
act.151
「俺を、殺してください」
はっきりとしたマックスのその言葉に、ウォレスの瞳の色が変わった。
彼は何かを言い返そうと一瞬すぐに口を開きかけたが、思いとどまって口を噤む。
その背後から、すっかり平常心を失ってしまったジェイクの高らかな笑い声が響き渡る。
「殺してください、か! 丁度いいじゃないか、アレクシス。もう迷う必要なんてない!」
ウォレスはそれでもじっとマックスを見つめ続けた。
その瞳は次第に厳しさを増し、ウォレスの表情は不気味なほど無表情になった。
マックスは、ウォレスが何も言ってくれないことに不安になる。
「・・・ジム・・・」
マックスが堪らなくなって彼の名を呟くと、ウォレスはゆっくり瞬きをした。
ふっと表情を和らげる。そしてウォレスは言った。
「・・・ありがとう。君は生涯唯一の伴侶だ」
ウォレスがマックスに近づく。
そしてマックスの肩に手を置いた。
マックスはウォレスの手が首に触れるのを感じて、ぎゅっと目を閉じる。
恐怖はいまだ、マックスの身体の中にあったが、マックスは頑張ってその気持ちを押し込めていた。
ジムになら、この身を預けられる。
安らかな死が迎えられる。
苦痛は、一切ない筈だ・・・。
小刻みに震えるマックスの耳元にウォレスは顔を近づけると、そっと囁いた。
「君の気持ちは有り難いが、この計算式に引き算は存在しない。答えは、3か0しかないんだ」
マックスが、はっとして目を見開く。
間近にあったウォレスの顔が近づいてきて、優しいキスをされた。
あまりにも温かくて、マックスの目に涙が滲んだ。
ティム・ローレンスが死んだ晩、「どちらを助けるか分からない」と弱音を吐いたウォレス。
しかしウォレスは、そういう決断を選択しなかった。
ウォレスは断固とした厳しい表情で、ジェイクに向き直る。
「あなたには悪いが、私は選ぶことはしない。そもそも、そんなこと選ぶ必要すらないんだ。答えは、3か0。交渉には、応じない。・・・それに・・・」
ウォレスが一歩ジェイクに近づく。
「私の名は、ジェームズ・ウォレス。あなたの言う、アレクシス・コナーズはもういない」
「・・・な!」
ジェイクが口を戦慄かせた瞬間、ウォレスがジェイクの身体に飛びかかった。
これがジム・ウォレスの選択だった。
三人とも助かるか、三人とも死ぬか。
弱音を吐いていたウォレスの姿は、そこにはなかった。
獣のような二人の唸り声が重なり、二人の身体がもみくちゃになって、床に転がる。
ウォレスはまず、シンシアのベストの発火装置を奪おうと、躍起になった。
ジェイクもウォレスの身体を蹴飛ばし、時には手に噛みつきながら、ウォレスの手を拒む。さすがにアレクシスを教育してきた男とあって、手強い。
怯えてる場合なんかじゃない。
マックスは目尻の涙を拭うと、窓の方に向かって転がっていく二人を追いかけた。
「マックス!!」
ふいにウォレスが叫んで、マックスの方に向かって何かを投げつけてくる。
驚いてマックスが足を止めると、マックスの足下に銀色の小さな金属板がキラリと輝いた。
それは間違いなく、シンシアの身体を拘束する南京錠の鍵だった。
ウォレスがジェイクの身体を押さえつけている間にマックスはその鍵を拾い、シンシアの後ろに回り込んだ。急いで鍵を開ける。苛立つほど手が震えていて難儀するが、マックスは何とか、死のベストを脱がせることに成功した。
「やった!! ジム!」
マックスが歓喜の声を上げると、ウォレスとジェイクが同時にマックスの手元にあるベストを見る。
「クソ!!」
ジェイクはウォレスの一瞬の隙をついて、発火装置のボタンを押した。
「うわ!!」
マックスの手の中で、ベストがボンッ!と音を立てる。
マックスは、反射的にそれを窓の外に向かって投げつけた。
一瞬にして火の玉とかしたベストは、勢いよく窓ガラスに叩き付けられた。
次の瞬間には窓ガラスが割れ、巻き上げるようなビル風が室内に入り込んでくる変わりに、真っ白い炎を上げるベストは中庭に吸い込まれていった。
マックスは思わず両手を見下ろした後、中庭を覗き込んだ。
中庭の真ん中に落ちたベストは、周囲の芝生を燃やしながら赤い塊となって黒煙を吹き上げる。とっくに夜の帳が訪れた中庭は、赤い炎に照らされてさながらキャンプファイヤーのようだ。
下の階から多くの人間の悲鳴が聞こえてくる。
閉じこめられている社員らも燃え上がる塊が落ちていく様を目の当たりにしたのだろう。下から聞こえてくる数々の悲鳴は、本格的に死の危険が現実に近づいて来つつあると自覚させるには十分な恐ろしい光景だった。
もしあれがシンシアや自分の身体に着せられたまま燃え上がっていたら・・・。
マックスはブルブルと大きく身体を震わせた。
想像するだけで恐ろしい。
中庭の木々をどんどん燃やして火の粉を吹き上げているその様は、奇妙だがとても美しく見えた。
「マックス! 大丈夫か?!」
動揺を見せたウォレスをジェイクがもう用済みとなった発火装置で数回殴りつけ、身体を突き飛ばす。
「ジム!!」
額から血を流し呻きながら立ち上がるウォレスは、再度マックスを見た。
「・・・大丈夫なのか?」
マックスは頷く。
「大丈夫です。俺も、シンシアも」
マックスは、少しヒリヒリする手をシンシアの肩に置いた。
幸いなことにシンシアはまだ安らかな寝息を立てている。
シンシアがずっと眠っていてくれて本当によかったと思う。
こんな恐怖を実感せずにおれるし、何よりジェイクの娘だったというウォレスの告白を聞かずに済んだからだ。それは不幸中の幸いだった。
もし、あの告白を聞いてしまっていたのなら彼女は・・・
マックスはかがみ込んでシンシアの身体を抱きしめる。
「クソ! クソ!!」
怒りの形相のジェイクが立ち上がる。
すっかり逆上したジェイクは、ウォレスに向かって発火装置を投げつけると、もう片方の手にあった起爆装置を身体の前に翳した。
「3か0だと?! お望み通り、0にしてやる」
ウォレスもマックスも身体を硬直させる。
ジェイクは、起爆装置のボタンをグッと押し込んだ。
マックスは思わず再び、目を瞑る。
耳をつんざく轟音。床下から、迫り来る大地を揺るがすような振動。そして人々の絶望的な悲鳴・・・。
だが、その瞬間は訪れなかった。
変わらぬ静寂があるだけだった。
訝しげにマックスは瞼を上げる。
ジェイクも同じ様な顔つきをして、起爆装置を覗き込んでいた。
しかし起爆装置はいまだ赤いランプを点している。先程の乱闘で壊れてしまったようには見えないが・・・?
次の瞬間。
ウォレスが再びジェイクに飛びついた。
ジェイクはウォレスの身体を避けようと後ろに走り下がる。
その間にもボタンを押すが、一向に爆弾は爆発しない。
焦ったジェイクは、周囲の状況を見る余裕もなく窓際まで下がり、その時点で自分が次に踏み出す一歩先は空中だということにようやく気が付いたのだった。
起爆装置を放り投げたジェイクは窓の外に落ちる間際、自分を追ってきたウォレスの足を掴む。
ウォレスが目を見開いた。
「ジム!!」
マックスの悲鳴に近い叫び声の中、ウォレスの身体も窓の外へと消えていった。
Amazing grace act.151 end.
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編集後記
すみません(汗)。
実はこの回、うっかりして152話を上書きして保存してしまったので今復活させたのですが、以前編集後記に何を書いたのか覚えてません(大汗)。これっぽっちもです! まったくです! ナッシングです!
・・・。
ああ、老人力って恐ろしい。ますます耄碌してきた国沢です。
[国沢]
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