよ、俺」
ふいに笑うのを止め、静かな声でショーンは切り出した。
「俺がどう足掻いても、親子としてしか見て貰えないってことも、スコットの正直な気持ちなんだよね。・・・それに、スコットが俺の事をどれだけ大事に思っていてくれているかも分かった」
「ショーン・・・」
今にも泣きそうな顔つきでスコットがショーンを見つめる。
「俺、嬉しかったよ。どんな思いであれ、スコットが何より俺のことを愛してくれているのは、やっぱり嬉しいもの。・・・だけど、すぐにまた元の親子に戻るのは、やっぱり難しい・・・・。自分が納得できるだけのきっかけが欲しいんだ」
ショーンは大きく息を吐くと今度は真っ直ぐクリスを見た。
「だからクリス。スコットとセックスしてよ。今夜、ここで。その後、俺ともセックスをして」
ポロリ。
クリスの口から煙草が落ちる。
クリスの腹部に落ちたそれは、しばらくしてジジジとシャツを焦がした。
ようやくクリスがそれに気づき、「アチチチチ」と煙草を取り上げ、灰皿に押しつける。
「お前、それ本気で言ってるのか?」
と声を荒げて言った。
全身真っ赤にして再び硬直しているスコットを横目で見ながら、クリスは眉間に皺を寄せた。しかしショーンはいたって真面目だった。
「スコットとできないのは分かってる。そんなことで罪悪感を持たせたくないし・・・。それなら、スコットとセックスしたあんたとしたい。俺だって、これから先本気で好きかどうか分からない女と記憶にも残らない初体験をするのなら、自分が納得した相手と初めてのセックスがしたいもの。・・・確かに・・・確かにとんでもないことだと思う。非常識も甚だしいって思うかも知れない。けれど、俺にとっては必要なことなんだ。きっと、納得できる何かがそこにあると思う」
驚くほどの静寂が訪れた。
もう誰も、ショーンの事を茶化した表情で見てはいなかった。
それは、ショーンが必死に弾きだした答え。
成就しなかった思いを消化するために考え抜いた方法だった。
・・・突拍子もない考えだがな・・・。
やっぱ頭のいい奴は考えることもぶっ飛んでるとクリスは心の中で呟きながら、パンと両手を叩き合わせた。
「よし。分かった。おい、スコット。一人でシャワー浴びられるか?」
スコットが目を丸くする。
「おっ、おい。本気でやる気か?」
「冗談だと思うか?」
クリスは立ち上がりながらスコットを睨み付ける。
「テメェの息子が腹カッ捌いて考えたんだ。お前のことを諦めるためにな。それぐらいのご褒美、くれてやれ」
クリスは寝室のドアを開けると、ドアのすぐ側にあるクローゼットを開けゴソゴソと中を探った。
クリスはバスローブと厚手のバスタオルを取り出すと、それをスコットに向かって放り投げた。
スコットはそれを受け取り、しばらくじっとそれを見つめている。
ショーンもクリスも黙ってスコットの返事を待った。
スコットがショーンを見る。
「お前の望まない結果となっても後悔しないか? 男同士のセックスは、男女のそれとは違って、グロテスクなところもある。お前が想像していた事とまったく違っていたら・・・」
「大丈夫だよ。嘘はいらないんだ。スコットが何を求めているのかが知りたい。それがどういうものなのかを知りたい。そこに何があろうと、これだけは断言できる。後悔はしない。絶対に。だから、スコットもそう思って。前みたいな親子には戻れないかも知れないけれど、また新しい気持ちでスコットと向き合いたいんだ」
ショーンの言葉で、スコットの中でも躊躇いが吹っ切れたらしい。
スコットは僅かに微笑むと、小さく頷いた。
三十分ほどして、リビングのソファーに座っていたショーンは、寝室のドア越しクリスに呼ばれた。
もうスコットとセックスを済ませてしまったのだろうか、その割に静かだったのに・・・と訝しげに思ったショーンがドアを開けると、バスローブを羽織ったままベッドの上にいるスコットと目があった。
クリスも同じようにバスローブを着たままで、乱れた様子はない。
ショーンは怪訝そうにクリスを見つめると、彼は言った。
「声だけ聞いてたって意味あるか。そこで見て勉強しろ」
クリスは顎で寝室の片隅にある椅子を指す。
流石に見学することまでは許して貰えないと思っていたショーンは、「え、いいの?」と思わず聞き返した。やはりスコットは酷く緊張した顔つきをしている。そのスコットの首に手を回しながら、クリスがニヤリと笑った。
「心配しなくても、外野の存在なんて分からなくなるまで、ドロドロにさせるから」
そんなものなのか・・・?と思わず自問自答したショーンだったが、妙に学問心が刺激された。本当にそうなら、そうなる様を見てみたい。
ショーンは腕組みをして椅子に座った。
クリスがハハハと笑う。
「なかなか研究熱心な顔つきをしてやがる。どうせなら、パパの好みをダイレクトに知りたいだろう? よく見ておけよ・・・」
そう言ってクリスは、スコットの口を塞いだ。
<以下のシーンについては、URL請求。→編集後記>
「ねぇ、大丈夫かな」
深く目を閉じてピクリとも動かないスコットを見つめながら、ベッドの上で裸のまま胡座をかいたショーンは呟いた。
グレイのカーペットの上には、バスローブを乱暴に羽織ったクリスが大の字に寝っ転がっている。クリスは、だるそうに頭を起こして、スコットの様子をちらりと見た。
「疲れて寝てるだけだ。どうせここのところろくに寝てなかったんだろう。あまりのことにぶっ飛んじまったのさ。まさか、三人でやることになるなんて夢にも思ってなかっただろうからな」
「・・・やだな。その露骨な言い方」
ショーンは、スコットと自分の身体の汚れを拭ったタオルをサイドボードの上に放り投げる。今度クリスは、頭を上げずにただ目線だけでショーンを見た。
「お前さんが言い出したことだぜ」
ショーンは顔を赤くする。
「言い出したって・・・! 俺は三人でだなんて言ってない。別々でもよかったんだ。それをあんたが・・・」
クリスはけだるそうに身体を起こすと、ショーンの姿がよく見えるように身体を横向きにした。その表情はニヤニヤと笑っている。
「何言ってやがるんだ。本当は、嬉しかったくせに」
ショーンは口を尖らせる。
実のところ、クリスの言ったことは図星だった。
もう一生見ることのできないスコットの姿を目に焼き付けることができた。そう思うと、純粋な感動が押し寄せてくる。
本当なら、もっと性的な興奮を覚えてもいい筈なのに、逆にそれが清々しく思えて。
やはり自分は、どこかがおかしいのかもしれないな、とショーンは思っていた。
「それで? ご感想は?」
「え?」
「だから、答えは見えたのか?」
そう訊くクリスの瞳は、もうショーンをからかったりなどしていなかった。そんな視線を受けるのが、なんだか照れくさい。
ショーンは、天を仰ぎながら大きく深呼吸をした。
「見えたよ。やっぱり、自分じゃ駄目なんだって理由が分かった」
「へぇ」
クリスの口調は軽々しかったが、その視線は温かかった。ショーンにも、この男の天の邪鬼振りがようやく心地よくなってくる。
ショーンはクリスを見て、微笑む。それは自然に浮かんだ何の飾り気もない穏やかな微笑みだった。
「スコットには、甘えられる相手が必要だったんだ。切ないけど、俺じゃ役不足だよ。どんなに頑張っても、スコットを追い越すことはできない。背伸びしたって、本当に支えることなんてできないし。スコット自身、ちゃんと気づいてないかも知れないけど、きっと心の奥底では分かっていたんだと思う。アンタに抱かれてるスコットを見て、そう思った」
ショーンはそう言いながら鼻の奥がツンと痛くなるのを感じた。
顔は微笑んでいたが、小さな涙が零れ落ちる。
まるでそれは、ショーンの中の最後の未練のような気がした。けれどそれは、決して嫌な涙ではなく。
ショーンは、テレくさそうに鼻を鳴らす。
「でも、後悔はしてないよ。スコットを好きになったことも、今夜のことも。スコットは、こうなったことを怯えてしまうかもしれないけれど、大丈夫。また、新しい一歩を踏み出せるよ、俺達。恋人同士なんかじゃなくて、互いに愛すべき存在として。愛の形は、いろいろある。そうなんだよね・・・」
クリスは、眩しそうにショーンを見つめていた。
やがて小さく溜息をつき、微笑む。
「お前・・・大人になったな」
「・・・そう?」
「ああ。・・・お前さんにあんまりいい男になり過ぎるられると困る。男前は俺一人で十分」
ショーンはクリスの言い草に大笑いした。クリスも、クックッと喉を鳴らす。
そうして一頻り、笑い合った。
don't speak act.09 end.
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編集後記
皆さん! お待たせいたしました!!
今晩、やっと今まで(テレ)隠していた『裏テーマ』を大発表します!!
・・・。
って、今日の本文をお読みになった皆さんは、もうお分かりでしょうね。や、察しのいい方は先週までの時点で分かっていた方もおいででしょう(汗)。
でもま、一応お祭りなんで(←お前だけだろ、国沢)盛り上がっておこうかな、と。
そうです! 今回の裏テーマとはズバリ、
『3persons』ざますよ、奥様!!!!(力汗)
ま、属にいう『3P』ってやつですか。(間違ってたら、ごめんなさい)
でもなんか、3Pっていうとまだ恥ずかしいので、ここはあえて3パーソンズってことで(脂汗)。
三十過ぎて、かまととぶるなって言わんといてください(滝汗)。しかも、内容的にはガッチリ3パーソンズではなく、やや3パーソンズですので、過度の期待はせんといてくだされ・・・(汗汗汗)
種明かししたら「なぁんだ」って感じでしょうが、国沢の中では結構難しいシュチュエーションでして、乗り越える壁はでっかかったっす(汗)。国沢的に自然に書ける、そして必然性のある3パーソンズシーンってことで頑張ってみました(笑)。
しかし、余談ですが、今回のメール配信も更新9回目で、ですねぇ・・・。
思えば、『nothing~』も『神様~』もそうじゃなかったっけ???
・・・・。
国沢、どうやらそういうバイオリズムのようです(なんじゃそりゃ(汗))。
おいら、汗、掻(書)きすぎですか?
ということで、ではいつもの決まり文句をどうぞ。
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[国沢]
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