
act.55
一見すると、穏やかな週明けだった。
厳しい寒さも緩み、春の気配が伺えそうな程、身を切るような空気の鋭さがなくなっていた。
数字からいえばまだ2月だったが、今年は暖冬らしい。去年より雪が降る回数が少なかった。
マックスにとっては、やや騒がしい週の幕開けとなってしまった。
今週・・・正確には今日、以前取材を受けたUSパワー誌の雑誌が発売される予定になっており、会社の回転ドアを潜ると、途端に様々な人間から執拗に声をかけられることになった。
「いよいよ今日ですね。楽しみでしょう」
といったような内容の台詞ばかりだったが、警備員のサイズを皮切りに、顔を合わせる社員の殆どがそう言ってくるものだから、マックスは少々閉口した。元々社員に気さくに話し掛けられるマックスだったので仕方のない話だったが、取材好きだったキングストンのような人間とは違い、マックスは自分が脚光を浴びるようなことにはあまり興味がなかったので、その手の話は正直疲れてしまう。
そそくさと医務室に身体を滑り込ませバタンとドアを閉じると、思わず大きな溜息をついてしまった。
腕時計を見る。
会社のエントランスゾーンから医務室に到着する時間がいつもより倍以上かかっているのを知って、また溜息をついてしまった。
「楽しみですねぇ」という社員の方が楽しみにしていることなど、相手の顔を見ればすぐに分かった。
何せ会社自体、あの爆発事件があってからというもの暗い雰囲気がどこか漂っていた。そんな中で、マックスが有名雑誌の人気コーナーに取り上げられたことは、同じ会社に勤める者達とって誇らしいことであり、明るいニュース以外のなにものでもなかった。
会社の広報部の思惑としては、大きな契約を控え、少しでも会社のイメージをよくするために図ったことであったが、結果的には会社内の雰囲気をも好転させる結果も得られた、という訳だ。人間誰しも、身近な人間がしかるべきメディアに取り上げられることは、まるで自分のことのようにワクワクするものだ。
しかし当のマックスはといえば、マーク・ミゲルの一件があったので素直に喜べない。
広報部の者もよもやマックスが、あのマーク・ミゲルに口説かれているとは夢にも思っていないので気楽なものだ。かといって、口説かれたことを大っぴらにしえる訳もなく・・・。
マックスは、パンパンと軽く両手で顔を叩くと、コートを脱ぎ、ロッカーから白衣を出してジャケットの上から羽織った。
そろそろ1ヶ月に一回の定期検診の準備をしなければならない。デスク上の棚から分厚いファイルを取り出し、パラパラと捲る。次回の定期検診は、多忙を極める営業部の予定になっている。彼らは日中出先を回っている者がほとんどで、うまく方法を考えねば、全員の検診はできそうにもない。
通常の会社なら、該当の部署に定期検診の文書を送って、自発的に社員がくるのを待つというのが殆どだろうが、マックスとしては、社医というからには、もっときちんと社員の健康管理に責任を持ちたかった。文書を配っただけでは、忙しすぎる最も健康に気をつけねばならない社員達は医務室に来る暇も惜しんでしまうのだから。
「やっぱり個別に話して潰していくか~」
労力はかかったが、一番確実な方法だ。営業部の場合は、終業間近の時間を狙うのもいいかもしれない・・・。
マックスは、営業部の社員リストをパソコンに表示させ、カルテを作成する作業に移った。
一見簡単そうな作業だが、過去前任の社医の残していった記録と統合させながら個人カルテを作成しなおすのだから、丁寧で根気のいる作業である。
いつしか夢中で作業を進める内、お昼時間を過ぎてしまったらしい。
コンコンとドアをノックされ、マックスはふいに正気に戻った。
「はい、どうぞ」
マックスは、立ち上がってドアを開け、ギョッとした。
「どうも」
あの華やかな笑顔がドアの外にあった。
「ミゲルさん!」
思わず大きな声を上げるマックスに、ミゲルは苦笑いしながら肩を竦める。
「そんなに悲劇的な顔をしなくても。・・・はい、これ届け物」
マックスに、雑誌の束をドサリと預けてくる。USパワー・ジャーナルの最新号だ。表紙の片隅に記事のタイトルとマックスの写真が載っている。
マックスはきょとんとする。
「これを届けに態々?」
「そう」
それがどうした、とでもいうようなミゲルの表情に、マックスは唖然としてしまう。
「こんなの郵送で十分じゃないですか。あなたは、スター記者なんでしょう?」
マックスはデスクの上に雑誌を置くと、怪訝そうに後ろを振り返った。
ミゲルは大げさに両手を広げてみせる。
「つれないなぁ。僕の本当の目的は君なのに」
マックスは、その美しい容姿とは不似合いな男くさい仕草でガリガリと頭を掻く。
「やめてくださいよ。そんなに露骨に俺を口説こうとするのは」
「じゃあ、露骨じゃなかったらいいのかい?」
ニヤニヤとミゲルがやんちゃな笑みを浮かべる。マックスは、「あ」と揚げ足を取られたことに気がついて、憮然とした表情を浮かべた。
「そんな屁理屈は、通用しませんから」
普段は極めて相手の気持ちを優先して行動するマックスだったが、ミゲルを前にすると、まるで学生時代の自分のことだけを考えて生き生きと行動していた時分の感覚を思い起こさせる。
ムスッとした表情のマックスを見て、ミゲルはさも楽しそうにクックッと笑った。
ミゲルは医務室の中に入ってくると、デスクの上の一冊を手にとって、マックスの取り上げられたページを開いた。
「うちの社内でも評判良かったんだ、今回」
中庭の穏やかな日の光に照らされた自然な表情のマックスの写真が、大きく掲載されている。
『ミラーズ社を命という視点から支える、しなやかな勇気と力』とタイトルが打たれたその紙面は、爆破事件の時のマックスの活躍をさり気なく交え、マックスの命に対する真摯な気持ちと人柄を的確に表現した紙面に仕上がっていた。それに、ミラーズ社のイメージアップに繋がるような締めくくりも決して嫌味ではなく、そして卒がない。
広報部の連中は、これを読んで恐らく歓喜の声を上げるだろうが、マックスに取ってみれば、雑誌の中の自分は、本当にカリスマ性のある魅力を放っていて(恐らく、マーク・ミゲルやカメラマンの手腕によるものだろうが)、まるで自分のようでなかった。人事のように感じてしまう。
「この仕上がりだったら、さぞやグッテンバーク女史も喜ぶでしょう」
思わず客観的な台詞が出てしまったのは、仕方のないことだ。ミゲルはそれを見逃さなかった。
「君はどう思うんだい? まるで、自分のことじゃないみたい?」
雑誌を挟んだ距離に立ち、ミゲルはマックスの顔を覗き込んでくる。気持ちを見透かされたようで、マックスは顔を顰めた。
「俺は、ここまで素晴らしい人間なんかじゃないですよ。これはきっと、あなたの色目があるからこうなっている訳で、俺が禿げ上がった髭面の男だったら、こういう扱いにはならなかったはずだ。あなたは所詮、俺の見てくれに惹かれているだけだ。この見てくれだって、他の人間がてこ入れしなかったら、こうはならなかったんだから・・・」
「君はもっと、自分に自信を持った方がいい」
ミゲルが身体を寄せてくる。マックスは一歩足を引いた。
「君にはこの記事で表現されている以上の魅力があることが分からないのかい? 君には愛する人がいて、愛されていることを分かっているのに、なぜそんなに自分の魅力に気づいていないんだ。君の恋人は、君の魅力を君に気づかせることも出来ずにいる」
ミゲルに詰め寄られて、腰がデスクのヘリに当たる。もう逃げ場がない。
「僕なら、全世界に君の素晴らしさを大声で知らせる自信があるよ」
腕をつかまれ、そのまま強引に唇を奪われた。
「ん~~~~」
手で押し返そうとするが、ラテン系独特の屈強な身体を容易く退けることは出来ない。
もがく内にディープなキスをされて、マックスは地団駄を踏んだ。ようやくミゲルがマックスを解放する。
顔を真っ赤にさせて、マックスが「やめろよ!」と声を荒げようと思った時、開けっ放しのドアの向こうにウォレスが立っているのが見えた。
瞬時にして、マックスの顔から血の気が引く。
ミゲルも敏感にマックスの表情を察して、後ろを振り返った。
「おや。ミスター・ウォレス。先日は、電話で失礼致しました」
何食わぬ顔でミゲルはそう挨拶する。
ウォレスは、無表情で抱き合う二人を見つめていた。
「あ、あの、ジム。こ、これは・・・・」
気持ちだけが急いて、うまく言葉が出てこない。
まるでこれじゃ、テレビドラマじゃないか! テレビドラマだと、この後どうなるんだっけ? 『あらそうですか、お邪魔様』っていって、恋人が怒って姿を消す・・・だっけ?!
自分の思い浮かべたことに、益々パニックを起すマックスに、更にミゲルが口付けようとする。
と、ウォレスが動いた。
「いえ、ミゲルさん。先日の電話では、きちんとお答えも出来ず、こちらも失礼致しました。あの時、答えそびれたことを、今お答えしてもよろしいですか」
ウォレスはそう言いながら二人に近づくと、ミゲルの背中をぐいっと掴み、どういう魔法か分からないが、鮮やかな手の動きであっさりとミゲルをマックスから退けた。
さすがのミゲルもこれには驚き、ポカンとしている間に、ウォレスがマックスの腰を抱き寄せ、唇を奪う。
最初はギョッとしたマックスだったが、ミゲルとは明らかに違う優しくてしっとりとした口付けに、思わずうっとりとなってしまった。
プツンと音を立てて離れたウォレスが、流し目でミゲルに目をやる。
「お分かりいただけたでしょうか」
薄い微笑を浮かべるウォレスに、ミゲルは何を思ったのだろう。
右手で自分の口を覆って、天を仰いだ。彼にしては珍しく頬が赤い。
「まいったなぁ」
正直に弱音を吐くミゲルに、「こちらも正直まいったよ」とウォレスが返した。
「癪に触るのは山々なんですけど。よかったらこれから3人でランチでもご一緒しませんか」
もう普段のミゲルに戻って、彼が言う。
またまたその発言にギョッとしたマックスだったが、ウォレスはさっきとは違った気さくな微笑を浮かべて、「ええ、いいですよ。この近くに気の効いた店があります。そこでランチを取りましょう」と答えた。
どうやらこの二人、互いが互いにライバルであると認め合ったのだろうか。
マックスは、二人並んでマックスをかえり見る男達を見て、正直複雑な気持ちになった。
いいのかよ・・・、この状況・・・・。
マックスの額に、冷や汗が浮かんで落ちた。
ジェイコブは今日も、空想への旅に出かけていた。
今日は会社を休む日だ。
心置きなく、自分の空想に浸れた。
今日も、ジェームス・ウォレスの車がミラーズ社に出社するのを見届け、午前中しばらくは時間が空くので、ブラブラと街を歩く。
休みの日は、ベンともあまり顔を合わさなくてすむから気が楽だった。
最近のベンときたら、こっちが何かと面倒をみてやっているというのに、口やかましく指図してくる。
確かにベンから習いたての爆弾を面白半分に橋に仕掛けたのは悪かったかもしれない。だが、2回目の車に仕掛けた分については、人助けのためにやったことだ。自分は、忠誠を誓ったボス、ウォレスの右腕であり、有能な部下であり、そして男くさい話のできる友人でもある。
ベンは、「軽はずみなことをするな」と言うが、自分にしてみれば用意周到に計画を練っている。実際に見てみろ。事件からこんなに時間が経っているというのに、警察は、自分の周辺に影も見せていない。ベンは臆病なんだ。
ジェイコブの妄想の中では、既にウォレスとジェイコブがしたがっていたマフィアの大ボスが何者かに暗殺されており、抗争事件を賢く収めた者が次の大ボスの地位を獲得できるというところまできていた。
ジェイコブは、若きボスがトップに君臨できるよう、多数の危険な仕事に手を染めた。抗争相手の幹部の首をナイフで切り裂き、ある時はボス候補者の頭をライフルで撃ち抜いた。
妄想の中の自分の素晴らしい手並みに、ジェイコブは心底酔った。
だからこそ、ボス・ウォレスも自分を一番側に置き、絶対的な信頼を寄せてくれるのだ。
だから、その中に割って入ろうとする女は、ジェイコブにとって邪魔者にしかすぎない。ボスだって、女はただ、性欲の捌け口にしか思っていないはずだ。
ブロンドに真っ赤なルージュを引いた女。背が高く、細身ながらも豊満な胸元を大胆なカットのドレスに押し込んでいる。翡翠色の瞳が輝く美しい極上の女。
ボスだからこそ、そんな女を性欲の捌け口として扱えることができる。
だが女は、本当に煩い存在だ。
女は、何を勘違いするのか、すぐに男を独占したがる。
そうやって数々の男達が身を滅ぼしてきた。
たまに羽を伸ばすのもいいが、こうも抗争が激化してくると、女などに構っている暇はない。女もボスの側にいたいと思うなら、慎み深くあるべきだ・・・。
妄想の中の女に苛立ちを感じながら、ジェイコブは本屋の店先で足を止めた。
平積みにされた雑誌の表紙に、『ミラーズ』という単語が見えたからだ。
ジェイコブは、雑誌を手に取った。
目次を見て、ミラーズ社に関する記事のページを開き、思わず息が止る。
単なる偶然だろうが、妄想の中の女に非常に良く似た顔が雑誌の紙面からジェイコブを見ていた。
流れるようなブロンド。翡翠色の瞳・・・。
背筋がゾクリとする。
ジェイコブは、まるで妄想が今現実になったかのような錯覚を覚えたのだった。
Amazing grace act.55 end.
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編集後記
すみません。お昼更新のアメグレです。
いや~。三つ巴になってまいりましたね(←なぜか嬉しいそう)。
恋愛バトルを呑気に繰り広げてていいんでしょうか?と思う国沢なんですけども。
それにしても、ウォレスおじさん。ブラインドも閉めないでキスってていいんでしょうか? 一抹の不安を感じてしまいます。誰かに見られてたりして。・・・嗚呼。恋は盲目よね~。
そして久々のジェイコブ君登場です。相変わらず妄想魔人で変態してます。怖いですね~。自分の状況をまったく分かっていないヤツっていうのは。何を言い出すやら、何をしでかすやら分かりません。
来週は、三つ巴パートツー。はっきりいって、国沢も怖いです。この展開。ああ・・・。行き当たりばったり新しいキャラクターを登場させるからこんなことになるんでしょ(涙)。
しかもミゲルってば、ゲイの中のゲイなので、節操なしです(汗)。←ここらへんが、次週の爆弾発言に繋がったりするんですがね。
国沢はといえば、昨夜針灸の学校でただいま修行中の友人の実験台になってました。びよんびよん針を打たれてました。あはは。内臓が決定的に弱いとの指摘に、その通りでございますと傅いてしまいました。どうやら内臓が弱い人は、筋肉もつきにくいらしいですよ。ほしいのに!筋肉!!
嗚呼。また筋肉の話になっちゃった・・・。ざぼ~ん。
[国沢]
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